魔物使い、はじめました。
YT
一章 終末、はじめました
第1話 終末はじめました
「……なんだ、これ?」
1LDKのアパートのリビングで、うぞうぞと蠢くそいつを見て、俺は大変困惑している。
「地震が来たと思ったら、部屋中に謎生物が降ってきた件」
数分前に地震が来て、揺れたと思ったらすぐに収まり、気づいたら部屋にこいつがいた。
薄い青みがかった半透明な身体は、ドロドロ、ネバネバとまるでアメーバや粘菌のよう。
フローリングの床に張り付いて、動いてるんだが動いてないんだかよくわからない速度でモゾモゾしている。
こいつが通った跡には、床が少し溶けてジュクジュクなっている。
どうやら身体が強い酸でできているみたいだ。
「あ、引っ越してきたばかりなのに……床が……。敷金、引かれっかな……」
引っ越したばかりの部屋が悲惨なことになっている。
畜生。
でもこいつ、この見た目にこの性質って、もしかして――
「スライム、か?」
ただし、某有名RPGのやつとは違って、目と口があってラブリーなやつではない。
残念。
☆★☆★☆★
魔物。
モンスター。
化け物。
呼び方は何でも良いが、奴らは唐突に、何の前触れもなく現れた。
うちにいるスライムだけじゃなく、ゴブリン、オーク、果てはドラゴンまで登場し、世界はあっという間に大混乱。
らしい。
テレビをつけたらそのニュースばかりだ。
「正体不明の化け物が大量に現れた」だの、「人を襲って死傷者多数」だの、それはもう大騒ぎだ。
家の外ではパトカーや救急車のサイレンの音が鳴り響いてる。
人の怒鳴り声や獣の咆哮みたいのも聞こえてきたり。
実際に目の前にこうしてスライムがいるんだし、フェイクニュースとかではなく間違いなく本当なんだろう。
「まぁ正直、俺には世界がどうなろうと知ったこっちゃないけど」
なんでこうなったのかなんて興味がない。
むしろ、ゲームやラノベみたいな世界になったっぽいから、ちょっとワクワクしている。
だって、俺には何もない。
両親は数年前に他界、兄弟はいない。
恋人は数年前に別れて以来、今は右手がパートナー。
友達も歳を取るにつれて疎遠になり、連絡をとってる奴なんていない。
趣味はゲームかラノベくらいで、休日はほぼゲーム三昧。
最近ハマってるのはレトロなRPGで、某有名国民的RPGの5作目をプレイ中。
仕事は地元の工場でライン工。
仕事は金を稼ぐための手段と割り切っていて、やる気なんて欠片もない。
出世にも興味はなく、ずっとヒラ社員。
過度な責任なんてごめんだ。
それでも貯金はそこそこある。
こんなだから使い道があまりないのだ。
普通に生きているだけで金が貯まっていく。
たまに高い肉や高い惣菜を買ったり、月に数回は外食するくらいの贅沢はできる。
そんな、毎日ただゲームして生きているだけの、平凡などこにでもいる中年。
それが俺、
三十歳、独身。
そんな俺が年甲斐もなくワクワクしている理由、それは――
「こいつを倒せば、レベルが上がってステータスゲット、ってか?」
レベル。
ステータス。
ゲームみたいに魔物を倒せば経験値が入り、レベルが上がってステータスやらなんやらが手に入るらしい。
部屋にスライムが現れて、どうしたもんかと情報収集のためにSNSを開いたのが1時間前。
『レベルアップ』がトレンド1位になってて、気になって調べてみたらマジだった。
投稿された動画で、魔法を放っているおっさんがバズっていたからな。
さすが情報化社会、こんな事態になってもちょっと調べれば何でもわかるのはありがたい。
「よし、じゃあサクッと殺ろうか」
台所から包丁を手にし、リビングにいるスライムを見回す。
何をするでもなく、いまだにその場でウゾウゾと蠢く姿はキモいの一言に尽きる。
有識者曰く、スライムは比較的簡単に撃退できるらしい。
弱点である身体の何処かにある「核」と呼ばれる石っころ、そいつを壊せば簡単に倒せるって話だ。
「ふむ……」
近くにいたやつをじっくり観察すると、確かに小さい石みたいのが体の中で浮かんでいる。
「今さらだけど、近づいても特に反応がないな」
ゲームなら「エンカウント→即攻撃」ってな感じだけど、どうやらそういう感じではない。
「えーと、なんだったっけ? 『スライムは全身が酸でできているが、触らなければどうということはない』、か。……え、包丁駄目になるくね?」
うちには包丁はこれ一本しかないから、溶かされたら地味に困る。
それ以前に、包丁でこの硬そうな核とやらをどうにかできるのか?
「うーん、他に何かないかな」
台所に戻りフライパンや鍋を手に取ってみるが、こいつらも大事な生活必需品。却下だ。
リビングに戻って、モゾモゾしているスライムを眺めながら考える。
「……こいつ、なんかナメクジみたいだな」
こいつが動いた跡の溶けた床が、照明を反射してテラテラと光っている。
「ナメクジか……よし、じゃあ、塩だな!」
ナメクジと言ったら塩だろう、と急ぎ台所から青い蓋の瓶を持ってくる。
そう、アジシオだ。
「ダメ元で、ぱーらぱら、っと。……どうだ?」
アジシオを振りかけられたスライムは、相変わらずウゾウゾしてるだけで特に何も反応がない。
「……アジシオじゃ駄目か。うん、そらそうだよな」
塩で倒せるスライムってなんだよ。
ファンタジー舐め過ぎだな。
がっかりしつつ、足元の溶けた床を眺める。
ジュウジュウと白い煙が上がってる。
あ、これ酸だよな。
酸なら……アルカリで中和できるんじゃね?
「そういや、シンクの下に重曹あったな……」
掃除用にと買って放置していた重曹を引っ張り出し、恐る恐るスライムにパラパラ撒く。
すると、
「……! ……っ!?」
スライムがビクッと震えたかと思うと、みるみる身体が泡立ち、ジュウジュウと音を立てて急速に身体が萎んでいく。
10秒ほど時間をかけて、やがてコロンと石ころが少しだけ溶けた床に落ちる。
「おぉー、重曹でいけるんか。いや、どうなんだよそれ」
ファンタジーどうした?
いくらチュートリアル魔物と名高いスライムだとしても、重曹の一振りで倒せるとか大丈夫か?
「まぁ、こっちとしては楽だから助かるけど……。ん? この石が核か?」
床に転がった核をチョンチョンと突いてから、恐る恐る手に取ってみる。
ビー玉くらいの大きさで、表面は加工したみたいにツルツルしてる。
試しに力を入れてみると――
パキッ!
「うおっ、めっちゃ簡単に砕けた!?」
拍子抜けするほど脆い。
驚いてる間に、砕けた核がキラキラと光の粒に変わり、俺が手に持ってたスマホにスーッと吸い込まれた。
「は!? な、なんだこれ!?」
ピロン!
スマホの通知音が1LDKのアパートに響く。
こんな朝早くから電話?
あ、電話してくるような奴いないわ。
ちょっとセンチになりながらスマホを見ると、見慣れないアプリが表示されてる。
「ん? なんだこのアプリ。……『終末はじめました』?」
丸の中に「終」という文字が書かれたマークのアイコンが、でん!と画面のド真ん中に鎮座している。
「あ、これが有識者が言っていたやつか? 魔物を倒すと現れるってやつ」
とりあえず、開いてみるか。
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