4話 実験
「……凄い」
安価な魔法薬をリドゥルの肌に塗ったところ、焼けただれていた皮膚が完全に治った。
それどころか、剥がれていた爪まで揃っている。
ただ、量が少なかったからか、右腕だけだった。
どういう理屈だ? 俺が買ったのは軽い痛みを抑える程度の品物だ。
……体内の魔力が高いからか?
いや、魔法薬の効果を倍増させる
元魔王だ。戦闘用だけではなく、治癒魔法に長けていても不思議じゃない。
「って――痛くないか? 大丈夫か!?」
回復には相応の痛みが伴う。
この状態からならよっぽどだったはず。
もちろんリドゥルの返事はなかった。
だが、微かに反応しているかのように見える。
……良かった。
いや、良かったのだろうか。
俺のやっていることは、偽善だ。
はたから見ればすぐ殺せとなるかもしれない。
でも、リドゥルがそんな悪い奴に見えないのだ。
少なくとも、俺には。
「リドゥル、魔法薬は安くても俺には買えないんだ。明日、魔物を狩って、帰りに買ってくる。それまで我慢できるか」
彼女は静かに瞼を閉じる。
もしかして、わかった、という意味だろうか。
だが俺も疲れがドッとでてきた。
すっかり忘れてしまっていたが、冒険者を三人も返り討ちにしてきたのだ。
あいつらの腿を刺した感触が、まだ手に残っている。
「リドゥル、ありがとな」
もちろん、勝てたのは彼女から頂いた――
……魔物にも使えるのだろうか。
だったら、凄いことになるかもしれない。
「また、明日な」
俺は、ふたたび彼女に声をかけてベッドに潜り込んだ。
翌朝、狩場へ向かっていた。
宿は七日しか借りられなかったので、それまでに金を稼がなきゃいけない。
そして、昨日のことを思い出す。
リドゥルはもう死を待つだけだったと思っていた。
でも、もしかしたら治せるのかもしれない。
回復した途端ぶっ殺される可能性はある。
でも、俺は自分の直感を信じている。
きっと、大丈夫なはずだ。
いつもの森に到着する手前で、装備の確認をした。
短剣に目くらましの魔法玉、水、簡易食料。
ソロは身軽でなきゃいけない。本当は重装備を身につけたいが、パーティーじゃなきゃ不可能だ。
できるだけ平常心を保ちながら、森へ足を踏み入れる。
今日の目的は狩りもそうだが、
これが成功するかどうかで、俺の一生が左右するといっても過言じゃない。
するとさっそく、普段は見かけない、リルゴブリンを見つけた。
ゴブリンの亜種で、小柄ながら知能が高く、魔石を拾って集める習慣がある。
戦闘能力は低いが、自覚もしているので、凄まじい勢いで逃げていく。
ソロだと追いかけるのは危険なので見かけても放置するが、今日はやる価値がある。
足音を殺して近づく。だが、リルゴブリンは耳がいい。
俺の気配に気づいたらしく、後ろを振り返った。
その瞬間、対象を視界に収めたことで、名前が見える。
――リルゴブリン。
魔物は種族名が表示される。
これはおそらくだが、他者から名付けられたり、自身で名を持ち合わせていない場合は、他者が認知している名前になるのだろう。
赤ん坊の場合は、名付けられていた場合は名前で、まだ名前が決まっていない場合は赤ん坊となる。
――
俺は、名前を叫んでスキルを発動させた。
そしてリルゴブリンは冒険者たちとまったく同じ挙動を見せた。
金縛りのように動かなくなり、その場で足が止まった。
「……成功だ」
申し訳ないと思いつつ、俺は、ゆっくりとリルゴブリンの首を切り落とした。
「……やった、魔石だ」
この前と同程度とは言わないが、レアな魔石を持っていた。
思わず嬉しくなり、その場で興奮する。
だが、すぐに感情を抑えた。
ここは狩場だ。持ち帰って初めて報酬となる。
俺は、ソロだからこそ自分と向き合うことが多い。
パーティーと違って無駄口を叩くこともない。だからこそ警戒心が強く、今まで生き延びられたのだ。
それを、捨てちゃいけない。
小型鞄に魔石を入れると、ふたたび狩りへ戻る。
魔物に成功したとなると、さらに実験が必要だ。
例えばリルゴブリンが二体いた場合、どちらに
ただ、いきなりゴブリン相手に試すのは危険だ。
まずは小鳥の集団を見つけて、名を叫んでみた。
すると動きが止まったのは一体だけだった。
このことから、同じ名前が複数いた場合、対象に視界を収め、さらに
残念ではあるが、メリット、デメリットがあるのは仕方がない。
昨晩の様子だと名前が違う相手には連続で叫べばいいだけだ。
次に、
これは結論から言えば当然の結果だった。
魔力抵抗が高ければ効果が短く、低ければ長い。
対象の保有魔力にもよるので、このあたりは感覚で覚えていくしかないだろう。
気づけば順調で安全な狩りができていた。
これもすべてリドゥルのおかげだ。
あまり遅くなってはいけないと思い、いつもより早く切り上げる。
小型鞄には魔石と、いくつもの素材が入っている。
もう少し慣れてきたら、活動範囲を増やしてもいいかもしれない。
武器も長剣に戻すか? いや、慣れた武器を手放すのはまだ早い。
街に戻って換金を済ませると、帰りに露店で米粥を買い、果物を買った。
そして、魔法薬だ。
安価なもので申し訳ないが、まずは歯を治してあげたい。
固形物が食べられると、それだけで変わるだろうしな。
思えば、誰かのことを考えるなんて随分と久しぶりだ。
ずっと、明日のご飯と宿のことしか考えていなかったしな……。
宿へ到着し、裏口から部屋に戻る。
扉を開けると、俺は、目を見開いた。
「……ぁぁ」
なぜならリドゥルが、ふらつきながらも、自分の脚で立とうとしていたからだ。
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