2話 闇の力
誰もが知ってる、最強の魔王だ。
数百年前、世界は彼女の手によって支配されていた。
千のスキルを持つと呼ばれた彼女の力によって、大国すべてが軍門に下ったと史実で語られている。
とてつもなく強く、そして血の涙もないほど恐ろしいと書かれていた。
けれども魔王は勇者の手によって倒されたはず。
なのになぜここに? そして、生きていたとは。
「意外に物好きなんですねえ。ふぅむ、こちらなら安くしておきますぞ? どうせ、もうすぐ死ぬでしょう」
この事実を伝えるべきなのだろうか。
いや、言ってどうなる? 信じてもらえる可能性は低いだろう。
そもそも、同姓同名かもしれない。
だがそのとき、浅い呼吸を繰り返していたダークエルフが微かな目に光を宿らせ、俺を見つめた。
すでに死の寸前だとわかるほどに傷ついているはずなのに、恐ろしいほどの威圧感がある。
間違いない。魔王、リドゥルだ。
しかしどこか悲し気だった。
その目は、俺と似ている。
「とはいえ、まだほかにも奴隷は――」
「買う」
「おや……いまなんと」
「このダークエルフを買わせてくれ」
「なんと、ありがたいことです。――もう長くはないでしょうが、存分に楽しんでくださいね」
老人は下卑た笑みを浮かべながら、どこからともなく部下を連れてきた。
布に包まったダークエルフを箱へ入れようとする。
「いい。俺が背中で抱えていく」
「見られたらどうするんで?」
「構わない」
「なかなか悪趣味ですねえ」
……物扱いされるのが可哀想に見えた。
そもそも、なんで俺は買ってしまったのだろうか。
考えてもわからない。
しかし、後から気づく。
俺は今、安宿に泊まっている。
それも、集団部屋だ。
こんなの見られたらどうなるか分かったもんじゃない。
「どこか、他人に見られないような出入口がある宿はないか?」
さすが奴隷商人だ。
俺の要望をすぐに叶えてくれた。
街の片隅、一度も行ったことがない小さな宿の裏口まで連れて行ってくれた。
ただし部屋代が高く、一週間分しか払えない。
階段を上がって突き当り、扉を開くと質素なベッド二つあった。
思ってたよりも広いな。
もちろん、何もないっちゃ何もないが。
まずはリドゥルをベッドへ丁寧に降ろした。
それからふたたび能力で名前を確認する。
手足の腱は切られているようだった。
暗闇でわからなかったが、明るいところで見ると、目を覆いたくなるほどの傷跡だ。
医療知識もなければ、治癒魔法も使えない。
一体どうしたいのか、俺にもわからなかった。
相棒にしたいわけでもなく、ただ、あんなところで死なせるのは可哀想だと思ってしまったのだ。
「……俺は落ちこぼれ冒険者で、何もできることはない。ただ、酷いことはしないよ」
聞こえてるのか、聞こえてないのかもわからない。
それでも、一週間は柔らかいベッドでゆっくりできるだろう。
せっかく入った大金をこんなことに使うだなんて、俺も訳が分からないな。
「……ぁ」
だがそのとき、魔王が初めて言葉を発した。
目は虚ろで天井を見つめ、焦点は定まっていない。
俺は慌てて近づき、耳を傾けた。
「……ぁ」
何を言いたいのかわからない。
でも、確かに聞こえてくる。
「無理するな」
俺は、自然とリドゥルの手を握った。
握り返す握力なんてない。元魔王とは、恐怖なんて感じなかった。
「……ぁ」
次の瞬間、俺の目が酷く痛んだ。
慌てて手を振りほどくも、あまりの痛みに地面に倒れこむ。
痛い、痛い、痛い、痛すぎる。
クソ、なんだ。もしかして俺の目を奪いやがったのか!?
――クソ、やっちまった。
こいつは魔王だ。情けを見せた俺が悪い。
かきむしるかのように目を搔いていると、次第に熱が引いていく。
視界がブレる。
右目が熱い。
慌てて姿見で確認すると、鳥肌が立った。
「どういうことだ……」
俺の右目が、恐ろしく黒い魔力によって包まれていた。
同時に、脳内に文字が浮かんでくる。
――
対象の真名を唱えることで「一瞬の支配」が可能。
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