第10話 マリア
玄関のベルが鳴る。
アーネストくんをソファーに座らせたまま、私は立ち上がる。
玄関先を映すモニターをみれば、都市警備隊が立っていた。
私は、リオをアーネストくんに託し、玄関のドアを開けた。
「都市警備隊です。不審人物がこの家に侵入したとの通報がありました。家の中、調べさせてもらいます」
不審人物が、というのは口実に決まっている。
偶然、ふたりがこの家に入っていくのを見かけた人がいて、通報したのは事実でしょうが、政府はずっと私たちの研究を検挙したがっていた。
とはいえ、見つかればアーネストくんも捕まるし、リオは良くて捕縛、最悪解体でしょう。
いつかこんな日が来るとは思っていた。
研究室内に、シェルターを作っておいてよかった。
あそこなら、簡単に見つかることもないでしょうから。
さて、ここからどうしましょうか。
アルバムを預けたから、たとえリオが外を歩いていたからと言って、何の証拠もなく調べられることはないはず。
アーネストくんも、泥を落としたから、外から来たようには見えない。
誰かがふたりを見かけたところで、まさか不審人物として通報された子たちとは思わないでしょう。
そして、研究室を調べても、ロボットやAIに関する資料しか出てこない。
あのシェルターが作動した時点で、PC内のリオに関するデータは消去するようプログラムしてある。
私も、捕まったとてぞんざいに扱われることはないでしょう。
「マリア博士、聞いていますか」
都市警備隊が返事を催促する。
一応任意でなければ調査しないというのが、都市と市民を守るという彼らに似つかわしい。
もし私がここで断ったら、彼らは本当に調べないのかしら。
そんなはずない。
彼らは、私が拒否し続ける限りここに居座り続ける。
実際、私に拒否権なんてないんだわ。
「……どうぞ、好きになさって。」
私が言うと、先頭の男が顎先で合図をし、彼らは家の中に入り込んだ。
私は捕まったっていい。
そもそも、イサクが追われる身となった時、私も本当は捕まるはずだったのだから。
ただ、リオは、私たちの研究成果だけは、絶対に守るわ。
私たちの研究は意義のあるもの。
死に瀕した人間を、こうして延命することだってできるのに、政府の人間は頭が固くてわからないんだわ。
機械仕掛けの体で、機械仕掛けの心臓であっても、私のリオはちゃんと自分のことを人間だと認識している。
もちろん、改善の余地はある。
でもそれだって、研究を続けていればより人らしい機械を作れるはず。
アーネストくんが、昔のリオの知り合いだったのは驚いたけど、むしろ好都合。
彼にも協力してもらって実験を進めていけば、リオはより人に近づけるでしょう。
彼の登場で私の研究は、大いに飛躍する可能性がある。
昔の知り合いが、リオになる以前の記憶がないリオに、どう影響を与えるのか。
必ず確かめなければ。
ああ、楽しみで仕方ない。
私は捕まったっていい?
いいえ。
ここで、都市警備隊などに捕まってなるものですか。
「おい、博士が逃げたぞ!追え!」
そばについていた都市警備隊員が手元の時計を確認した隙に、マリアは勢いよく振り返り、隊員の腹に肘打ちをしてそのまま走り出した。
まさか、穏やかそうな老婦人が大胆なことをするとは思っていなかったのか、都市警備隊は慌ててマリアを追う。
「私だって、多少の案は練ってあるのよ」
少し息を切らしながら、マリアは住宅街を縫うように走った。
都市警備隊は懸命にマリアを追おうとしたが、いつのまにか見失ってしまった。
「申し訳ございません、私の落ち度です」
マリアのそばについていた都市警備隊員が言う。
部隊長は頭を振る。
「いや、お前だけの責任ではない。高齢の女性が、まさか抵抗できるはずがないと甘く考えていた私のせいでもある。一度撤退して、作戦を練り直そう」
都市警備隊は、静かに住宅街を去っていった。
一方マリアは、自宅から離れたとある建物に到着していた。
名義は架空の人物のものになっており、一見するとただの住宅だが、外から見えないように研究室が備え付けてあった。
かつて政府に隠れて、マリアとイサクと共同研究をしていた場所である。
イサクが指名手配となった時に、マリアもマークされる身となり、使わなくなってしまったが、今でも最低限の物資はある。
こじんまりとした研究室の明かりをつけ、マリアは机の埃をはらった。
「リオの研究を進めなくては……」
マリアは微笑み、机に向かう。
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