第16話【おとぎ話ラボ】
ゼミ室のホワイトボードに「再解釈=おとぎ話×現代」と書いて、名雪さんがマーカーをくるくる回した。教授の今週のお題らしい。
「まずは『赤ずきん』どう? 森は道が多く迷いやすい空間=タイムライン、オオカミ=近道”に見えるインパクトのある未検証情報。近道したらバズって逆に道に迷う」
「比喩の火力が高いですね。おばあさんの家はなにに設定するんですか?」
「図書館。知識の家。信頼できる情報のメタファー。で、猟師は“図書館司書”。最後に救ってくれるのは、実は正しい索引。"近道"に見える情報ほど、その源泉の調査が必要」
俺は笑ってしまう。おとぎ話って、骨組みが強いから意外と現代に移植しやすい。
「『白雪姫』はどうでしょう。王妃は"完璧を求める虚栄心"で、鏡は“エゴサ”。自分の『原稿』を信じられなくて、鏡よ鏡と聞き続けるんです。白雪姫は"未熟だが、自分らしさを存分に出した若い物語"。毒リンゴは“締め切り前の甘い誘惑”。白雪姫は眠り=休載してしまいます」
「いいね。王子のキスは?」
「“投稿ボタン”です。押した瞬間、長い眠りから覚めるんですよ。評価はゆっくりやってきますけど」
結局、自分を信じて好きなことをやるのが一番強い。
ただ、なにかで止まってしまったときは他人の力を借りてでも、一歩踏み出せればいい。
「次、『浦島太郎』は“通知の竜宮城”。バズに気づかず潜ってたら時間流速が違ってて、戻ったらタイムラインが別世界。玉手箱は“未読通知一括開封”。」
「開けたら白い煙、脳が疲れて老けますね……。でも助け舟として“ミュートとリスト”を設定しておけば、太郎は無事です」
名雪さんは椅子を回し、顎に手を当てる。
「最後の物語は......魔法がでてくるものにしよう」
「では、エピソードは『シンデレラ』にします。舞踏会は“研究発表”。王子は“選考委員”」
名雪さんがペンを止める。
「魔女は?」
「ここでは魔女=“魔法=ワークフロー”を授ける存在です。カボチャの馬車は“発表用の機材”、ガラスの靴は“再現可能な一貫したフォーマット”。午前0時は『機材のレンタル期限』です」
「さすが理系男子。ここまで現実に落とすと、もはや魔法も科学だね」
「進みすぎた技術は魔法にしか見えませんからね」
「私としては、言葉の魔法も好きだけどね」
名雪さんはボードの隅に小さく書いた。
『魔法=相手の気持ちを動かすこと。言葉が杖。』
ここまでの内容をまとめ終わり、あとは提出だけ、というところでふと気になって俺は彼女に問う。
「先輩は、自分はどんな配役だと思います?」
「今日は“猟師”。明日は“魔女”かもしれない。役目は変わる。でも——」
「でも?」
「最後に『めでたし』を言うのは私」
「では、俺はその後の句点を打てるように、最後までその物語を読み続けます」
かすかな沈黙。俺の魔法は、先輩に届いただろうか。ホワイトボードの白が、たしかに少しだけ物語の色を帯びて見えた。
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