第13話 【夢バフと貘のぬいぐるみ】

雨あがりの夕方、部室に入ると机の上に黒白ツートンのぬいぐるみが鎮座していた。

つぶらな目、ころんとした胴。タグには手書きで「#貘(ばく)」とある。


「じゃーん、“悪夢ガード”導入しました。新入りのバクさん」

「可愛いですね。質感が良いです。……もしかして先輩の手作りですか?」

「そう。中にラベンダーのサシェも入れた。寝不足でテンションが落ちがちな我々に、“夢バフ”を配給する作戦」

「ほほう。香りで入眠を助けるのは科学的にも納得できますし、“貘に夢を食べてもらう”ってイメージの上乗せが効きます」

意外と凝っている。


「でしょ。今夜は“夢ログ”もやる。ノートに、起きた瞬間の断片を箇条書きで書くやつ。面白かったらSNSの投稿ネタに」

「面白い夢、捕獲したいですね。そういえば、以前、先輩は“推しがメガネを外さないで戦う”夢を見たと」

「見た見た。最高だった。今日は更に、ムンナ&ムシャーナとスリープが協力してくれる予定」

「いつの間に捕獲を......。俺は『夢喰いメリー』も思い出します。ビジュアルが華やかですし」

「そのチョイス、ありがとう。——じゃ、就寝儀式の予行。バクさんを枕元、スマホは机の上、はちみつミルクはぬるめ」

「完璧です。カフェインは避けて、照明も少し落としますね」


ブラインドを少しだけ下げると、窓の外の水たまりが四角く光った。

名雪さんは貘の耳を撫で、ふっと息を吹きかける。

「起きたら“おはようバクさん”。いい夢を食べきってもらう儀式」

「ではリハーサルとして、今から“昼寝5分”の実験をしましょう。タイマーを設定します」

「5分? ショートスリーパー選手権?」

「いえ、目を閉じて呼吸を整えるだけでも効果はあります。いわゆる“ナップ前のシャットダウン”です」


名雪さんは机に突っ伏し、貘を抱えた。

タイマーが鳴るまで、俺はノートに“夢ログ・テンプレ”を書き出す。


1)場所/2)登場人物/3)感情(0~10)/4)印象的な色・音/5)オチ(あれば)

そして最後に「バクさん感謝メモ」。


ピピッ、とタイマーが鳴る。名雪さんが顔を上げ、髪をかきあげた。

「今の、短いけど夢の入口に触れた。“スーパーボールの中で推しが昼寝してる”絵面が見えた」

「夢って冷静に考えると謎な絵を作り出しますよね......。ちなみに感情のスコアは?」

「7。色は“ミント”。音は……コインが転がる音。——茨木くん、なんか楽しくなってきた」

「俺もです。夢を“採集”している感覚が楽しいですね」


感情が乗ってきたその勢いで、二人で貘のステッカーを作った。

プリンターから出てくる小さな長方形は、どれも少しだけ形が違う。

ノートの表紙と、ポーチと、ペンに貼る。だんだん“夢の保健室”みたいになっていく。


「ね、今夜はそれぞれ家で運用して、明日“夢ログ発表会”。優勝者には“はちみつレモン一杯無料券”」

「では、バクさんにお願いしておきます。“いい夢、適量で”」

「気持ちよく覚えて、笑って起きられるやつだといいな」


外に出ると、雲の切れ間から西日が差した。

濡れた舗道が金色に光り、貘ステッカーの黒と白がそこにくっきり映る。


「明日の朝、“おはようバクさん”を送るから、スクショで交換ね」

「承知しました。楽しい報告会にしましょう」


歩き出すと、足取りが自然と軽い。

夢はまだ見ていないのに、もう少しだけ、今日が好きになった。

黒白の小さな守護者が、ポケットの中でカサリと鳴った気がした。

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