第11話 【採血】

病院の受付の横、少し冷たい長椅子に並んで、番号札のLEDが変わるたびに人が立つ。

今日は名雪さんの付き添いだ。なんでも、健康診断の血液検査に引っかかったらしく再検査を言い渡されたらしい。



「緊張してますか?」

「してる。採血の“順番待ちガチャ”はいつでも渋い。いま注射を思い出すだけで、心臓がバクバク言っている。演出のBGMが心臓の鼓動ってのがヤだね」

「採血は一瞬ですよ。針は細いですし、視線を外して深呼吸すれば、ほとんど痛みを感じません。今は注射ではなく、別のこと考えましょう。」

「じゃあ茨木くん、私の記憶誘導係。なんか喋ってて」


「では、雑談を。昨日、友人がPS1ホラーの『クロックタワー ゴーストヘッド』を掘り起こしてまして」

「なんでいまホラーゲームの話するの!?」

「電話が鳴るだけで妙に怖い演出、覚えてます?」

「スルー!? でも、覚えてる! あの“鳴ってるだけ”なのに鼓動が早くなるやつ。——って、今まさに私の鼓動が演出に使われてる!?」

「翔の武器が拳銃なのがいいですよね。」

「シザーマンのときは基本逃げだったからね......」

「あ、次、名雪さん、呼ばれましたよ」

採血のテーブルに吸い込まれていく背中。


数分後、戻ってきた彼女は、絆創膏の上を親指でそっと押さえた。

「勝った。HP-3、MP-10くらいで済んだ」

「十分強いです。今日は重いのは持たずに、水分は多めに摂ってください」

「それさっきも言われたよ。じゃ、帰りにコンビニで“勝利のアクエリ”買おう」



「それにしても、それだけ注射が苦手だと健康診断のときは大丈夫だったんですか?」

「そのときは一人で受けたからね、HP-10、MP-200ぐらいだったよ......」

「なににそんなにMP使ってたんですか...?」

「イキュラス・キュオラ」

記憶を消したくなるくらい辛かったのか、この人。本当に苦手なんだな。

「針が刺さるのは別にいいんだけど、赤い血が注射器に溜まっていくのが苦手」


「思い出したら、また心臓のBPMが上がりますよ」

ん? という顔をして自分の胸に手を置く名雪さん。

「今はまだ大丈夫かな、また危なくなったら記憶誘導お願い」

それで名雪さんの気持ちが軽くなるならお安い御用だ。

コンビニまでに道すがら、俺は考え始めた。できるなら、なるべく楽しい話を。

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