1. 初詣にいこう【4/4】
スマホはダウンのポケットにあった。抱っこした恵媛をゆっくり降ろし、しゃがんだ体勢のまま取りだした。恵媛は今度は背中に負ぶさってきたけれど姿勢に問題はないのでそのままとりあえず文章を打ってみる。
――お久しぶり。新年あけましておめでとう。友達と神社に初詣来てんけど、瑠花に会って、瑠花が遥希を呼ぼう遥希を呼ぼうって言うてんねん。瑠花姉ちゃんは電話しようとしたけど寝てたら迷惑やんってことで、メッセージにしました――
と、ここまで打ってみたところで、「正嗣、お父さんもう帰るぞ」
と父が言った。それを聞いた澄治が、
「えええ、まだもっとおりたい!」
と言った。
「お兄ちゃんたちが一緒にいててくれるんなら、別に家も近いし澄治も恵媛もおってええぞ。けどお父さんもう寒いわ。どうする?」
父は子供たちには甘いから自主性を重んじる。母がいたら母の意見が勝つから、こういう意見もそもそも提示すらしないのだけれど、母がいない場では父のこういう面が垣間見れる。兄は、
「おれはどっちかと言うと、眠いかな。父さんと帰ろうかな」
と言い、澄治は「えぇ~」
「恵媛は?」
しゃがんだぼくの背中に覆い被さる恵媛に訊いてみる。恵媛はぎゅうう、とぼくの背中を抱きしめてから、ふっと脱力して「恵媛もう帰る。寝る」と言って降りた。
「恵媛ももう眠いって」
「えぇ~」
とまた澄治が言った。
「正嗣が付いててくれんねやったら澄治だけ残ってええけど」
「どうする? ぼくはいいけど」
父とぼくの言葉を受けて澄治は一瞬考えたが、
「ほな、やっぱり帰ろうかな。ガキがはしゃいでセンパイたちにくっついてっても迷惑やし」と小学四年生らしからぬ発言をし、ぼくの側に来て、「恵媛よりわがままなカッコになるん、嫌やねん」と耳打ちした。センパイに迷惑うんぬんのほうは建前で、こっちの感情が本音だ。澄治にも妹の前でカッコつける兄としてのプライドが芽生えていたわけだ。これは尊重すべきことだ。澄治の頭を撫でて、「わかった。恵媛を頼むわ」と言った。べったりくっついていた恵媛は父と兄と一緒にすたすた歩き始めていた。立場上ぼくは帰るわけにはいかなくなった。
「メッセージ送ったん?」
と背後から瑠花がぼくのスマホを覗き込む。
「いや、まだ。こんだけ打ったよ」
と画面を見せる。
「ふーん。なんでもいいから送りぃよ。あの子は来るわ」
言葉くらい選ばせてくれよ、と思うが深夜なのでさっさと簡潔に送るべきだとは思うから、父たちを見送りつつ急いで文章を打つ。
――お久しぶり。新年あけましておめでとう。友達と神社に初詣来てんけど、瑠花に会って、瑠花が遥希を呼ぼう遥希を呼ぼうって言うてんねん。瑠花姉ちゃんは電話しようとしたけど寝てたら迷惑やんってことで、メッセージにしました。もし、今起きてて元気なら神社へ来ませんか?――
ここまで打って読み返し、誤字脱字がないか確認して、深呼吸一つしてぼくは送信した。そしてすぐ、
――もしこのメッセージを朝に見たなら返事は気にしなくていいから。今年もよろしく――
と追いかけるように送信した。
瑠花は待ちくたびれたように自分のスマホをいじりながら、
「送った?」
と言った。スミエダもサカキも少し離れたところで二人で喋っていて、明らかに暇を持て余している。元気な澄治が帰ったことの影響も大きいが、瑠花と一緒に来た兄までが一緒になって帰っている違和感もでかい。兄にとって瑠花は身内みたいなものなのだろう、「眠いから帰る」なんて、わがままとも言えるマイペースを貫き通せるのだから。
「返事来た?」
瑠花に言われて画面を見ると遥希からの返事は来ていた。
――今から神社へ向かいます――
とあった。
「来るって」
「ほらね」
「まじか」
「やったなオムラ」
ぼくからのメッセージ一つでまさか本当に来るなんて思っていなかったから、いざ来るとなるとびびる。が、自己責任なところは否めないから腹を括るしかない。
「じゃああたしはこれで」
と瑠花が言った。
「は? 呼ぼう呼ぼう言うたん瑠花やん」
「いや、あたしは毎日あの子に会ってるし、あたしおったら甘えるからあかんのよ。せっかくまさつぐやスタ中の子らがいるんやから、いい機会やし呼ぼって言っただけ。そもそもの話ね」
言われてみれば正論だ。「それにー、高校の友達がー、集まってるみたいやしー」
とスマホをひらひらさせて、「じゃ、遥希をよろしく」
瑠花は神社を去った。ぼくはスミエダとサカキを見る。二人はもじもじして、
「おれらもなぁ、オムラが武田さんと会えたらどっか行くって言うたもんなぁ……」
「そうそう。そんな展開なったらおれらは消えることになってるから……」
と二人してよそよそしい。しかし最後は熱い眼差しでぼくを見つめて、「がんばって喋れよ」「また話聞かせてな」と順に言って走り去った。
遥希からすれば来てみればメッセージに書いてあった「友達」の姿はないし瑠花もいない。姉の名前を出して安心させて深夜に呼びだすやばい奴みたいにならないか、ということもよぎるが、そこは正直に事実を伝えればわかってくれる、武田遥希とはそういう子だ、と思い直す。
遥希との会話をイメージをしてみる。
こういうとき、今までの自分だったら適当なことを言って話を繋ぐんだろうな、てことがわかったから昔みたいに自然に喋れなくなってしまったのだと悟った。
つまり今日だったら瑠花の言動は説明できてもスミエダとサカキがいなくなった本当の理由は絶対に言わない。恥ずかしいから。友達も急用できたらしくて帰ったわ、みたいなことを言っただろう。それが今までのぼくの態度だ。本当は遥希のことが好きなぼくを応援してくれていて、今こそ好機と捉えて立ち去った。さすがにここまでは言えないまでも、ぼくが遥希と喋りたいと思っていたこと、二人ともそれを知っているから帰ったこと、そのくらいは正直に話せばいいじゃないかと思った。そうするとなんだかスミエダもサカキも、遥希の印象のなかでもちゃんとした登場人物として機能して、それはぼくの間合いでしか伝えられないことだから、そういう話からしてみたらいいんじゃないか、これからの二人が自然に喋るための第一歩として。どうせかっこなんてつかないのだからかっこつけるのはやめにしよう。
そういえばぼくはまだおみくじを引いていなかったから遥希のお参りが終わったら一緒に引きにいこう。家を出たときは興奮していてあまり寒さは感じなかったけれど、今夜は相当冷え込むと天気予報は言っていたから、火に当たっておみくじを見せあったり、遥希が来るまでの神社での出来事、兄や澄治や恵媛のこと、瑠花のこと、スミエダとサカキのことを話そう。一人で火を見つめながら火のなかにみんなの顔を思い浮かべると勇気が湧いてくる。なぜだかほくほくと嬉しさが込みあげてくる。かっこつけるのをやめたら何かが変わる気がした。そうか、昔のぼくは遥希のことが好きでもその感情を今みたいに重大に捉えていなかったからかっこつけずになんでも話せたのだ。小五の寒い冬の日、みんなでドッジボールをした公園で、耳が冷たい、と外野の端っこでたまたま二人きりだったときに言った遥希に大胆にもぼくは「これ貸すわ。ぼくの体温であったかいで」と自分の耳当てを外してそのまま遥希の耳につけてあげた。あのとき、ぼくの両手に挟まれた遥希の少し驚いた顔、ありがとう、と言った声、耳当てを当てがった動作で偶然触れてしまった白い頬、長いまつ毛とまっすぐ見つめる遥希の目、いつものように先に目を逸らしてしまうぼく、ずっと隣にいたのに、触れた瞬間にだけ微かに甘い匂いがしたような気がする、その日からぼくは遥希のことが好きなぼくを俯瞰して見るようになったのだ。多分、今まで以上に好きで好きで堪らなくなって、遥希本人だけじゃなくて「恋愛」というテーマでこのことを考えるようになり、そしたらだんだん頭がこんがらがってきてうまく話せなくなってしまった、というオチだ。ぼくは遥希を待ちながら火を見つめていると、時間をかけてもつれたそいつがみるみる解けていくような思いがして、今している兄の耳当てだってあのときのようにつけてあげることができるし、見つめてくれれば今度はまっすぐ見つめ返すことだってできる、と思った。
2. へ続く
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