第30話 カレーライス

 優は依然、冷静に、そして一言も発せずに大人しく後部座席に鎮座していた。

 真一は、それが妙に不自然に感じられたが、斎藤1佐から突然語られた就職の話が、あまりにも非現実的過ぎてそれどころでは無かった。


 自分が、幹部?


 どちらかと言えば、デスクワークよりも肉体労働向きに出来ていると自分を評価していた真一にとって、予想もしない申し出であった。

 なんとなく、陸上と違い清潔感のある印象を受ける航空自衛隊。

 自分がそんな組織の幹部になんて、本当になれるのだろうか、と。


「それじゃあ、具体的な話を進めたいから、ヘリでパーッと行っちゃおうか」


「へ? ヘリ? 何がですか?」


「だから、君たちを浜松基地までヘリで」


「いや、俺、飛行機とか初めてで、どうやって乗ったらいいかなんて知らないんですけど」


「大丈夫、内緒だから」


 何が大丈夫で、何が内緒なのかもよく解らないまま、黒い官用車は陸上自衛隊の施設に入る。

 そこには、すでに航空自衛隊のヘリコプター2機がローターを回した状態で待機していた。


「これに乗るんですか?」


「ああ、今日は特別ね。陸さん(陸上自衛隊)の施設って、あまり使いたくないんだよね、変に借りを作りたくないからさ」


 大人の事情はよく解らなかったが、これからこのヘリコプターに乗れる、という事実だけでも、真一の心は高鳴った」


「なあ優! スゲエなこれ! クラスのみんなが聞いたら驚くぞ!」


「そうだね・・・・クラスの・・みんなと会えたら、だけど」


 そう言う優の横顔が、とても寂しそうであった事に真一は気付かずにいた。ヘリのダウンウォッシュで駐屯地の芝生が豪快に舞い散る中、二人は住み慣れた裾野市を生まれて初めて上空から見るのである。


「おお、スゲエ! 学校も見えるぞ! 木蓮のヤツ、ちゃんと学校に戻ってるかな?」


 嬉しそうに外を眺める真一と、黙って下界を見つめる優の、それは対照的に見えた。

 大人たちは、むしろ無邪気にはしゃぐ真一の方を見て安心していた。

 勘の良い子供は困る、とでも言いたそうに優には見えてしまうのである。


 快晴の秋晴れを背に、航空自衛隊のヘリコプターは速度を増して南下する。

 

「ほら、あれが浜松基地だよ」


 激しいヘリの騒音の中、斎藤1佐が真一の耳元で教えてくれた。


「これが・・浜松基地」


 上空から見る基地は、先ほど飛び立った陸自の駐屯地とは比べものにならないほどに巨大であった。

 長い滑走路を中心に、広大な敷地と抜けるような青空が、真一の気持ちを高めて止まない。

 自分は本当に、この世界で生きて行けるんだろうか、逆に、、そんな心配すらしながら。

 遠くに、小さなグレーの機体が見えると、斎藤1佐が「あれは訓練機なんだよ」と教えてくれた。

 初めて尽くしの初フライト、真一は自分が置かれた立場も忘れ、美しい「空」の世界に酔いしれた。


「さあ、これからブリーフィングだ、と行きたいところだけど、君たちお腹空いているだろ、食堂に食事が用意されているから、食べるといい。今日はカレーだぞ」


 フライトで気分が良い所に来て、昼食が準備されていると言う。食べ盛りの真一にとっては、体育会系社会でもある航空自衛隊の食事にとても興味があった。


「うわ、すげーボリュームだな! 見ろよ優!」


「もう、カレーくらいでそんなにはしゃがないでよ、恥ずかしいじゃない」


「だってさ、なんか警察の飯って、冷たい感じがしてマズいんだよな」


「たしかに、場所が場所だからかな、あまりおいしくはなかったね」


 二人は、そんな事を言いながら、お盆を取ると、出された食事を取って乗せて行く。

 いかにも暖かく、大盛りな印象の食事、それが真一には旨そうに見えてならない。

 席に着くと、二人は早速箸を付ける。

 

「あ、旨いな、コレ!」


 真一と優は、顔を見合わせておいしさを確認すると、久々に感じる温かい食事を頬張った。

 真一は思う、こんなに腹一杯旨い飯が食えるなら、航空自衛隊も悪くない、と。

 

 しかし、それもまた、航空自衛隊の技の一つだと言う事に、真一は未だ気付いていなかった。

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