第52話 ごきげんよう

[答辞、卒業生代表、星野まさるさん]



 アナウンスが入って、俺は立ち上がる。

 ステージに向かって歩み、階段を上がると校内全員の顔が見えた。結構生徒数が多い学校だったんだな。


「本日は私たち卒業生のために、このような素晴らしい式を開いてくださり、ありがとうございます。卒業生を代表して、最後に・・・・」


 俺は言葉に詰まってしまった。

 手が震え、涙でもう原稿が見えない。

 

 何秒くらい経ったんだろうか、もう俺は、数分もこうしているように感じられる。 

 頭が真っ白になって、ダメだ、何も出てこない。

 まったく、人生の最後にザマねえな。


「星野君! ファイト!」


 委員長だった。

 こんな時に、みっともない彼氏でごめんな。

 他の生徒も、同じように声援をくれた。

 卒業式の厳かな雰囲気が、少しだけ崩れてみんなが俺を応援してくれる。

 

 嫌だ、死にたくない。

 こいつらとずっと一緒に高校生していたかった。

 感動と緊張がくちゃっぐちゃになって、俺は答辞の原稿と顔を涙でグシャグシャにしながら沈黙した。

 マイクを通じて、俺の小さな泣き声だけが響く講堂。



「・・・・卒業に、あたり、私から、一言だけ。もう、こんな原稿を読むのは止めます。感動しているから、それを伝えるのに、原稿なんて読むのは間違っている。感動は自分の言葉で伝えるべきだと俺は思います」


 会場が、ようやく卒業式へと戻った気がした。

 全員の目が、俺を刺すように見ている。

 だから、伝えなきゃいけないって思った。気持ちの全てを。


「一人の木こりが、死を前に女神の泉を目指して最後の旅をしました。それはただ辛いだけの旅路。でもその先に、女神様の笑顔があると思って、木こりは旅を続けました。木こりが泉に着いた時、もう虫の息でしたが、最後に女神様は奇跡を起こしてくれました。天涯孤独だった彼に、母親や家族、友人を授けてくれたのです。木こりは自分がかつて木こりだったことも忘れて、幸福な人生を平凡な人生だと思って無駄に消費していました・・・・皆さん、平凡な人生なんてありません。人生はキラキラと輝いていて、いつも可能性が間口を開けて私たちを待っています。皆さんが思っているよりも、人生は何十倍も素晴らしく、この世界は希望に満ちています。受験で灰色の青春だと思うかもしれません、部活で苦しいと思うかもしれません。でも、生きている事の素晴らしさに、どうか気付いてほしいのです。木こりはもうすぐ命のともしびが消えようとしていますが、彼はそんな人生を誇りに思うでしょう。高校生であったこの3年間を胸に、勇気をもって木こりは死を受け入れます。だからこそ、人生は輝く。皆さんの平凡な高校生活を、どうか大切にしてください。俺が言いたいことは、これで全部です」


 静まり返った講堂に、少しづつ拍手が沸き上がり、やがて盛大な拍手と歓声へと変わってゆく。

 なんだか、あの日の公演を思い出す。

 俺は盛大な拍手に見送られるように、周囲が光に包まれて行くのが解った。

 

 そうか、これが俺の最後の瞬間なんだな。

 

「マサル、卒業・・おめでとう」


「泣くなよ母さん、俺まで泣けてくるじゃないか」


「だって、あんた本当に立派に・・・・」


 女神姿の母さんが、声を詰まらせて泣くもんだから、俺はそっと近づいて、母さんを抱きしめた。

 

 本当にありがとう、今日まで育ててくれて。

 俺を産んでくれて。

 俺を叱ってくれて。

 俺を愛してくれて。


 女神様って、こんなに小さかったかな?


 泣き虫な女神様の震える肩を抱きながら、この人生は良かったな、なんて思う。

 木こりの人生で、湖畔に小屋を建てられなかったのは後悔しているけど、今度の人生は悪くなかったよ。

 本当はさ、委員長と結婚して、ささやかでも新婚生活を送ってさ、母さんに初孫を抱かせてあげたかったんだぜ。

 そんな事を想っていたら、俺の目の前に、本当に一瞬だけ、これから俺が送るであろう、その後の人生が走馬灯のように見えたんだ。


 充実した大学生活

 結婚式、芽衣沙がもう泣いて泣いて。母さんも泣いてくれたんだな。


 社会人、そして、初めての子供。

 可愛いな、子供ってこんなに可愛いのか。俺に育てられるかな、ちょっと心配。

 転勤で引っ越し。新し土地で新しい出会い、かと思ったら、行った先で伊野部と再会・・・・お前ねえ。

 子供が中学校に上がると、俺は単身赴任を経験する。家族は一緒に居てこそ家族。一人の夜はこんなに寂しいんだな。

 芽衣沙が結婚した。美しい花嫁姿に、マスコミが大騒ぎ・・・・お前一体、何になったん?


 どの場面も平凡に見えて、ドラマティックなんだな。

 そうか、俺は生きていたら、そんな人生だったのか。


 ありがとう母さん、最後まで本当に気を遣わせてしまったね。


 そんな顔しないでくれよ。御蔭で良い人生でした。


 また、きっと会えるよね。

 だから、それまでお別れ。


 それじゃあね。ありがとう、母さん、そして女神様。

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