第45話 いつまでたっても

「マサル・・・・いいかい?」


「うん、入ってよ」


 母さんの表情が、恐ろしく暗い。そんな母さんを見ると、俺は余計に切なくなる。

 母さんの笑顔が見たい。いつものように、迷惑なほど、ウザいと思うほどの母親なところが見たい。

 それでも、俺は母さんの一言を聞かなければいけない。母さんだって辛いのを忍て来てくれたんじゃないか。


「・・・・いいよ、母さん、覚悟は出来ている」


 すると、母さんは、息を吞んで一瞬泣きそうな顔になる。

 そして俺に抱きついてきて、遂には泣き出した。


「まさかね、人の親と言うものが、これほどに弱い生き物だなんて、私は知らなかったよ。これまで沢山の人の死を見て来たけど、まさかこれほどの想いが詰まっていたなんて」


 そうだ、残された時間に心を痛めているのは俺だけじゃないんだ。

 母さんだって、本物の母さんなんだから、身を切られるように痛い。

 俺は親不孝者だな、とつくづく思う。

 

「うん・・・・そうだね、人間は弱い生き物だよ。だから、教えてほしい、俺の残された時間の長さを」


 母さんは、俺を引き離して少し俯く。

 LEDライトの灯りが、いつもより冷たく感じられる。

 沈黙が長い、それでも母さんは意を決して俺に向き合ってくれた。



「5日・・だよ」


「5・・日?」


 俺は、そのあまりにも予想外な時間に硬直した。

 5日、たったそれだけ?

 俺の人生は、あと5日?

 そうか、そうなんだ、俺はもう5日しかないのか。


「ごめんね、あんたの時間がもうあまり残されていなかったから、夏を飛ばしてしまったんだよ。あんた、文化祭楽しみにしていたから」


「・・・・母さん」


 それは、残酷な仕打ちなんかではなかった。

 母さんなりに、俺の一番幸福な時間の使い方を考えての事だったんだ。

 たしかに、俺は文化祭前に消滅していたら、後悔だけが残った事だろう。

 それにしても、器用な事をするな、母さんは。

 

 おかしな沈黙が、俺の部屋に充満している。

 

 それは仕方がない事だったが、やはりまだ、俺自身の中で5日と言う時間が吞み込みきれていない。

 

「母さん、俺、少し一人になりたい・・」


 母さんは、俺の部屋を後ろ髪を引かれるような素振りを見せつつ、去って行った。

 5日、それが再び俺の心に重くのしかかる。

 母さんの手前、気丈に振る舞ってはみたものの、17歳の俺がそれを簡単に飲み込める訳がない。

 考えては悶絶し、悶絶しては別の事を考えて気を紛らわす。

 そして、おかしな汗が出てくる。

 きっと、死刑囚ってこんな感じなんだろうな。

 あれほど辛く苦しい労務を経験した俺ですら、やはり死ぬのは本能で怖いと感じる。

 それが人なんだから。


 俺は、助けを求めるように、母さんの居る寝室の扉を開けた。


「マサル、こっちにいらっしゃい」


「うん」


「もう、いつまでたっても子供なんだから」


「うん」


 母さんは、俺をベッドに入れると、まるで幼子を諭すように、そっと抱きしめて頭を撫でた。

 今の俺が、この恐怖から逃れる術は、悔しいけどこれしかないと感じた。

 俺が、ずっと焦がれてきた母親と言う概念とは、きっとこんな事なんだろうと、客観的に感じてしまう。

 怖い、5日後が怖い。

 その恐怖を、母さんは全部優しく包み込んでくれる。

 こんな風に、母さんの胸の中で眠るなんて、何時ぶりだろうか。

 あまりに幼過ぎて、もう覚えていないや。

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