第13話 世界で俺一人だけ

 委員長は、俺にメイクの落とし方を教えてくれた。

 普通のメイクと違い、ステージ用はメイク量が多いので、落とし方も独特だ。

 

「こうやって、大量のスポンジを使って落とすのよ」


 バケツ一杯の小さなスポンジを使って、落としてはスポンジを替え、次々とメイクを落として行く。

 凄いな、俺の落としたメイクのスポンジで、もう一方のバケツが埋まってゆく。

 そして、このスポンジは洗濯して何度も再利用する。

 それだけ演者のメイク量は凄いってことなんだろうけど・・・・


「委員長・・あの、メイクが落ちないんだけど」


「え? もうすっかり落ちてるじゃない」


「いや・・・・だって、顔がメイクした時のと同じだよ」


「・・・・?」


「いや、ほら、俺の顔、こんなじゃなかったじゃない」


「・・・・え? もういつもの星野君だよ」


「ちょっと・・・・またー!」


 委員長もおかしなことを言うな。

 俺の顔、もっと丸くて、鼻が低くて・・・・あれ?

 脳がバグってる。

 自分の顔が、解らなくなってきた。

 なにこれ?

 おかしいぞ。

 だんだん、俺はこんな顔だったような気さえしてくる。

 それにしたって、これじゃ本当に外国人だよ。

 俺はもう一度、スポンジを使ってメイクを落とす。

 それでも変化は何もない。

 

 ・・・・俺は、変な汗が出てきた。


 どういう事だ? メイクをしたら、俺は別の人間になったとでも言うのか?

 

「どうしたの? 星野君、また顔色悪いよ」


「俺、顔色悪いんだ・・・・」


 委員長の言うそれは、俺の顔からメイクが落ちている事を如実に示していた。

 メイクをしていたら、顔色なんて解らないのだから。

 そして俺は、今の自分の顔がメイクではなく、俺の顔そのものであることを悟った。

 見えているものは何も変わらない、変わったのは俺の顔だけ。

 控室を出て、みんなの元に戻ると、さっきと全く同じ景色だった。

 そう、やはり変わったのは俺の顔だけ。そして、それを認識しているのも俺だけなんだ。

 みんなの前に戻った俺を見ても、誰一人反応しない。

 つまり、変化を認識していないという事だ。

 どうして?

 これほど俺の顔は変わったってのに。

 俺は後輩に、それとなく聞いてみた。


「なあ荒木、俺って、どう?」


「・・・・なんですか? それってどんな質問なんですか? イケメンなら何聞いても許されるなんて思わない方がいいですよ。好感度だって大切なんですから」


「あのさ、ちょっと何言っているのか解らないんだけど、俺を見てどう思う?」


 すると荒木は深いため息をついて、俺に言い放つ。


「あのですね、私は顔がいいのも重要な要素だと思いますが、大切なのは内面だと思います。私は顔だけで男性を判断なんてしませんから」


「いや、噛み合っていないんだが。俺はハンサムでもなんでもないよな」


「・・・・嫌味が言いたいだけですか? 学校一のモテ男さん」


 荒木の一言を聞いた途端、俺の意識は遠くなってゆくのが解った。

 そういう事なんだ。

 俺は、委員長が言う通り、どうやらイケメンで知られているらしい。

 そして、俺の顔が変化したことが認識できないのではなく、俺の顔が変わったと認識しているのが、恐らくは世界で俺一人だけだという事も、同時に理解したのだった。

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