第18話 限界を超えて、心のアマリングを溶かせ
勇者の先輩アイザックと過去にオーダーで一緒になった時、ある話を小耳に聞かされた。
「俺たちの力......『神ノ力』には、限界を超えた先がある」
「限界を超えた先?」
「
「なんかすごい話を聞きましたわね」
「なに、大したことはないさ」
”勇者”や”聖女”の概念がない国での仕事の時の話だ。
オーダーで訪れた街の夜景がよく見える場所で、先輩とプチデートしていた。
フィルツェーンが就寝した後にこっそり抜け出して、話があるからと来てみれば、このようなことを言われたのだ。
「どうやったらその壁を越えられますの?」
「条件は不明だ。俺は特別、女神に信仰があるわけでもない」
(あの女神なら、気に入ったかどうかとか、使えそうなら力を与えるとかしそうだな......)
「壁を越える......臨界点を突破した力、それが『オーバードライブ』だ」
「『オーバードライブ』? 聞いたことないですわね」
「ああ。これは隠された”現象”というか......力でね。俺も上に報告していない。......もしかしたら支部長辺りは知っているかもしれないが」
「秘密が多いですわねぇ、政権って」
「確かに。はは、思えば怪しい組織だな。俺たちも」
勇者アイザックがわっはっはと、まあ心にも思ってなさそうに笑う。私も”親を見習うひよこ”のように「ワッハッハ」と笑って見せて、街の夜景をただ俯瞰する。スチームパンクな街並みは、現代人の記憶を持つ私の心にそこまで響かない。
遠い目を向けつつ頬杖をついて、一際目立つ大きな時計塔と麓にある城のような屋敷を見つめる。この国の貴族の間で開かれているという舞踏会の様子を、アイザックと一緒に眺める。
この街での目的は果たし、オーダーに関係ないので静観していたが、何やらえらい騒ぎになっているらしい。パーティー会場で魔力の乱れを感じるが、私たちは「勇者」にあるまじき無関係を貫き通す。
「まっ、君も神託によって選ばれた『勇者』なんだ。遅かれ早かれ力は開花するよ」
「これ以上、強くなっても......」
「変に身構えていても、死神にはなれないさ。ただ何も考えず肩の力を抜いて、俺たちは責務のために生きれば、いずれ高みに到達してしまうんだから」
「先輩......」
「さあ、行こうか。あのパーティーの様子は気になるけど、俺たちに関係ない。フィルが騒ぎで目を覚ます前に、宿に帰ろう」
時折感じる、凍りついたような冷たい眼になる先輩の様子も気になるが、確かに今は別に気にするところがある。
何だか某探偵映画のように派手派手しく城の一部が爆発し、街が徐々に騒ぎになる。先輩に唆されて立ち上がったと同時に、緊急事態を告げるサイレンまで鳴り響く。
オーダーの存在は秘匿事項で、私たちが目立つことはあってはならない。特にこの国の街は文化が違うので......。色々と考えた結果、私たちは足早に忍ぶ努力を始めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「怒りも覚悟も臨界点を超えた!! 私の”心のアマリング”まで溶かして、全て出し尽くすのみ!!」
これがアイザックから聞いた「オーバードライブ」の全てだ。
発動方法も何も知らない。現象として知っているのみ。だけど今の私には、限界を超えたという確信があった。
それを証明するように、近寄ってき相棒が私の身に起きた変化に対して、目が釘付けになる。
「”花”? 目の下の
「こほっ、けほっ! まだ喉が痛いですわ。変な物食べさせやがって、ヒトの口はゴミを投げ捨てるとこじゃなくてよ?」
「与えた力を飲み込んで......まさか臨界点を突破するために、
「まあ、褒め言葉ありがとうございます。俄然、やる気がみなぎってきますわ〜!」
無理やりアニムスを発動したが、最悪の展開にならずに済んだらしい。
不快だった魔力の狂熱は収まり、逆に全身の力がみなぎってくる。毒は克服すれば力にもなるということか。
オーバードライブに入ったことで装備も変わり、ヘルメットやアーマーが消えて、随分と身軽になった。一見、弱体化だが、体が羽のように軽く感じる。そしてシームレスに属性を選択し、スクラップブレードも形を変えて目の前に現れた。
外見的変化もあるらしい。「何か変わってる?」と、駆け寄ってきたフィルツェーンに聞いてみると「花の模様が......」と言ってくる。でも自分ではみれないのでよく分からない。
「瞳の色も、より濃い赤色になっている?」
「なんか禍々しいですわね、その例え。まっ、結果良ければ全てよし! フィル、さっさとあの裏切り者をぶっ飛ばして......フィル?」
「リン......。私は何も......」
「ああ、細かいことを気にしますわね。全く......声だけでも力になりましたわ、フィル。呼びかけがなかったら、また見失うところでした」
「......」
「子犬みたいなうるうるした目で見ないでください」
「な、泣いてない!」
強がる相棒の頭をポンポンと叩いて、私は再び前を向く。この間に何か準備を整えていたのか、リューゲンの様子がおかしかった。
まるで誰かと話しているような......。
(
「通信機? リン、これ以上は!」
「ええ! 最初からクライマックスに振り切ります!!」
火の属性を選択し、一気に魔力の出力を高める。すると頭の中にイーリスの声が響いて。
【オーバードライブは全ての力が数倍に! 新しい武器『フルスロットルブレード』で炎のアクセル、吹かしちゃえぇ!!】
「はああ!」
一つもサポートになっていないが鼓舞するように声を届けてくれる。なんか神の意思そのもののように思えるが、私は構わず新たな剣で敵に向かっていく。
リューゲンも突っ立っているわけじゃない。無言で背中の触手を無数に伸ばし、さらに胸の
「ルナ・アバランチ!!」
私のサポートをするように、フィルツェーンが杖上に変化したルナセーバーを起動し、魔術を相殺する。激しい粉塵が舞い上がり、一気に視界が悪くなる。
最後に一瞬だけ、私のことを目で見送り頷く相棒の姿が見えて、まるで心を通わせるように頷き返す。飛んでくる触手を弾き返して、静寂に包まれた周囲を見渡してピタリと立ち止まる。
——先ほどまでの戦闘の足跡はどこへやら。砂塵が巻き起こり、シンと静まり返っている中、私は目を閉じて立ち尽くす。
落ち着いて気配を探る。静かに剣を構えて、迷いなく感じた違和感の方へ剣を振るうと。
「ふぅ......『マキシマム・シフト』!」
「ゴフッ!!」
「その程度の魔力も隠せないくせに......。驕りましたわね」
「流石にオーバードライブ相手には隠し通せないか......だが!!」
私の振りまく熱におびき寄せられたリューゲン本体が現れ、彼は反応できず、私の刃によって深々と肩から斬られた。
一瞬、大量に血を撒き散らして吐血するが、装備の影響でほぼ魔物と化した彼の体は瞬時に再生。そのまま勝ちを確信したようにニヤついて、至近距離で胸を張り、残った全ての魔力を放出しようとする。
「ゼロ距離の爆発ならば、所詮は人間のお前など——」
リューゲンの行動の隙間は無く、勝ちを固めるには十分だった。それだけに正直、可哀想な死に方だ。容赦のない選択を突きつけるように剣を持ち、騎士の構えをする。
「モードチェンジ『ウィズダム・プライム』」
「は?」
「残念ね。あなた一人で逝ってちょうだい」
私は咄嗟に”フォームチェンジ”をし、水の属性の力を強く引き出す形態に姿を変える。全身の衣装が青くなり、銀髪の髪の毛先や指先が夜空のように青黒く染まる。
持っていた武器も剣から魔術師のような長い杖に変わる。オーバードライブ状態のため、普段とは違う形の杖だが、使い心地は一緒だった。
私のイメージ通りに魔力を操り、本来なら魔術に必要な詠唱などの段階をすっ飛ばして、無詠唱でバリアを張る。そんな無慈悲な行為を目にしたリューゲンは、引き攣ったような笑みを浮かべて、呆れた様子でため息を吐いて。
「勇者リンユース。お前は一体、何者だ?」
あえて分かっているであろうことを尋ねてくる。肩をすくめて、頬に一筋の汗を流し、胸の痛みに耐えるリューゲンに向かって私は。
「私に質問するな」
と、これから”死に連れていかれる”男に向かって、目を合わせることなく、突き放すように言い放った。
わずかに彼とのこれまでの情景が蘇る。
ほんの瞬きくらいの沈黙の後、仕事を増やしやがった
それが本当に少しだけ「名残惜しい」と思わせて......なんだか後味の悪い決着となってしまった。
「ふっ、失敬。君は『勇者』で『聖女』なだけだったな」
「ええ。さようなら、リューゲン副支部長。あの世で女神にボッコボコにされるといいですわ」
不整脈が起こるように魔力を不規則に乱すリューゲンに言い放つ。そんな私の様子を見て何を考えたのか。わずかな時間の後に、彼はそっと小さく口を動かして。
「......最後に私からのオーダーを追加するよ——」
「!!」
「——以上だ。では、さよならだ」
耳を疑う。驚いて目を見開くと、既にリューゲンの胸元が激しく輝いていた。
私を殺すためだけに使われたゼロ距離爆発は......周囲の地面と空間を抉り取るように爪痕を残すのみに収まるのだった。
一人の命を使い捨てた勇者を殺す策は、意味もなく散っていったのだった。
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