第13話 勇者の日々・偽物のチカラ

 貴族は家ごとに家業が分かれている。まあこれは、現代社会の企業の一族と同じ仕組みだ。


 エリックの家業は村と領地の管理。そして徴収した野菜などの販売を王国で手配する。割と農家寄りだが、この世界の貴族のスタンダードな家というイメージでいい。


 我がストレイラインは王国の官僚一家で、その地域では豪族でもあるエリックと婚約することで、両家の位はさらに確固となるはずだった。


 それを破棄した今、どうなっているか分からないが、エリックが私に会いにきても文句を言われることはないらしい。......しかしそれは対面で合わない場合の話。


「どうしたリン。顔色が悪いな」


「はぁ、そりゃそうですわよ。婚約破棄した家の領主に会いに行くとか、どんな冗談で?」


「君にも繊細な一面はあるんだな。何も気にしないタチかと」


「あなたが体の発育にコンプレックスを抱くのと同じですわ。ああそうだフィル、婚約破棄した私をもらってくださらない? あなたは男装してもイケる——ふぐっ。ほへんなはい(ごめんなさい)」


「まあまあ二人とも。そんな身構えなくてもいいよ。『聖女』と『勇者』に楯突くほど、僕の家族は目くじら立てないし」


 流石に気が引ける私を気遣ってくれるエリックと、私の頬を引っ張る冗談の通じない相棒のフィルツェーンと共に、中央政権に話を通してオーダーを受諾する。


 無論、今回のオーダーは魔ノ結晶マナズ・ギア絡みだ。どうやらエリックの領地でも、組織エンデボーテの魔の手が伸びていたらしい。


 ある村の青年が「俺が『勇者』に選ばれたんだ!」と主張し、魔ノ結晶マナズ・ギアを手にして好き勝手やっている。......本当にここ最近、こういう話題が増えてきた。


 皆、それほど「勇者」に希望を持っているのかと現・勇者はため息ながらに思う。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 エリックの家で彼の両親に招かれて、応接室にて話が進んだ。


 終始、私は気が休まらなかったけど、エリックとフィルツェーンのおかげでスムーズに話も進んだ。それに向こうも婚約破棄については触れず、それどころか「あの『聖女』と『勇者』である、あなたに再び会えるとは」と感激されたくらいだ。


 その姿に疑問を感じていると、エリック曰く「使命があるなら文句も言わないさ」とのこと。彼の言いくるめ方はともかく、私たちは目的の村に馬車で移動し、すぐにたどり着いた。


 季節はもうすぐ冬になろうとしている。村も雪に備えた対策を進めつつ、しかし冬の空気を底からじわじわと蝕むような、静かな熱気をそこら中で感じた。


(村人がやけに明るい? 浮かれていると言った方が正しそうだ)


「気付いたかい? 例の話題で村人も舞い上がっている様子なんだけど......ちょっと様子が変なんだ」


「ふむ。今までと違う感じがするな。リン、例の勇者とやらに会って確かめてみよう」


「ええ。案内お願いしますわ」


 すでに私とフィルツェーンは、これまでの戦いの経験から状況をなんとなく理解していた。最終確認も含めて、容疑者......は言い過ぎか。今回の問題の当事者に会いにいく。


「おうおう『勇者アンデ』に向かって何用さ!」


「やあ。僕はエリック。この村を管理する貴族の家の者だ。君の話を聞いてね」


「おお、ってことはとうとう王都に行けるのか! これで俺たちも一気に億万長者に......」


 例の自称勇者は堂々と、村の目立つ場所で剣を掲げて何かの練習をしていた。名乗り口上の練習か? まあそれは良いとして、私たちは彼の視界に入るところに移動する。


 村人たちと自称勇者が怪訝な目で私たちに目を向けるが気にしない。腕を組んでエリックに続き口を開いて「残念ながらその夢の続きは見られませんわ」と、自称勇者様に喧嘩をふっかける。これが一番、手っ取り早い解決法だ。


「アンタ、誰だよ」と片眉を釣り上げて剣を肩に担ぐ少年。年齢はまだ十代くらいで、世の中を知らないペーペーだ。こんな無知を騙すとは、エンデボーテもなりふり構わないクズばっかりで呆れてしまう。


 漏れでそうなため息を堪えて、私は挑戦的な態度で笑みを浮かべて自己紹介から始める。


「お初にお目にかかりますわ、勇者様。隣のちっこいのは『聖女』のフィルツェーン」


「『聖女』? ......じゃあお前は?」


 フィルツェーンに脇腹をグサっと突かれ仕返しを受ける。


「おぅっ!?」と思わず変な声を漏らして、慌てて口を塞いで隣のちっこいヤツを睨むと、「してやったり」と仕返しに満足しほくそ笑んでいてクソムカつく。


 そんな私の様子を怪訝な顔で見る”勇者様”。私は「こほん」と咳払いして、姿勢を正し胸に右手を押し当てて、貴族流の挨拶を。


「我が名は『リンユース・ストレイライン』」


「!!」


「あら、その反応......ふふ。少し話を伺ってもいいかしら?」


 勇者様が明らかに顔色を変えて、まるでスイッチが切り替わったように目を細める。


 ——刹那、私は首に刺すような視線を感じ、身構える。


 空気が変わった。自称勇者の様子も代わり、突然苦しむように胸を押さえて、瞳が真っ赤に染まっていく。


 この反応はやはり”当たり”だったようだ。

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