第9話 聖森

くそ、足が棒のようだ。ワイロフとラドルクはエルフの森へは2km程先と言っていたが、実際は4km以上あった。というか勇者一行の反応から察するに4km歩いてまだエルフの森らしきものが見えてないようだ。まじでこの2人はイカれてるのか?化け物め。

2km程歩いた時の休憩中にハーディが呆れてるのか疲れてるのか分からない声で「この2人にエルフの森までの距離の調査をさせたのは間違いでしたね…いえ、調査をさせたのなら、2人の化け物じみた体力も換算すべきでしたね…皆さんすみません。」と自分の失態を責めるように言っていた。いや、ハーディのせいではなくて2人の化け物じみた体力のせいだと思うのだが…

確認だけど本当にワイロフって昨日両足失ったんだよな?それで魔石で治せるけど魔物化するからって俺が馬を召喚したよな…?まあ馬に乗ってるなら楽か?いや、ありえない。馬に乗ってるとはいえ腰より下がほぼ無いんだぞ?

乗馬は意外と手綱をひく手の方ではなく足の方を使う。足を使って歩行速度を調整したり停止したりする合図を送る。馬の手綱をひくのはせいぜい馬を落ち着かせる時か急停止させる時ぐらいだろう。しかし、ワイロフは両足がない為手や身体全体で歩行速度を弱めたり強めないといけないはずだ。それはものすごく体力のいることだろう。

本当に両足失ったんだよな??治ったとか言い出さないだろうか。

「変なこと言うけど、ワイロフって両足失ったんだよね?」

「急にどうした。」

「4km以上歩いてて全く疲れてないから…」

「?馬に乗っているからな。」

「いやほら、停止させる時って足使うでしょ?でも足がないから身体全体使うか手綱をひくしかないけど手綱をひかれるのは馬もあんまり好きじゃないだろうし…」

「??そうか?」

「毎回手綱ひいてるの?いや、そんなわけないよな。え、じゃあどうやって止まってるの?」

「少し前かがみになるとゆっくり動き、後ろにゆったり座ると止まるな。」

「うん、だからそれ疲れない?力入れすぎたら馬緊張するし…腹筋とかめっちゃ使うよね?」

「????そうなのか?」

もうダメだ、話が通じないこの化け物。

両足がなくて乗馬大変じゃない?と聞いたのに「????そうなのか?」と返ってきたぞ。

斜め上の回答すぎる。いつもみたいに「別にこれくらいのこと苦痛ではない。」とか言ってくれたらまだ理解できるのに…


やっとついた。疲れたのでエルフの森に魔物がいないことを心から願う。まあ耳元にある魔物を感知するというピアスは振動していないので恐らく魔物はいないのだろう。結局エルフの森までは10km程かかった。ラドルクとワイロフはこれを2kmって言ったのか?頭おかしいのか。化け物だろ…しかもこいつら往復してきたから20km歩いたはずなのにそれを片道2km、往復4kmって言ったのか?エルフの森へ着くまでに2km事に休憩していたがよくここまでへこたれずについてこれたと自分でも思う。

「はぁ…ようやく着きましたね。エルフの森に結界があるようです。リリーさん、解き方分かりますか?」

「うーん…合言葉がいるみたいなのよねぇ…」

「合言葉…ですか。」

もしかして開けごまとか言うやつだろうか。

「合言葉ねぇ…俺の故郷では開けごま!とかで開くんだよな。」

と俺は冗談で言ったつもりだった。

「…!結界が解かれたわ。」

リリーがものすごく驚いてる。

「うおぉ!やっぱりスペスって俺様の言う通りエルフなんじゃね!?エルフの森の結界の合言葉ってエルフしか知らねぇはずだよな!?てか合言葉、開けはわかるがなんだよごまって!」

とラドルクに聞かれたがそれは俺も知らない。なんでごまなんだ。というかなんでそんな合言葉で開くんだ。エルフの結界そんな合言葉で解かれていいのか。

結界の中に入った瞬間木々が風で揺らぎ、水がかかってこないのに耳元で滝の音が聞こえる。

「なんだこれ、滝の音!?もしかして水の魔物の仕業じゃっ…!」

「人間か、その魂は勇者…!何用だ?」

声が老いている。70歳以上だろうか。

「魔物報告があった為エルフの森と言えど確認しない訳にはいかず、やむを得ず結界に入ってしまいました!すみませんっ!」

やっぱりこういう時のマーティンは物怖じしないので頼りになる。

「はは、その言葉に偽りはないようじゃな、して勇者よ。」

と長老が言うと滝の音がピタリと止んだ。

「はい!」

「どうやって結界を解いたのじゃ?」

「ここにいる獣使いのスペスが『俺の故郷では開けごまで開く』と…」

おい!確かに嘘つけないのは知ってるけどそこまで正直に言わなくても…こういうとこがマーティンのダメなとこなんだよな。

「故郷?見たところ魂はエルフでは無さそうじゃが…どうやらこの世の人間とも言えぬようじゃな。何者だ?」

「何者も何も…人間…です。」

「どこか魂がワシらエルフと似てるところがあるな。魂は綺麗だが、なにか言えない秘密があるようじゃな。」

この長老の人全部見抜いてるんじゃ…俺が異世界転生をまだ受け止めきれなくて、夢だと思いたくて、異世界転生者であるかもしれないってこと話せないことも。

「安心せぇ、森は其方を一番に歓迎してるようじゃ。」

「ほらな!やっぱり、俺様の言った通りだろ!スペスはエルフなんだよ!」

後ろでラドルクが小声で勇者一行に話しているが、違う。エルフじゃない。

しばらく長老の後ろをついて行くと、ふわっと春風のような暖かい空気が流れてきた。それと対象的に沢山の視線が一気にこちらを向いて嫌な予感がして寒気がする。小さい足音が沢山近づいてくる。

「この人間エルフみたーい!」

少年が俺の上に登ってくる。登るのは危ないので引き離そうと反射的にしゃがんでしまった。

「このエルフ耳短いよー?」

しゃがんでしまったことによって耳を引っ張られる。

「当たり前だよ!人間だもーん!」

少女に正面から服を引っ張られる。コケないように背中に手を当てているうちに誰かに白杖を取られた。それだけはまずい。

「ちょ、それは返して!目が見えないんだ…」

「こら!返さんか!」

と長老が怒る。

「ごっ…ごめんなさい!」

とりあえず白杖を返してくれたので一安心だ。顔を引っ張られたり耳を引っ張られたりもう何が何だか分からないが相手は子供だし諦めるしかない。するといきなりズボンを掴み泣きだす子がいた。

「ねーねーが殴ってきた〜!」

「違う!お前が悪口言うからだろ!」

目の前で喧嘩されている。俺は今混乱しすぎて逆に冷静なのだ。もう喧嘩まで手に負えない。

「お前たちやめんか!その方は人間だ!お前達より年下だぞ!恥ずかしくないのか!」

「え〜…」と長老の叱責に不満を出しつつ俺から離れていく子ども達…助かったと思いとりあえず立ち上がる。ん?いや、年下?俺が?この子達ではなくて?

「ねぇ、ねぇ〜何しに来たの?」

さっき登ろうとしてきた少年だ。

「魔物報告があったから、一応確認しに来たんだよ。」

また登ろうとしてる。登る前に何とか抱き上げて回避した。

「えーいいなぁ…」

服を引っ張られた。さっきも服を引っ張ってきた子だ。

とりあえず抱き上げてる子を下に降ろした。

登ってくる少年と服を引っ張った少女の小さな手で森の奥へ連れてかれる。

「おじいちゃんは勇者様と話しててねー!」

「僕たちこのお兄ちゃんと遊んどくからー!」

終わった。遊ばれる…白杖さえ壊されなかったらもう何でもいい。

「あら?誰を連れてきたの?」

優しく穏やかそうな女性の声だ。

「あのね、エルフなのに人間みたいな人!」

「違うよ!!逆!人間なのにエルフみたいな人だよ。僕の言うことがほんとだよ!」

「すみませんね…貴方達もうすぐ700歳でしょ、しっかりしなさい!」

ななひゃっ…嘘つけ、何言ってんだこの人…

「ごめんなさぁい…」

少女がしょんぼりした声で言う。いや、今思えば声は幼いが拙い喋り方ではなく可愛い声の大人と喋ってる感じがする。いや、自分でも何を言ってるか分からなくなってきた…

「ほら、勇者一行のところに案内しなさい。暇じゃないのよ?」

「「はぁい」」


何とか勇者一行の元に帰って来れた。

「おー、久しぶりの故郷楽しかったかー?」

ラドルクがウキウキしながら話しかけてきた。恐らく長老との話が終わったのだろう。

「長老との話し合いは終わったの?」

「まあな、で?どうだった?」

「どうだったも何も俺の故郷じゃないし…」

「スペスったら子ども達に大人気だったわね。私も子ども達と遊びたかったわー。」

「子ども達とというより子ども達に遊ばれてたけどね…」

「!?子ども達と遊んでいらしたのでは…早く隠れてください!」

と長老が焦った声で走ってくる。

「ど、どうしました?」

「この方ですか?人間なのに、まるでエルフのように美しいと評される方は。」

「セリウス王子だ!」「なんでここに?」とこの人の後ろから子ども達の声が聞こえる。

「うわすんげぇ美!って感じだな。エルフの中でも一際目立ってる。」

と後ろでコソコソ喋るラドルク。こんな時だけコソコソ喋るのやめてくれ!

「私はセリウスと申します。女王の側近を務めております。子どもたちが王子と呼んでいるのは、あくまでおふざけですので、どうかお気になさらないでください。」

「は、はい…そんな方がなんの用で?」

「ふむ…この人間の美しさは、私に匹敵する…いや、それ以上…!?信じられない…」

とブツブツ言っている。

セリウスとかいう声が艶めかしいエルフの後ろで"だから言ったのに…"とでも言うように長老が溜息をついている。

「さあ、こちらへお越しください!」

「え!?」

セリウスとか言う男に米俵みたいに担がれた。今日は何回森の奥へ連れ去られるんだ。

というかさっきの長老の溜息の意味がようやく分かったような気がする。こうなることを分かってたのか。


「女王様、どうかご覧ください。人間でありながらエルフのように美しい男性です。この秘められた魔力量も、エルフに匹敵すると言えるでしょう。」

「またかセリウス…いい加減美しさ比べするのはやめろ…其方がこの世でもっとも…」

その瞬間空間が止まった感覚がした。静寂だ。風や生き物の呼吸すら感じられない。息すらできない。苦しい…

「たしかに、魂は人間だがこの世の者とは思えない…」

やっぱり転生者ってバレるのでは…冷や汗が止まらない。

「それに美しい。」

「え?」

「ふむ…エルフみたいな人間よ、歓迎するぞ。其方、名は?」

「スペスです…」

「ふむ…魂が半分反応している…?それは途中で誰かに付けられた大切な名なのか?」

「は、はい…」

なんか占い師みたいだな。

「待て待て待て待て!エルフみたいになってるけどエルフじゃねぇからな!?」

とラドルクが前に出て講義してくれる。やっぱりラドルクは俺の味方だ…

「……だから言っとるだろう。こいつは人間ではある。ただの人間はでないことは確かだ。其方もおかしいと思わんのか。こいつの容姿も、能力も…」

と女王がラドルクに質問する。

「私は単に、未知のものに興味があるだけでございます。」

とセリウスが言う。勝手に人を未知のもの呼ばわりしないで欲しい。というかこの状況ものすごく嫌いだ。自分の意志とは関係なく注目されてる感じ…自分の意志とは関係なく注目された時、自分は何もしていないのに勝手にどこかで反感や妬み嫉妬恨みをかう場合が多い。

居心地が悪い。

「さ、先程のご無礼を許してください、女王様。その件に関しては俺様だってわかってて言ってます。ですが女王様…いきなり仲間を森の奥へ連れてエルフの森へ歓迎すると言われても攫われているようにしか見えないので…」

ラドルクがまた丁寧な敬語を使っている。皇の前でも使ってたが、なんだかラドルクが敬語を使ってるのを聞くと心臓が浮遊してる感覚が生まれて不思議な気分になる。

「ほう…それはそうだな。すまんな。確か魔物報告だったか?そのことは聞いておる。」

女王がペタペタ…と近づいてくる。まさか裸足なのか?

「今日魔法で調査をするからまた明日また来てくれ。まともにもてなしできなくて悪いな、だが調査は人間がいると厄介でな。」

女王の命令でセリウスがそのまま入口まで案内してくれることになった。

「ありがとう、ラドルク…正直助かったよ。」

と小声で囁く。

「別に…」

声が小さい。もしかして照れてるのか?不器用で熱血でガサツで優しいやつだけど可愛いとこもあるのか。

「それではお別れの前にエルフのご挨拶を…」

とセリウスが言うといきなり俺の頬にキスし、次に手の甲にキスしてきた。キザな挨拶だな…日本人には他人どころか家族にすらキスするとか考えられないので理解し難いが…文化ならしょうがないだろう。

「それと、加護の魔法が施された銀の鈴を…御守りとしてです。こちらの白い杖におつけさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「は、はい…」

「…では、またお目にかかれる日まで。」

エルフの森から少し離れるとラドルクが唸るように「あ〜!!まっじで俺様あいつのこと、嫌いだわぁ…なんだよエルフの文化って…二度と行きたくねぇ…」と言った。

「明日の報告には、ラドルクとスペス以外で行きましょうかね。」

とハーディが少し困ったように笑った。

「セリウスとか言うやつが送った鈴…」とワイロフが何か言いかけたが

「兄さん!」とフィーフィアが止めた。何を言いかけたのだろうか。

「あー!この鈴、加護魔法とかお守りとか言うけど気に食わねぇ…くそ、文化って便利な言葉だよなぁ!」とラドルクが言う。

エルフの森へ向かう途中野宿しやすそうな場所を見つけていたのでそこで寝ることになった。


【おまけ】

勇者一行今までの大怪我ランキング

1、ワイロフ[太ももが10cm〜15cm以下くらいしか残ってない。現在はサーペに乗って歩いたり戦ったりしている。]

2、ラドルク、マーティン[重傷を負い魔石を使うことに、魔物化して角が生えた。精神的にも身体的にも大怪我。]

4、スペス[口から血を吐く。原因は不明。ハーディ曰く神獣を召喚した代償では?とのこと。]

5、ボンゴ[あんなハンマー振り回してるやつに攻撃するやつがいない。怪我するとしたら料理中に怪我する方が多い。]

6、フィーフィア[遠距離攻撃なので攻撃はされづらくはある。だが遠距離攻撃があまりいないので怪我されると痛手。]

7、リリー[防御魔法使えるので怪我しない。]

7、ハーディ[ヒーラー兼薬師に怪我されたら困るので(※一応みんなも応急処置くらいはできるのはできるが。)怪我させない。]


勇者一行応急処置上手いランキング

1、ハーディ[街の医者の息子なだけある。]

2、フィーフィア、ワイロフ、ラドルク[狩猟民族の血が入ってる為そういう場面に出くわすことが多い。]

5、ボンゴ[食材に詳しいためこれを食べれば治りやすいとかが分かる。]

6、マーティン[そこそこできる。]

6、スペス[知識さえ学べばいけそう。伸びしろ大。]

8、リリー[治癒魔法はヒーラーだけのものなので使えない。包帯の巻き方も不器用。]

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