二章八話 死んだように生きた存在
「──わたしの命を狙っていると解釈して、間違いありませんね?」
「──それは少し違うね。俺はただ、君と仲良くなりたいだけだから」
「わたしたちの命を狙っておいて、仲良くなりたいとは、なかなか面の皮の厚い方ですね」
話しながら、ココアは手のひらに魔力を集中させる。
目の前の少年の意図は見えないが、ココアが見た魔法陣から滲んでいた魔力と、気配が似通っている。
つまり、人違いではないのだ。残念だが。
それを確認し、ココアは少年の瞳を見て静かに口を開く。
「──わたしたちを狙った理由を、お聞かせください」
「なんとなくだね。でも、間違ってなかったよ。君は、すごく可愛いし面白い子だもん」
「それはどうも。ですが、わたしは好かれる努力もしない乱暴な男性を好きになるほど優しくはありませんよ。──針のようなものをわたしたちに向かって投げたのは、あなたですね」
それは、ココアから少年への最後通告であった。
会話を通じて、彼とココアの常識が違うことと、幾度にも渡る殺害が彼の仕業であると、ココアの勘が告げていた。
勘違いであったら嫌だから、確認を取っているが、確信はすでにあった。
だから、
「うん。いいプレゼントだったよね?」
「──申し訳ありませんが、プレゼントはゴミ箱へと直行致しました」
少年がそう答えた瞬間、ココアの脳内に、強い破壊のイメージが作られていた。
細く頑丈な糸が、ココアの指を通じて外界へと顕現し、少年の体を締める。
肉体を圧迫し、血流すらも動くことを許さない、圧倒的な暴力。
そんなイメージを、ココアはした。
そして、
「捕らえろ、<クロスファング>!」
空中に、魔力を無数に分散させる。
指先に意識を集中させ、魔力と指先を細く硬い糸が繋ぎ止める感覚を確かに感じとり、言葉と意思が重なるのを確認する。
そして、
「──ふっ……!」
糸が青白く光を帯び、空気を斬る音が小さく響く。
少年の体を糸が締め上げ、ぎち、と嫌な音が鳴る。
「あはは、強いね。可愛い顔して容赦がない子だなぁ」
「人を見た目で判断してはいけませんよ。貴方も、かなり余裕そうですが」
糸の圧力は尋常でなく、常人なら確実に痛みに喘ぐほどのものだ。
それもそのはず、ココアは確実に殺すためのイメージをした。
魔物の時のような『倒す』ことに重きを置いたのではない。
明確な殺意の元に、ココアは魔法を行使した。
にも関わらず、
「──そうも余裕そうにされては困りますね」
「君は本当に強いと思うけどねぇ。そんなに強いのに、快楽殺人をしないのもすごいところだよ」
「この世界はそんな方ばかりだと? だとすれば、本当に困りました」
これ以上の圧迫に意味はない。
時間と力の無駄だと判断し、ココアはそのまま少年の体を地面へと叩きつける。
それで再起不能になるか意識を飛ばすかしてくれたのなら、ココアも安心できたのだが、
「──いやあ、可愛い上に強いだなんて、理想的な女の子だねぇ。ねえ君、俺と付き合ってくれない?」
「──残念ですが、わたしの好みと外れています。諦めてください」
煙の向こうで飄々とそう宣うのを見て、全くダメージが入っていないのだと、ココアは苛立ちながら舌を鳴らす。
そして、瞬時に新たな魔法の想像に脳のリソースを割いた。
電流で作られた鎖、それが肉を割くイメージを鮮明に行う。
「──顕現せよ、<雷鎖>!」
詠唱と共に手のひらから鎖が現れ、思いっきりそれを振り回す。
少年はそれを見た瞬間に僅かに眉を顰め、それを高く飛んで避ける。
そしてそれを、ココアは見逃したりしなかった。
「可愛くないことするねぇ! でも、だからこそ仲良しになれる気がするよ!」
「先程まで避けもしなかったのに急に避けるなんて怪しいですね! 貴方にとって『これ』は当たってはならないものと見えます!」
彼の体の硬さにはココアも顔を顰めたが、無敵というわけでもないのだろう。
もし無敵なら、この鎖を避けた意味がわからない。
鎖を上空へと振り、追撃を行う。
少年のにこやかな笑顔に少し苛立ちが混ざるのを見て、ココアは的確に鎖を振る。
が、
「────!」
少年の足が木の幹を力強く蹴る。
衝撃で木がわずかにたわみ、軋む音を立てながら、重力に引かれるように倒れ始める。枝葉が空気を切るざわめきとともに落ち、地面に微かな振動が伝わる。
ココアは咄嗟に身を引き、倒れゆく木の圧迫感と音に緊張を強いられる。
「自然は大切にしてください!」
「可愛いこと言うね! 俺にとって自然なんてゴミ同然だよ!」
「ゴミはあなたです!」
たん、と軽い衝撃音を響かせて地面を蹴り、ココアは倒れかけた木のそばまで一気に踏み込む。
足裏に伝わる土の硬さと、倒木の影が間近に迫る圧迫感を感じながら、迷いなく体をひねる。振り抜くようにして木の幹へ蹴りを叩き込むと、鈍い衝撃が脚に戻り、木は勢いを殺されて元の方向へと押し返される。
反動で揺れた枝葉のざわめきを背に受けつつ、ココアはすぐに体勢を戻し、視線と意識を再び少年へと向けた。
「あなた、なんて呼び方やめてね。俺には立派な名前があるからさ」
ココアの白く細い足首が強い力で掴まれる。
冷たく、しかし確かな圧力が皮膚と筋肉に直に伝わり、瞬間的に全身のバランスが崩れた。
反射的に、ココアは黄色い瞳を大きく見開く。
瞳孔がわずかに開き、恐怖と驚きが混ざった感覚が体内を駆け抜ける。脚に伝わる異常な力の方向に神経が鋭く反応し、無意識に体を引こうとするが、握力の前に微かな抵抗さえも押さえ込まれる。
「──俺、アランって言うんだ。よろしくね」
アランが言い終わると、握られた足首に異常な力が瞬間的に加わる。
皮膚の下で筋肉が強く引き伸ばされ、腱が軋む音が内耳に響くように感じられる。関節の角度がわずかにねじれるだけで、骨に瞬間的な圧迫が走り、神経が鋭い痛みを脳に送る。
「──ぁ?」
驚きと痛みに、ココアの体全体が反射的に硬直する。呼吸は途切れ、心臓の鼓動が耳元で轟くように感じられる。
黄色い瞳は恐怖で見開かれ、視界の端まで鮮明に歪む。
次の瞬間、足の骨が鋭く裂けるような感覚と共に「ポキッ」と小さく、しかし確実な音が鳴る。
血管を通る血流が圧迫され、脚全体が熱を帯びる痛みに支配される。踏ん張ろうとした筋肉も無力化され、全身のバランスが崩れ、膝から下が制御不能に落ちる感覚が襲う。
「──ぎ、ぐあああぁあっ……!」
痛みが脳に直結する。全神経が火花を散らすように疼き、戦闘中の冷静な意識を容赦なく塗り潰す。
足先から伝わる圧迫感と骨の軋みが、まるで身体全体に波紋のように広がり、心まで凍りつく。
「──ぐ、ぅ、っ」
時間の感覚が途切れ、体が地面に落ちるのを感じながらも、思考が完全には追いつかない。
まるで自分が外から自分の身体を見ているかのような、浮遊する感覚に囚われる。
そして、あまりの痛みにココアの意識は、暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます