ファンタジー世界に迷い込んだ俺、神様にもらったチート職業が【近代兵器・戦略資源召喚師】でした

@valensyh

第1話 ~ 未知への転送


 プロゲーマー、青木零あおき れい。二十歳。


 彼がその半生を捧げたVRゲーム『Modern War Day』モダン・ウォー・デイ――通称MWDは、現実の兵器を忠実に再現した大規模戦略ストラテジーシミュレーションゲームだ。


 その日、れいは公式世界大会の決勝戦に臨んでいた。


 極限の集中力と、長年培ってきた戦術。その全てを駆使し、彼は劇的な勝利を収める。


 歓喜に沸く観衆の声がヘッドセット越しに響く中、彼の視界の片隅に、ありえないものがうつり込んだ。


『座標不明のポータルを検出』


 それはバグか、それとも運営のサプライズイベントか。


 勝利の高揚感に任せて、零は半ば無意識にその奇妙な光の渦に手を伸ばした。


 それが、彼の日常の終わり。


 そして――前代未聞ぜんだいみもんの兵器と共に、剣と魔法の世界で新たな伝説を刻む始まりになるとも知らずに。


••• 👆🏻上は簡潔、下は完全👇🏻


「――Checkmateチェックメイトだ」


 仮想空間に、青木零あおき れいの静かな声が響いた。


 彼の目の前には、広大な戦場のホログラムが広がっている。燃え盛る市街地、黒煙を上げる戦車タンクの残骸、そして空を切り裂いて飛ぶ戦闘機の航跡。


 ここは、世界的な人気を誇るVR戦略ストラテジーゲーム『Modern War Day』モダン・ウォー・デイ――通称MWDの、年に一度の世界大会決勝戦の舞台だ。


 零は《Ray《レイ》》というプレイヤーネームで知られる、このゲームのトップランカーの一人。彼の戦術は常に大胆かつ緻密で、観る者を魅了する。


 対戦相手は、去年の覇者チャンピオンである北米の強豪プレイヤー、《Viper《ヴァイパー》》。彼の得意とする物量で押し潰すような波状攻撃は、今まさに零の巧みな防衛線によって完全に崩壊ほうかいさせられていた。


『――勝者、Ray! 二年ぶりに王者が交代だ!』


 アナウンサーの絶叫が、勝利のファンファーレと共に鳴り響く。バーチャルな観客席から、割れんばかりの喝采が送られた。


「……やった」


 零は大きく息を吐き、身体から力が抜けていくのを感じた。ヘッドセットの向こう側で、チームメイトたちが喜ぶ声が聞こえる。何ヶ月もこの日のために努力してきた。その全てが、今、報われた。


 勝利の余韻に浸りながら、彼はシステムコマンドを口にしようとした。


「ログア――」


 その瞬間だった。


 彼の視界の右下に、今まで見たこともないシステムアラートが点滅した。


【警告:不安定な空間座標を検出。未知のポータルに接続します】


「……は?」


 ポータル? なんだそれ。新手あらてのサプライズイベントか? だとしても、公式大会の、それも決勝直後にこんな演出は聞いたことがない。


 バグだろうか。いや、世界最高峰のセキュリティを誇るMWDで、こんな致命的なバグが表示されるとは考えにくい。


 困惑する零の目の前に、突如とつじょとして空間が歪み、青白い光の渦が生まれ始めた。それはまるで、SF映画に出てくるワームホールのように、不気味に輝いている。


『おい、Ray! どうしたんだ? ログアウトしないのか?』


 チームメイトの焦った声が聞こえるが、零は目の前の異常現象から目が離せなかった。


 光の渦は、まるで彼をいざなうかのように、ゆっくりと渦巻き続けている。


 好奇心、だったのかもしれない。あるいは、勝利の後の奇妙な高揚感がそうさせたのか。


 零は、まるで何かにかれたように、そっと右手を伸ばした。


 指先が、青白い光に触れる。


 その瞬間――。


「うわっ!?」


 彼の身体は、あらがえない力でポータルの中に引きずり込まれた。


 視界がホワイトアウトし、脳内に直接、膨大な情報が滝のように流れ込んでくる感覚。悲鳴を上げるもなかった。


 意識が、そこで途切れた。


◇◆◇


「……ん……」


 最初に感じたのは、湿った土の匂いと、生暖かい風だった。


 ゆっくりとまぶたを開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともないような鬱蒼うっそうとした森の景色だった。木々の隙間から差し込む陽光が、キラキラと葉を照らしている。


 小鳥のさえずり。風が木々を揺らす音。


 あまりにも、リアルな感覚。


「……どこだ、ここ?」


 零はゆっくりと身体を起こした。不思議と痛みはない。着ているのは、MWDで愛用していた最新鋭のコンバットスーツを模したアバター装備だ。手には、サイドアームとして設定していた拳銃ハンドガンの、ずっしりとした重みを感じる。


「ログアウト、コマンド」


 彼は呟いたが、何も起こらない。いつもなら目の前に表示されるはずのシステムウィンドウは、どこにも現れなかった。


「……まさか」


 嫌な予感が背筋を走る。


 彼は自分の頬を強くつねった。


「――痛っ!」


 鋭い痛みが、彼の意識を強制的に覚醒させた。


 夢じゃない。これは、現実リアルだ。


 ゲームの仮想空間ではなく、現実の、どこかの森の中にいる。


 一体何が起こったんだ? あのポータルは、本当に異空間に繋がっていたとでも言うのか?


 混乱する頭で、彼は必死に状況を整理しようとした。


 その時、彼の視界に、半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がった。


【システム:『Modern War Day』の接続を維持。ワールド座標を再設定しました】

【ようこそ、異世界『エトリア』へ】


「……異世界いせかい?」


 SFやファンタジー小説でしか見たことのない単語に、零は思わず声を漏らした。


 信じられない。だが、目の前に表示されているウィンドウは、紛れもなくMWDのインターフェースそのものだった。どうやら、ゲームシステムだけが、何故か自分にいてきているらしい。


 彼は試しに、意識を集中してメニューを開いてみた。


 すると、視界の左側に、見慣れたアイコンが並んで表示された。


【ユニット召喚】

【マップ】

【インベントリ】

【ステータス】


「……使えるのか?」


 震える指で、【ユニット召喚】のアイコンに触れる。


 ウィンドウが切り替わり、そこには彼がゲーム内でアンロックしてきた、ありとあらゆる兵器へいきのリストがカテゴリー別に並んでいた。


【歩兵ユニット】

【装甲車両】

【航空ユニット】

【海上ユニット】

【支援ユニット】


 スクロールすると、リストはどこまでも続いていく。M1エイブラムス戦車、F-22ラプター戦闘機、さらにはイージス駆逐艦や原子力空母ニュークリア・キャリアまで。MWDに実装されている、古今東西ここんとうざいのあらゆる兵器がそこにはあった。


「……冗談だろ」


 これは、ただのゲームシステムじゃない。


 もし、このリストにある兵器を、この『現実』リアルの世界に呼び出せるとしたら?


 それは、もはやチートという言葉すら生ぬるい、神にも等しい力だった。


 ゴクリと、喉が鳴る。


 あまりにも非現実的な状況に、彼の思考はまだ追いついていない。だが、一つだけ確かなことがある。


 この世界で生き抜くために、この力は絶対的ぜったいてき切り札エースになる。


◇◆◇


 まずやるべきことは、現状の把握だ。


 零は【ユニット召喚】メニューから、【支援ユニット】のカテゴリーを選択し、その中から一番コストの低い『MQ-9 Reaper』リーパー――無人偵察機を選択した。


【MQ-9 リーパーを召喚しますか? コスト:150】


 コスト、という概念はまだ生きているらしい。幸い、彼の現在保有コストは、世界大会で勝利したボーナスも加算され、天文学的な数値になっていた。


「召喚、実行」


 彼がそう命じると、目の前の空間に青い光の粒子が集まり始め、みるみるうちにワイヤーフレームの立体モデルを構築していく。それはゲーム内での召喚エフェクトと全く同じだった。


 だが、違う点が一つ。


 ワイヤーフレームが実体を持つと、そこには本物の金属の質感と、オイルの匂いを放つ、全長11メートルの無人機が鎮座していたのだ。


「……本当に、出てきやがった」


 零は呆然と呟きながら、リーパーの機体にそっと触れた。ひんやりとした金属の感触が、指先から伝わってくる。


 これは、本物だ。


 彼はすぐさま、偵察機に搭載されたカメラからの映像を、自身の視界にリンクさせた。


 プロペラが回転を始め、リーパーは静かに離陸し、森の上空へと舞い上がっていく。


 視界が一気に開けた。


 眼下に広がるのは、どこまでも続く広大な樹海。そして、その先には――。


「……街?」


 森を抜けた先に、石壁に囲まれた中世ヨーロッパ風の街並みが見えた。赤茶色の屋根が並び、中央には尖塔を持つ大きな建物がある。城だろうか。


 街と森の間には、一本の街道が伸びていた。


「よし、あそこを目指そう」


 情報を得るには、人と接触するのが一番だ。


 彼はリーパーを上空で旋回待機させると、今度は【装甲車両】のリストを開いた。


 森の中を歩いていくのは危険すぎる。それに、このコンバットスーツは目立ちすぎるだろう。移動手段と、ある程度の自衛手段が必要だ。


 彼が選んだのは、アメリカ軍で広く使われている高機動多用途装輪車両――『Humvee』ハンヴィーだった。


 再び召喚エフェクトが走り、彼の目の前に、迷彩色が施された無骨な四輪駆動車が出現する。


「これなら、悪路でも問題ないな」


 彼はハンヴィーの運転席に乗り込み、エンジンを始動させた。パワフルなディーゼルエンジンの音が、静かな森に響き渡る。


 ギアをドライブに入れ、ゆっくりとアクセルを踏む。ハンヴィーは、太いタイヤで下草や木の根をものともせずに、力強く前進を始めた。


◇◆◇


 街道に出るまで、そう時間はかからなかった。


 土が踏み固められただけの簡素な道だ。わだちの跡があることから、馬車のようなものが頻繁に行き来しているのだろう。


 零はハンヴィーを街道脇の茂みに隠すと、インベントリからレーションを取り出して、遅い昼食をとることにした。


 味気ないビスケットを齧りながら、彼はこれからのことを考える。


 元の世界に帰る方法は、今のところ全く分からない。


 だとすれば、当面はこの世界で生きていくしかない。幸い、食料や水、基本的なサバイバルキットはインベントリに大量にストックがある。MWDは兵站ロジスティクスも重要なゲームなのだ。


 問題は、この世界の人間が、自分や自分の召喚する兵器をどう受け止めるかだ。


 友好的とは限らない。むしろ、得体の知れない異物として、警戒されたり、敵意を向けられたりする可能性の方が高いだろう。


 慎重に行動しなければならない。


 そんなことを考えていると、不意に、街道の向こうから何かが近づいてくる音が聞こえた。


 馬の蹄の音と、車輪が軋む音。そして、複数の人間の話し声。


 零は素早くレーションをしまい、茂みの中からそっと様子を窺った。


 現れたのは、一頭の馬が引く、荷馬車だった。


 御者台には人の良さそうな中年の男が座っており、荷台には麻袋のようなものが山積みにされている。行商人だろうか。


 だが、彼の目に留まったのは、その荷馬車の後ろを、トボトボと歩いている一人の少女だった。


 歳は、おそらく十六、七歳くらい。亜麻色の髪を無造作に束ね、着古した簡素な服を着ている。その手足には、痛々しい枷がはめられていた。


 そして、その首には革の首輪がつけられ、荷馬車から伸びる一本の鎖に繋がれている。


「……奴隷どれい、か」


 零の眉が、わずかにひそめられた。


 MWDの世界観は現代戦がベースだ。当然、奴隷制度なんてものは存在しない。


 だが、ここは違う。ここは、剣と魔法が実在し、そして、人身売買がまかり通る世界。


 その事実が、重く彼の胸にのしかかった。


 行商人の男が、時折後ろを振り返り、少女に何か汚い言葉を浴びせているのが聞こえる。少女は何も答えず、ただ俯いて歩くだけだ。その瞳には、何の光も宿っていなかった。


 見て見ぬふりをするべきか。


 それが、おそらく最も賢明な選択だ。下手に介入すれば、面倒なことになるのは目に見えている。


 だが――。


 零の脳裏に、かつて亡くなった妹の姿が重なった。病弱だった妹。いつも、自分が守ってあげなければと、そう思っていた。


 少女の、あの諦めきった瞳が、どうしても妹と重なって見えてしまう。


「……馬鹿なこと、してるって分かってる」


 零は小さく呟くと、茂みから立ち上がった。


 そして、ゆっくりと街道の中央へと歩み出る。


「おっと、止まってくれ」


 突然現れた零の姿に、御者の男は驚いて手綱を引いた。馬が短くいななく。


 男は警戒心も露わに、零を睨みつけた。


「なんだ、てめえは。道を開けな」


 その言葉遣いから、あまり良い人間ではないことが窺える。零が着ている未来的なコンバットスーツを、男は怪訝な目で見ている。


「あんた、商人か? 少し、話がしたい」


「話ぃ? 物取りなら、相手が悪かったな。俺は腕に覚えがあんだぜ」


 男はそう言って、腰に下げた錆びた剣の柄に手をかけた。


 零は肩をすくめると、両手を軽く上げて、敵意がないことを示す。


「いやいや、暴力は好まない。商談がしたいだけだ」


 彼はそう言うと、真っ直ぐに男の目を見て、続けた。


「――その後ろ・・の女の子、俺に売ってくれないか?」

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