第7話  突然の来訪者

マイケルは本人が言った通りセキリュティ会社に努めている。

だが今は現役を引退していて若い人たちに教える教官のようなものらしい。

朝に出かけて夕方に帰る。帰って来る時間帯もほぼ決まっている。

帰ってきて夕食、風呂。少しTVでニュースをチェックして就寝というのが彼の生活パターンだ。

土日は休みで気が向けばホープと出かける。出かけない日は家で過ごす。映画を見るか、読書をするかだ。

そういう正確なサイクルでマイケルは生活をしている。

家に誰かが遊びに来たことはホープがここに来てからない。それが少し気になって

「俺がいるから?」

と尋ねたら

「元々だ」とマイケルは言った。


そんなマイケルの家のインターホンが鳴ったのはホープがマイケルと住み始めて半年経った頃だった。


「誰かと約束が?」

「ない。けど俺の家に来る奴はアイツしかいない。以前話したろ?腕の良い後輩だよ」

「今チャールズの護衛をしているって言ってた人?」

「そう。早く出ないとうるせぇぞ、俺は着替えてくるから、頼む」

今はまだ午前中。休みだけあってマイケルはまだ部屋着のままだった。


ホープはマイケルの代わりに玄関の扉を開いた。


「おそい!レディを待たせるなんて無作法ねマイク!ってあれ?貴方誰よ」

「えっと。俺は、あの同居人で」

「玄関先で大声を出すのは止めろよ。エミ。ホープ、こいつはエミリア。エミリア、こいつはホープだ。説明は後で、とにかく入れよ。お前がそろそろ来る頃だろうと思ってた」

マイケルが後ろからやってきて手早く二人を紹介するとエミリアはちらりとホープを見てから部屋に入った。

ホープもマイケルとエミリアを追って部屋に入る。

「ちょっとマイク。同居人ができたなんて聞いてないんだけど」

「だってお前ずっと出張中だっただろう?会ったら言うつもりだったんだよ」

「そうよ!すっごく大変だったんだから!だから一緒に来てほしいって言ったのに!」

「俺はもう現場に出ないって言っただろ?エミ、コーヒー?紅茶?どっちがいい?」

「コーヒーちょうだい」

エミリアの言葉に軽く頷き、コーヒーメーカーに向かうマイケルに「俺がするから」とホープは言って引き止める。

「そうか?」

「うん、貴方はいつものでいい?」

「頼む」

マイケルのコーヒーはいつも同じ。薄め、ミルクなし、砂糖ありだ。

コーヒーメーカーを準備するホープを見やってエミリアは「で?誰なの?あの子は」とマイケルに詰め寄った。

「親戚?って感じじゃないし、どっかで拾ったの?」

「拾ってねぇよ、犬猫じゃあるまいし。ホープはチャールズから送られてきたアンドロイドだよ」

「アンドロイドぉ!?」

「よろしく、ミズ・エミリア」

「よく出来てるわね、人にしか見えないわ。ヒューマノイドってやつかしら?」

「えぇ。そうです」

「色々あって、今はここで俺と暮らしてるんだよ」

「チャールズがどうして貴方にこんな高価な贈り物をするのよ。貴方の生活能力の心配でもしたの?それとも気まぐれ?」

「気まぐれだろ、あいつは変わりもんだしな」

「それは否定しない」

エミリアはきっぱり言ってホープに目を向けるとにっこりと笑った。笑ったけれどホープを警戒しているのか視線が鋭い。

マイケルが言った通り美人だ。そして気が強いのも本当だろう。

「しかしすごいわね、この子。私も時々ヒューマノイドとは会うけど彼はパーフェクトね。人にしか見えない」

エミリアにコーヒーの入ったカップを手渡すと、マイケルのコーヒーは彼の前のテーブルにトンと置いてホープはマイケルの隣に座った。

エミリアが興味深そうにホープを見ている。

「で、今日はどうした?」

「あら、やだ。お土産があったんだった。ロスに行ってたから。ほら有名なカップケーキの店があってね。だから買ってきた」

「おお!すげぇな」

エミリアの差し出した箱をマイケルは嬉しそうに覗き込んだ。

「マイケル。エミリアはマイケルの友達?」

ホープは二人の仲の良さがどうしても普通の同僚とは思えずにそう尋ねた。

「それとも。恋人?」

言った途端にエミリアがぶっと吹き出す。

「やだ、何?それヤキモチ?すごい高性能ねぇ」

「いや、ヤキモチとかじゃねえだろ・・・。ホープは知りたがりなのさ」

マイケルがそう言った。

「知りたがり?アンドロイドなのに珍しい。まぁいいわ。恋人じゃないわよ。友達は友達だけど。私は彼の妹よ」

「義理の。だ」

ホープの中で情報が駆け巡る。義理の妹という関連性が示すのは弟の伴侶。もしくは自身の伴侶の妹、である。

「彼に言ってないの?ローズのこと」

エミリアの言葉にマイケルは目を伏せた。

「言っていない」

その口調は切り捨てるようにきっぱりと響いた。エミリアは「そう」と言ったまま黙って、けれどマイケルが口を開かないのを察するとホープに言葉を向けた。

「マイクは私の姉の夫なのよ。姉は随分前に亡くなったの。だから私は正しく彼の義妹ってわけ。私もマイクと同じ会社にいる。元部下でもあるのよ」

「そう」

ホープの”知りたい”欲求は萎んでいた。

マイケルは今までそんな話をしなかった。ホープにする必要がなかったからだろう。

妻を亡くす。それは彼にとって辛い記憶だ。その辛さをマイケルはホープと共有しなかった。

まだたった数ヶ月しか経っていない。だからかもしれない。

だがそうではなくホープがそれを理解しないとマイケルが思っているのならそれはとても”寂しい”と思う。

チクリ、と胸に何かが刺さったような気がした。思わずその部分を手で押さえるものの、それは僅かな感覚ですぐになくなった。

「ねぇこれ新作なんだって。マイク、貴方ギトギトに甘いやつが好きでしょ?」

彼女は朗らかにマイケルに話しかけている。

「どうせ甘いもん食うなら徹底的に甘い方がいいってだけだ」とマイケルも常と変わらぬ声で答えている。


ローズってどんなひと?


そう尋ねたい。


どうして部屋に一枚も彼女の写真を置かないの?


それが気になる。


でもきっと尋ねてはいけないのだ。


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