みんな善いことだと思ってた

第33話：資料No.032（警察庁・広域災害時の行方不明者統計データ）2028年末

【資料No.032】

資料種別：警察庁作成・内部統計資料（抜粋）

記録年：2028年

(以下は、2028年の年末に、警察庁が政府対策本部に提出したとみられる、南海トラフ巨大地震における行方不明者の統計データに関する内部資料の抜粋である。

この資料は、編纂者が旧内閣府のデータベースサーバーに残されていた、破損したアーカイブファイルの中から復元したものである。膨大な数の死者と行方不明者を、ただの数字として淡々と処理していく、国家という巨大なシステムの非人間的な側面。そして、その数字の「注釈」の中に、鈴木二曹が最後に予言した悪夢が、静かに現実のものとなりつつあったことを示す、恐るべき痕跡が記されている)

文書管理番号： NPA-28-STAT-1225

作成年月日： 2028年12月25日

作成部署： 警察庁警備局 災害対策室

件名： 広域大規模災害（南海トラフ巨大地震）における行方不明者の状況に関する中間報告

1. 目的

本報告書は、2028年5月1日に発生した南海トラフ巨大地震における、同年12月20日時点での行方不明者の状況を統計的に分析し、今後の捜索活動および復興計画策定の基礎資料とすることを目的とする。

2. 総括

地震・津波に起因する死者・行方不明者総数（推定）： 3,152,800 名

うち、死者確認数： 2,215,600 名

うち、行方不明者数： 937,200 名

行方不明者の捜索活動は、自衛隊、消防、および警察の広域緊急援助隊を中心に継続中であるが、津波による地形の甚大な変化、および瓦礫の堆積により、活動は極めて難航している。今後、行方不明者数が大幅に減少する見込みは低い。

3. 特異事象に関する統計分析

上記の直接的な災害による行方不明者に加え、本災害においては、いくつかの特異な条件下での行方不明者が、統計上有意な数で報告されている。以下に、その内訳を記す。

(a) 避難所における行方不明者

報告総数： 18,560 名

発生地域： 静岡県、愛知県、三重県、和歌山県、徳島県、高知県、愛媛県、宮崎県、大分県、鹿児島県の、沿岸部に設置された大規模指定避難所。

概要：

一度は避難所にて生存が確認され、名簿にも記載がありながら、その後、所持品等を残したまま、忽然と姿を消したとされる事例。

各避難所の管理担当者（自治体職員、NPO職員等）への聞き取りによれば、その多くが、失踪直前に、いわゆる「踊り病」（※合同専門家会議の見解に基づき、本報告書では「災害後ストレス性運動障害」と呼称）の症状を呈していたとの非公式な証言が多数得られている。

しかし、避難所内の混乱、および管理体制の不備から、これらの証言と行方不明者との直接的な因果関係を、客観的に証明することは困難である。

(b) 臨時埋葬地周辺における行方不明者

報告総数： 7,890 名

発生地域： 「臨時埋葬許可法」に基づき、臨時埋葬地が設置された、各県の山間部および丘陵地帯。

概要：

臨時埋葬地にご家族を埋葬した後、精神的なショックから、周辺の山林等に立ち入り、そのまま消息を絶ったとされる事例。

また、一部には、埋葬作業に従事していた自治体職員や、ボランティア作業員が含まれているケースも報告されている。

これらの事例の多くは、ご遺族による捜索願に基づいているが、広大な山林での捜索は困難を極め、ほとんどが未発見のままである。

(c) 野生動物（主に熊）の襲撃に起因する行方不明者

報告総数： 2,150 名

発生地域： 東北地方、および北関東の山間部。特に、2025年以降、熊の出没が問題視されていた地域と重複する。

概要：

熊の襲撃を受け、遺体の一部しか発見されなかった、あるいは、全く発見されなかった事例。

合同専門家会議の見解に基づき、これらの事象は、南海トラフ巨大地震の間接的な影響による、生態系の混乱に起因するものとして処理されている。

4. 結論および注釈

合計：28,600 名

上記の通り、地震・津波の直接的な被害とは別に、合計で28,600名もの、原因不明の行方不明者が、特に避難所および臨時埋葬地周辺において、集中的に発生していることが、統計データ上、明らかとなった。

これらの行方不明事案は、個別のケースにおいては、それぞれ「災害ストレスによる突発的な失踪」「精神的ショックによる徘徊の末の遭難」「野生動物による捕食」といった、もっともらしい理由付けが可能である。

しかし、その発生件数と地理的な集中は、統計的な観点から見て、明らかに異常な水準にあると言わざるを得ない。

注釈：

本報告書で計上された、約2万8千名にのぼる原因不明の行方不明者については、未曾有の大災害下における、社会全体の極度の混乱、および行政機能の麻痺に伴う、統計上の誤差や、記録の重複、あるいは、本人の意思による届け出なき移動などが、その主な原因であると推測される。

(編纂者による注記：第二章の最後の記録は、この一枚の、あまりにも冷徹で、無機質な統計データである。

数万人という人間の「消失」が、そこには記されている。しかし、そのおびただしい数の死と失踪は、「災害の混乱によるものと推測される」という、たった一行の注釈によって、その全ての異常性を剥奪され、ただの無意味な数字へと還元されてしまった。

鈴木二曹が最後に予言した、「腹を空かせた何か」が「町へ向かう」という、あの悪夢。

その最初の饗宴の痕跡は、確かに、この国の公式な記録の中に、統計データという、誰にも気づかれることのない、完璧な隠れ蓑を得て、静かに刻まれていたのである)