第3話 怪しい人物
まただ。また何か見える。だが、前見たものとは映像が違う。部屋の輪郭ははっきりしているのだが、相変わらず人らしきものは黒いモヤで覆われている。黒いモヤはかなり大きいことから、二人の人間がいることが確認できる。一つは固まったように動かず、もう一つは、その黒いモヤに触れているように見える。動いている方が、固まっているほうを触るたびに私の全身に悍ましい程の冷たさが響き渡る。しかし、その冷たさは私の血流を沸き躍らせ、えもいえぬ快感をもたらす。自慰行為などとは非にならないほどの快感だ。
ーーーだが、ここから先はこれ以上の快楽が訪れるだろう。そうこれを超える快楽が。
再び意識が沈んでいく。毎度毎度煩わしい。この現象に対して腹が立つ。沈みゆく意識の中、最後に瞼に映ったモヤは、不思議と笑っているように見えた。
ーーーーーーーーー
「だいぶ騒がしくなってきたな。」
田淵家を出て、村長の家に向かいはじめた私の口からふとその言葉が漏れた。騒がしくなった。と言うと、少し誤解を招く可能性があるため、訂正しておく。
正確に言うなら、村が元の形に戻ってきたと言うべきか。
村の子供達が辺りを走り回る声、老人達やご婦人達が話し合う声が雑居している。更に、私が乾いた土を踏むたびに、ザラザラとした音が耳に入ってくる。
しかし、特段気にすることでもない。むしろBGMとしてちょうど良いくらいだ。しかも、今は気分が良い。この道中を楽しもうではないか。
道を歩く足取りが軽やかになるのを感じる。あたりの雑居さは、進んでもそれほど変わりない。かといって、激しくなることもない。ただ刻々と変化することのない景色が流れていく。
それにしても、雨の時とは打って変わって、晴れの時は普通の過疎化している農村とあまり変わりはないな。・・・・・・つまらないものだ。
楽しもうと思ったのは良いものの、私はどうやら飽き性なのかもしれない。自分が面白みのないと判断したものに楽しさを見いだせない。やはり、謎や怪奇こそが私の最大のエンターテインメントだ。それに代わるものはないのだろう。
そんなことを考えていると、私はある違和感に気づいた。さっきから村人の数人がきょろきょろとこちらを見ているのだ。少なくともこの村の人間の恰好ではないので、余所者が来たという事への好奇心からというのが一番の正解と言えるだろう。
この私を前にしてはそうなっても仕方のないことだ。私は、寛大な男だからそれぐらいは許す。むしろ、その好奇心満たしてあげようではないか。
私は、こちらを見ていたであろう村人のうちの数人の方へ淡々と近づいてき、声をかけた。
「こんにちは。東京の方から来た、探偵の豊川初です。」
「あ、あぁ。こんにちは。」
数人のうちの一人の若い男性が、しどろもどろに返す。話しかけにくるとは、思っていなかったのだろう。他の若人達もよそよそしい反応だ。
「先ほどから皆さんが私の方を見ている気がしたのですが、気の所為でしょうか?気の所為なら良いのですが。」
いきなり攻めた内容を言ってみたが、若人達は申し訳なさそうにしつつも、思いのほかしっかりとした態度で答えた。
「いや、すまない。俺達で話していたら、アンタの顔が一瞬目に入って気になっちまって。」
思いのほかあっさりと話してくれたことに驚いた。田淵氏は、この村の者は余所者に優しくないと聞いていたが、若い世代だとその観念は薄いのかもしれない。それはそれとして、彼の言葉に少し引っ掛かりを感じる。
「気になるとは?」
やはり私の並々ならぬ気が、顔に出ているのか。
「アンタの顔をつい数日前にも見たような気がしてな。それでついつい見ちまった。」
「ハハ、そうですか。恐らく人違いでしょう。もしくは、私これでも東京の方では、そこそこ有名な探偵ですので、SNSかテレビなどで見てのではないでしょうか。」
「うーん、そうだったかな。そんな長く見てたわけじゃないから、はっきりしないな。」
「最近は他所の人も多いからな。誰が誰だかわかんねえ。」
喋っている男とは違う村人が、そう答える。
「他所の人が多いとは?」
私はその言葉が気になった。田淵氏の余所者への嫌悪感的に、村生まれの人間しか居ないと思っていたので、多いことには驚きだ。
「言葉の通りだよ。以前はそこまでだったんだが、ここ数週間で他所からここに移住する人が数人一気に来たんだよ。そのせいで誰が誰だか。」
「そんなに珍しいものなのですか?」
「こんな辺鄙な村に移住する物好きなんざぁそうそういねぇよ。来た奴らも、何借金を負って逃げてきただ、この村の習慣や伝承に興味があるどっかの大学の教授さんだとか、変わり者ばっかだ。」
「私もそのうちの一人というわけか。」
「そういうこった。」
それにしても、ある一定の時期に移住者が集中するとは・・・・何か匂うな。いや、気にし過ぎだろう。私の悪い癖だ。珍しいことがあると何かとの関連性を探ってしまうのは。
「って、おいおい。そろそろ仕事に戻ろうぜ。もうすぐ休憩が終わっちまう。」
他の村人が今思い出し方のようにそう言った。仕事の休憩中だったとは。少し悪いことをしてしまったな。
「もうそんな時間か。よし、お前ら戻るぞ。おっさん、またな。」
私に話をしてくれた村人が他を引き連れて、ぞろぞろとどこかに行ってしまった。
「・・・・おっさんは余計だ。」
居なくなった後に、私はぼそりと吐き捨てた。確かに私はもうすぐ40になるが、おっさんと言われるのは少々腹が立つものだ。豊川さんと呼ぶのが筋というものだろう。礼儀のなってない奴らだ。
私は忌々しく地面を踏みつける。乾いた土がじゃりじゃりと音を立てている。それを蹴り上げ、私は本来の目的である村長の家に再び向かい始めた。村長の家はまだ遠いのか、いまだそのような家屋が目につかない。
時間を使い過ぎたな。だが、面白い情報も得られたから五分五分だ。
この期間に集中する人物たち、青年たちが見たという私に似た人物・・・期待し過ぎるのは良くない、当てればよいぐらいの感覚でいた方が落胆は小さいだろう。
そんなことを考えながら、道中の景色に目をやる。多少は近づいてきたのだろう。今まで、面白いほど変わり映えしなかった景色には微弱の変化が出てきている。田んぼや畑より民家が中心になってきており、太陽の光によって、濃い影が出来ている。気温が上がってきたせいか、かなりの暑さになっている。
ダラダラと汗が流れる。早く着かないものかと、歩く速度が上がるのが感じられる。
もうそろそろだとは思うのだが、歩いても歩いても一向に佐藤と書いた表札が見つからない。私は辺りを見回して、自分が見逃していないか念入りにしていたところ。
「……!」
「うおっ!?」
突如、誰かが私の隣を走っていった。ぶつかりそうになって思わず、情けない声がでる。しかし、走り去っていった人物はかなり慌てている様子だった。歩いている私の姿が目に入ってなかったほどだ。…………少し気になるな。
私はまた本来の目的を忘れて、興味の対象へと向かうことにした。
「彼女が来たのは確かこっちだったはずだ。」
独り言をつぶやき、その方向を指さしながら、歩いていく。彼女が来た方はあまり道が長くなかった。数分後には、突き当りに当たってしまった。その周辺に何かめぼしいものはないか、探してみる。しかし、あるのは一つの民家ぐらいで、他は木々などだけである。
「特段おかしいものはないな。あの人の慌て具合的には、そこそこまずいものがあるはずだ。何もないところに対して、ああはならない。つまり、怪しいとすれば。」
私はその場所にポツリと佇む民家を見やる。他の民家に比べて、やや大きい2階建ての木造建築で、多少劣化しているが十分立派な家だ。調べるなら、ここしかないなと思い、私は玄関付近まで近づいてく。玄関扉の右に掛かっている表札を確認する。すると、そこには佐藤と書いてあった。
佐藤。つまり、ここが村長の家というわけか。ちょうどいい目的も果たせて、一石二鳥というやつだ。
私はチャイムのボタンに人差し指を押し当てる。チャイム音が室内に響いているのが聞こえてきた。だが、こちらに向かう様な足音が聞こえてこない。空き家なわけはないし、かといって寝ているということもあまり現実的ではない。現在、寝ているにはあまりに不健康な時間である。老人というのはむしろ睡眠があまり長くできないほうであるからだ。かくいう、私も最近、歳のせいかすぐに目が覚めてしまうようになっている。
もしかしたら、聞こえていないのかと思い、私はもう一度インターフォンに指を当てる。再び気の抜けた音が、家の内側に響く。だが、いくら待っても扉が開かれる気配はない。
「留守なら仕方ない。一度戻って出直そう。」
もと来た道へ踵を返そうとしたその時。
「アンタ、ここで何してるんだ?」
近くを通っている老人に話しかけられた。しかも、知っている顔だ。
「田淵さん、散歩ですか?」
「先にこっちの質問に答えな。お前ここで何してる。」
「いえいえ、村長さんの家にご挨拶をしようとしていたのですが、どうやら留守らしくて。」
「留守だと?そんはずはない、佐藤さんは基本家にいる。しかも、今日はここら辺を歩いているのは見ていない。」
「しかし、田淵さんが知らないだけという可能性も。」
そう言われ、田淵氏は黙り込む。あまり自信がないのかもしれない。
「………確かに、さっきから記憶が覚束ないところがある。儂の勘違いかもしれんが、最近の佐藤さんは外に出歩けるほど、元気がなかった。儂が確認してみよう。」
そう言って、田淵氏は扉をノックして、声を上げる。
「佐藤さん!おるかい?儂だ。田淵だ!」
しかし、反応はない。田淵氏は、眉を顰める。
「おかしいな。佐藤さんがここまで反応しないなんて。」
田淵氏の思い込みの可能性もあるが、本当に居るなら、確かにそんなことはないのかもしれない。田淵氏から聞いた佐藤氏の性格上、余程のことがない限り、人を無視することはないだろう。そういえば、田淵氏の話によると佐藤氏は病気を患っていると言っていたな。
「田淵さん。」
「なんだ!?」
「佐藤さんは確か、病気があるんでしたよね。ここまで反応していないってことは。」
私の言葉の意図に気づいた田淵氏がハッとした顔になる。
「まさか、また倒れたのか!そうなら、急がねぇと!」
田淵氏は焦った様子で、扉に手をかける。冷静さを欠いているな。恐らく鍵が掛かっているというのに。
だが、そんな私の考えとは裏腹に田淵氏の引いた手は滑らかな軌道で左にズレる。
「空いとる!」
「………!!」
「お、おい!何やっとるんだ!」
この状況に違和感を抱いた私は、田淵氏を置いてすぐに中に入り込む。
嫌な予感がする。私の探偵としての感がそう告げていた。家の中は、玄関があり、目の前には二階へ通ずる階段その左右と正面にはそれぞれ部屋がある。
「田淵さん、私は上の方を!田淵さんは、下の部屋をお願いします!」
「あ、ああ!わかった。」
私は階段を駆け上がっていく。段を踏むたびにギシギシと木材の軋む音が聞こえてくる。
上がってすぐ前に部屋があり、私はその扉を勢いよく開ける。
「ここは……違うか!」
その部屋は佐藤氏の書斎と思われる場所であった。質素な木のデスクが部屋の中央にあり、その後ろには、快適そうなクッション性の椅子が。デスクは綺麗に整理整頓されており、特段散らかった様子はない。部屋の隅には、大きめの本棚があり、小説などが置いてある。
「下か!」
関係ないとわかり、私はすぐに下へと駆け降りていく。降りた所から、左の部屋の方に目をやると、田淵氏が青ざめた顔をして、棒立ちしている。
私は彼の方に駆け寄る。
「田淵さん!そっちは!?」
私の問いに、田淵氏はゆっくりと部屋の中を指差す。その指はビクビクと震えており、焦点が定まっていない。
「そこなんですね!」
私は田淵氏の指差す方向を見る。そこには。
「………!?」
予想通り、佐藤氏がそこにいた。しかし、それは我々が想定していたものではなかった。
「佐藤さん………。」
そこには首を吊った佐藤氏の姿があった。
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