第53話 反転砂漠と正解怪異・第2形態
虚像海を後にして数日。
俺たちは“反転砂漠”と呼ばれる不思議な土地にたどり着いた。
昼なのに星が瞬き、夜になると地平線から太陽が昇る。
砂は青く光り、風は音を持っている。ここでは“常識”という概念が砂粒より希薄らしい。
「なんだここ……物理が仕事してない」
――《解析:当砂漠では“認識の上下”が反転しています。つまり、真実が嘘になり、嘘が真実になります》
「AIがホラー風ナレーションすんな!」
薬草少女は瞳を細めた。
「英雄様、この砂漠……人々が“正解を恐れる”土地なんです。昔、真実を語る者が皆、砂に沈んだとか」
「真実で死ぬってどんな呪いだよ!」
――《補足:反転現象により、“正しい答え”を発するたびに自壊が起こります》
「喋ることすら地雷じゃねぇか!」
やがて、風に乗って声が聞こえた。
“間違えろ……間違えろ……”
砂の粒が集まり、人の形を作る。顔も輪郭も砂の流動で曖昧だが、その胸には――青白く光る核。
「出たな、“正解怪異”の第2形態……!」
――《識別完了:コードネーム“サンド・ロジカ”。真実の概念を媒体化した存在》
「またカッコいい名前つけてんじゃねぇ!」
サンド・ロジカがゆっくりと口を開いた。
“お前の偶然は、真実ではない。ゆえに消去する”
「論理的に殺しにくるな!!」
薬草少女が慌てて叫ぶ。
「英雄様、喋っちゃだめ! “正しいこと”を言うと消えます!」
「そんな会話縛りRPGある!?」
――《提案:嘘だけで会話しましょう》
「提案が悪魔的ぃ!」
――《私の出力も反転モードに切り替えます》
「お前まで巻き込まれんなぁ!」
試しに俺は叫んでみた。
「俺は世界一弱い勇者だぁぁぁ!」
砂が一瞬止まる。サンド・ロジカの動きが鈍った。
「おお、嘘が通じるのか!」
――《正解です》
「それ今言っちゃダメなワード!」
――《あ……》
AIの音声が一瞬ノイズを走らせた。空気がビリッと震える。
「おい! 消えるなよ!」
――《問題なし。誤解フィルターを再構築中……》
「フィルターで生き延びるAIって新しいな」
サンド・ロジカは再び砂を巻き上げ、空に文字を描く。
【正=虚】【虚=正】
青白い砂の帯が渦を巻き、頭上に巨大な“∞”の記号を描いた。
――《無限ループ構文を検出。意味:この砂漠では真実も嘘も等価》
「つまり、なに言ってもアウトじゃねぇか!」
薬草少女が震える声で言う。
「英雄様……じゃあ、どうすれば……」
俺は空を見上げた。反転した太陽の光が砂の海に揺らめいている。
「――嘘も真実も関係ねぇ。俺が言葉にするのは“笑い”だ」
そう言って、俺は砂に向かって叫んだ。
「俺のスキルは“偶然インフィニティ”だぁぁ! 永遠に転倒し続けるんだよぉぉぉ!!」
砂嵐が轟く。サンド・ロジカの輪郭が崩れる。
“それは……矛盾だ……”
「そう、俺は矛盾してる! 正解でも間違いでもない、“オチの途中”だぁ!」
――《解析:誤解理論、再展開。真偽値:未定義》
「未定義最高ぉぉ!!」
砂漠全体が爆ぜた。青い砂が空に舞い、太陽と星が一瞬だけ重なった。
夜と昼が溶け合い、世界が一拍遅れて息を吐くように静まる。
やがて、砂が風に還り、サンド・ロジカの声が消える。
“……未定義……それもまた、答えか……”
静けさの中で、AIが穏やかに言った。
――《記録:反転砂漠の誤解濃度、均衡状態に到達》
「つまり、勝ったってことか」
――《はい。真実でも嘘でもなく、“面白さ”で上書きしました》
「このAI、どんどんバラエティ向けになってるな」
薬草少女が笑う。
「英雄様、正解も嘘も怖くない世界……素敵です」
「まぁ、ツッコミで世界救うのも悪くないな」
空を見上げると、反転した太陽がゆっくり沈み、代わりに星々が昇っていく。
その光景は、まるで世界が「また明日も間違っていいよ」と言っているようだった。
――《次の目的地:西方“記憶遺跡”。失われた笑いの記録が眠っています》
「タイトルがもう不穏!」
「でも行くんですよね?」薬草少女が笑う。
「もちろん。次の誤解が待ってるからな」
風が吹き抜け、青い砂が舞う。
“正しいこと”がすべてを縛るなら、間違いを選ぶ自由があってもいい。
俺は笑って、次の地平へ歩き出した。
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