第18話 すれ違い


春ちゃんと秋ちゃん。そしてあたしがライブハウスへ来たとき聴き慣れた演奏が聞こえた。


「……あー、いやすまん。ちょっとマズいことになった」


渋沢店長が髭を撫で、困った顔をしてあたしを見る。


「どうかしたんですか?」

「灯夏ちゃん達、練習ちょっと待ってくれないか」


ステージに指をさす渋沢店長。そこには、あたしのよく知る3人の女の子がいた。


「ほら、あいつらも明日演奏する事になったろ。決まったのも4日前とかだったから、練習時間が無くてな……少しだけ使わせてやってくれ。すまん」


ステージで演奏する、元バンドメンバー『リプラネット』の3人。

大槻柚希、赤坂保奈美、白戸凛子。小学校からの同級生。


『ねえ、灯夏。バンドやろうよ、ガールズバンド!』


そう言って柚希に誘われた時の事は、今でもはっきり覚えている。

中学2年生。ずっと一人で黙々と曲を作り、PCで打ち込み、ネットに公開していたあたしの曲を保奈美が見つけた。


『あの曲、灯夏ちゃん作ったんだよね?』


ライブハウスでバンドの助っ人に入りギターを弾いていた時、たまたま観に来ていた凛子があたしのギターの癖を覚えていたらしい。それが、ネットにアップしていた『タワワP』のギターとにていてカマをかけてきた。


『あんた、タワワPじゃない?こないだアップした曲、微かに声入ってたよ……?』


粘りに粘られ、あたし達はそれから2ヶ月後バンドを結成した。あたしが条件として提示したプロレベルのスキルを習得すること……それを彼女らはクリアして。

バンドを組む気なんてなくて、無理難題を押し付けたにもかかわらず、彼女らはやりとげた。そんな柚希、保奈美、凛子の3人にあたしは心を動かされてしまった。


(……どんどん、上手くなっていくね。すごいスピードで、すごく努力してるのがわかる……)


ステージで演奏する3人。まだあたしの立ち位置が空いている。

視線が合う。あの目は、きっとあたしを呼んでいるんだ。ここに来いと……あの子たちは、そう言っている。


お前の居場所は、そこではないと。


「……上手い……」


春ちゃんがつぶやくようにそういった。


「うん」


あたしは頷く。やがて演奏が終わり、ステージから降りてきた3人。柚希が笑顔でこちらへ来る。


「ごめん!時間おしてるよね、練習の邪魔してほんとに」

「あ、ううん、大丈夫だよ」


「ねえ、どうだった?」


柚希の横にいたベースの凛子が言った。汗で濡れた髪をかき上げ、鋭い目であたしをみる。


「すっごく良い!前よりももっと上手くなっててびっくりしたよ!」

「そうでしょ?なら、戻ってきてよ」

「……え」


空気が冷気を帯びたような気がした。凛子の言葉がひやりと肌を撫でる。

まさかそんな事をいうとは思ってなかった。柚希もそうだったのだろう。驚いた表情で固まっていた。


「うちに戻ってきてよ、灯夏。うちら上手くなったよ?まだ何か足りないの?」

「それは……」

「なんでポッと出のインフルエンサーにあんたを取られないといけないの?こんなんおかしいじゃん」


凛子の声には怒りと悔しさが滲んでいた。


「それは、その……でも、前に話したでしょ?みんなもわかったって言ってくれて」

「そんなの、我慢してたに決まってるでしょ……」


柚希が静かな声で呟くように言った。涙を流して睨むようにあたしをみる。


「嫌だったよ。でも、違うって言われて……どうしていいかわかんなかったし。あたま真っ白だったし、引き留めてうぜえって思われたくなかったもん。あんたが大切だったから」

「……柚希」

「仕方ないって頑張って気持ち押し殺して、堪えてたよ。灯夏の音楽がみつかるならって……でも、こんなのって」


ドラムの保奈美が柚希の肩を擦る。ずっとずっと堪えていたんだろう。堰き止められていたものが溢れだす。

柚希だけじゃない。凛子も保奈美も。気がつけばあたしの頬にも伝うものがあった。


……こんなに皆に我慢させていたんだ、あたし。


「きっともっと頑張れば、いつか……またうちら3人でって、必死に頑張ってきた……のにっ、なんでそんな人と組んだんだよ」


バンドから離れるまでずっと3人の事はみてきた。側で、ずっとずっと。だからわかる。どれだけの努力を注いできたのかは。


……そっか。3人の原動力は、バンドを守りたいって気持ちだったんだ。


音楽が好きというのは勿論ある。けど、それ以上に3人はあたしを含めたバンドで音楽をするということの方が大切だったんだ。

あたしが抜けてから更に努力して、連れ戻そうとしている今の演奏をみて理解した。


あたしがバンドを抜けると言った時、3人は考えたんだ。あたしの言った『何かが足りない』を。

そして今、柚希、凛子、保奈美は、その自分たちなりに考え出した答えを持ってきたんだ。


「まだ、足りない?一緒にやるには、まだ……?もっと、上手くならないと」

「……」


縋るような目で訴えてくる凛子に言葉がでない。なんて答えれば良いのかわからない。

あたしが求めてたのはスキルじゃない。でも、彼女達の強い感情を納得させられる答えをあたしはいま持っていない。


言葉ではどうにもできない。一緒にやりたいという3人の想いは強く、逆にあたしの心を揺らす。


『VTuberでバンドとか、意味わかんねえよな』


このライブの話を持ってきた時、他のバンドの人達がそう言っているのを聞いた。普通に音楽だけで勝負しろとか、オタク気持ち悪いとか。その中でも元バンドメンバーが可哀想だという言葉が一番効いた。


でも、3人なら応援してくれてるって勝手に思ってて。皆なら、分かってくれているんだって……


「……灯夏にとって、うちらはどうでも良かったの」

「ち、違……」

「なら戻ってきてよ!」

「……」


ずっと側にいたから、そう決めつけてしまっていた。

近すぎて見えてなかったんだ。

皆は4人でやるバンドが大切だったことに。


「ねえ!なんで何も言ってくれないの!」

「……」


多分、伝わらない。


感情的になってる3人には、絶対に。どう話しても。

そして、それ以上に説明しても伝わらなかったら、拒絶されたらという恐怖心が喉を締め付けていた。


あたしは昔からそうだった。本音が怖くて言えない。


(……でも、だけど。ずっと一緒にいたこの3人には伝わっていると思ってた)


言葉にしなくても、通じ合っているって思い込んでいた。……でも、違った。通じてなんか無かった。


あの時、バンドを抜けるといったあたしを皆が引き留めなかったのは、自分たちの技術がたりないからって思っていたから。それを補えればまた4人でやれると信じていたからなんだ。


……あたしの見つけたい音楽。それに必要なのはもっと上のレベルの『技術スキル』だと3人に誤解させていたんだ。


そっか。ずっとすれ違っていたんだ……あたし達は。


「明日……」


柚希が涙を拭い、あたしの目をみた。


「明日のライブをみて、ちゃんと決めて。うちらの演奏が、灯夏の求めるその何かにならないのか……可能性があるなら戻ってきて」


そう言ってあたしの横を通り過ぎていく3人。


……何も言えなかった。


それから練習が始まったが、あたしはベースをまともに弾けず最後の練習は終わりを迎えた。



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