第2話
昼夜の感覚が、ますます曖昧になっていった。
眠れないまま朝を迎えることもあれば、気づけば夕方まで布団に沈んでいることもある。時間の境目は、外から聞こえる物音でしか知ることができない。廊下の足音や、ゴミ収集車の音。スーパーの袋を揺らす主婦の話し声。それらが外の世界の存在を知らせる。けれど僕は決してそこに加わらない。音はいつも、窓ガラスのこちら側で止まる。
ある夜、スマホが震えた。
LINEの通知。
画面を伏せていたはずなのに、バイブの小さな振動が布団越しに伝わってきて、無理やり僕を現実に引き戻した。
差出人の名前を見て、心臓が強く跳ねた。
――「古谷」。
北海道の中学時代からの友人だった。
数か月ぶりに送られてきた短いメッセージはただ一言。
「元気か?」
その文字が重すぎて、指が動かなかった。
既読にするだけで精一杯。
返事をどう打てばいいのか、頭の中でぐるぐる考えているうちに、三十分が過ぎた。
ようやく「生きてる」とだけ返した。
送信したあと、自己嫌悪が押し寄せた。
もっとまともな言葉を返せなかったのか。
心配してくれているのに、突き放すような返事しかできない自分が情けなかった。
数分後、友人からまたメッセージが届いた。
「無理に返事しなくていい。既読だけでも安心するから」
画面を見ていると、胸の奥で何かがわずかに緩んだ。
僕の言葉の少なさを責めるでもなく、ただそこに「待つ姿勢」を示してくれる存在。
ああ、こういう人間関係もあるのだと、忘れていた感覚が少しだけ蘇った。
しかし、その夜遅く、電話の着信音が鳴った。
友人からだ。
画面が光っている。指が伸びかけて、止まった。
「出たら、何を話せばいい? 声が震えたらどうしよう? 沈黙が続いたら?」
頭の中で最悪の場面ばかりが並び、結局、通話は切れてしまった。
呼吸が浅くなり、布団を頭までかぶる。
応えられなかった自分を責める声が、暗闇の中で反響する。
翌日、友人からまたメッセージが来ていた。
「昨日はごめんな。無理に出なくていい。俺はただ、お前の声を聞きたかっただけ」
読み返すたび、胸の奥が痛んだ。
僕の小さな失敗を、失敗と呼ばずに受け止めてくれる彼の姿が、かえって申し訳なくなる。
「迷惑をかけている」という思いは拭えなかった。
スマホをベッドの横に置いて、天井を見上げる。
染みがまた地図のように広がっている。
「もしこの地図に出口があればいいのに」
そう思いながら、僕はまた目を閉じた。
通知音が鳴っても、しばらくは聞こえないふりをするようになった。
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