Chapter26 「米子の実戦講義 十津川村」

Chapter26 「米子の実戦講義 十津川村」


 15:30。全員がミーティングルームに集まった。米子が教壇に立ち、教卓を前にしていた。

「プラネットチームの全勝やな。残念やけど実力差がありすぎやわ。正直ここまで実力に違いがあるとは思ってなかったわ。このあと沢村さんに演習の感想を述べてもらう。その後に今までの実戦経験を基にした講義をしてもらうから参考にするんや」

教壇の横に立つ松原が言った。


 「タイガーチームみなさんは勇敢でしたが、闇雲に突撃するだけでは的になるだけです。各自が役割を持ったフォーメンションを作って下さい。たとえば2人で突撃する時は横に並ばないようにして下さい。1人が突撃する時はもう1人が静止して援護射撃する。これを交互に繰り返すと突撃の有効性が高くなります」

米子が教壇に立って説明した。

「なるほどなあ。フォーメーションか。そやけど勢いも大事やろ」

井上乃愛が言った。

「皆さんは自由戦闘でフルオート射撃が多すぎました。弾切れになった人もいましたね。フルオートは3~5発の点射が基本です。それ以上の連射は当たりません。5発以上撃つのは制圧射撃の時だけです。また、スナイパーを後方に置くとさらに攻撃力がアップします。突撃して敵が応射してきたら敵の位置が掴めます。それをスナイパーが仕留めます。あと、指揮官を置くようにして下さい」

米子が戦闘のアドバイスをした。

「私、一応戦闘の時はリーダーやけど、指揮官って何するんや?」

松井明日香が訊いた。

「戦況を俯瞰的に捉えてインカムで指示を出します」

「そんなんしたら戦力が減るやろ。見て指示するだけなんて1人分戦力が減るやんか」

松井明日香が言った。

「個々の力だけでは訓練された敵には勝てません。特に赤い狐はロシア、中国、北朝鮮の特殊部隊出身者らしいのでチーム戦闘を十分に訓練している事が予想されます。だから戦闘で指揮官を置くのは必須です。指揮官は指揮をするだけではありません。最終フォーメーションになれば指揮官も戦闘に加わります。状況が悪いと判断した時はメンバーの援護要員として即座に戦闘に加わります。もちろん指揮官が先頭に立って戦う事もありますが指揮官の任務はあくまでも戦闘の指揮です。今回私は小屋の屋根の上や高い場所から状況を見ながらみんなにインカムで指示を出していました。もし指揮官がやられたら副指揮官が指揮を執るように訓練しています」

米子が答えた。

「それであんな見事なフォーメーションやったんやな。突然窪地から現れて掃射したり、陣地に侵入して内側からゲートを開けた直後にバイクが突入したり、連携プレーの正確さにびっくりしたわ。シナリオがあるみたいやった」

井上乃愛が言った。


 「みなさんはトランシーバーを使ってましたがインカムを使う事をお勧めします。私達の使ってるインカムはヘルメットに内蔵してあるタイプなので手を使いません。銃を撃ちながらでも交信できます。また同時通話型なのでトークスイッチを押す必要がありませんし、交互に会話する時間的ロスもありません。良かったら後日メールでカタログを送ります」

米子が言った。

「ほう、それはいいなあ、便利そうやわ。カタログ送ってほしいわ」

井上乃愛が言った。

「あの、そっちにはスナイパーがいましたが、どうやって訓練したんですか? 悔しいけど歯が立ちませんでした。私はライフル射撃が得意やから狙撃の技術を磨きたいんや」

横井真帆が訊いた。

「スナイパーが1人いると作戦の幅が広がります。私達も本部の戦闘チームと模擬戦闘をを行った時にスナイパーに苦しめられました。だからスナイパーを育てたんです」

米子が言った。

「そやから訓練の方法を教えて欲しいんや」

「樹里亜ちゃん、教えてあげて」

米子が樹里亜に向かって言った。


 「私は政府の諜報機関用のスナイパー養成所で特別訓練を受けました。青森県で1カ月間、狙撃の基礎から応用までを学びました。狙撃時の呼吸法、距離毎の重力による弾丸落下の幅、風向と風速の読み方と狙いの修正などです。遠距離射撃では空気中の湿度や地球の自転の影響なんかも計算してスコープを調整します。最後は75時間、山の中でターゲットを待ち伏せする訓練を受けました。地面に穴を掘ってその中に潜んでひたすらターゲットを待ち続ける訓練でした。おかげで狙撃の能力がかなり向上しました」

樹里亜が説明した。

「75時間て、食事やお風呂はどないするんですか?」

「食事はカロリーバーとビタミン剤と水筒の水です。お風呂は入りません。首周りや脇の下はかぶれるのでウェットティッシュで拭きます。睡眠は立ったままとります。夜に1時間くらいの仮眠を2回とります。トイレは足元にします。無臭の消毒剤と消臭剤を撒きます」

「ひえーーー、トイレは足元? そらキツいなあ。そやけど1カ月も本格的な訓練したら凄腕のスナイパーになれそうやな」

横井真帆が感心するように言った。

「特別訓練を受けた後も腕が落ちないように訓練する必要があります。私は月に1回群馬の訓練所で練習してます。秋葉原のエアガンのシューティングレンジでボルトアクションのエアガンで練習したり、街中でもイメージ訓練しています。遠くにいる人物をターゲットに見立てて、距離、風向なんかを考えてスコープの調整を頭の中でイメージします。高いビルに登った時なんか遠くを見てイメージ訓練しまくりです」

樹里亜が説明した。

「樹里亜ちゃんはそんな訓練してたんだ。知らなかったよ。努力家だねえ。そのせいで狙撃の腕がどんどん向上してるよね。ホント頼りになるよ、敵をどんどん減らしてくれるもんね」

ミントが感心するように言った。

「その青森の訓練、どうやったら受けられるんですか? 私も受けたいわ。松原課長、いいですよね?」

横井真帆が言った。

「そやなあ。ウチもスナイパーが必要かもしれへんな。暗殺の選択肢も広がるやろし。 浅井さん、その訓練の申し込み方法を井上に教えてやってください」

松原が言った。


 「私は沢村さんのバイク戦闘にド肝抜かれました。あんなん曲芸です! カッコ良かったわ」

森口美玖が言った。

「自衛隊の偵察レンジャーで訓練の受けました。2週間の合宿です。とても厳しい訓練でついていけないと途中で失格になりますので、ある程度バイク戦闘を自分で練習してから参加したほうがいいと思います」

米子が答えた。


 17:00、休憩を取った後、ニコニコ企画とニヤニヤ企画のメンバーは再びミーティングルームに集まって席に着いていた。ミーティングルームの後ろには中学生の訓練生8人と訓練所の教官3人が見学の為にパイプ椅子を並べて座っていた。

「この後は沢村さんにこれまでの戦闘経験を基に講義をしてもらいます」

松原が言った。


 米子が前に出て、配布した資料とホワイトボード使って昭和記念公園での戦闘、二和会壊滅任務、東北での外務省工作員護送任務と丸の内のSAT公開訓練テロ、吉祥寺のライブハウスでの戦闘について120分の講義を行った。ニコニコ企画の戦闘ではなかったが『真革派』の山荘の襲撃についても講義に盛り込んで各戦闘の作戦立案、戦闘の流れ、その時々の判断などについて説明した。ニヤニヤ企画のメンバーは真剣にノートを取り、時々驚きの声を上げていた。

「以上が私達ニコニコ企画の戦闘実績概要と経験からの教訓になります。何か質問はありますか?」

米子が言った。

「あの、二和会と金龍会殲滅の作戦は誰が立てたんですか? 本部の作戦課ですか? 鰻重にナパーム仕込んだり、ブローニングM2やミニガン使うなんてなかなか思い付かへんわ」

松井明日香が訊いた。

「その二つは私が作戦を立てました」

米子が答えた。

「えっ? 作戦立案なんかどこで習ったんや?」

松井明日香が驚いた声で質問した。

「米子はIQが200だから自然と作戦が頭に湧いてくるんだよ」

ミントが言った。

「じゃあ昭和記念公園やSAT公開訓練の時の戦闘指揮も沢村さんが考えたんですか?」

井上乃愛が訊いた。

「そうです。その場の状況を分析して作戦を立てて戦闘指揮を行いました。大切なのは状況分析とリスクの抽出とリスクスコアの算出です。敵の心理状態の推測も有効です。これらを掛け合わせて最適な戦術を考えます。頭の中で数値化すると判断が速くなります」

米子が説明した。

「ライブハウスの作戦は漫画みたいやな。本部に協力してもらったみたいやけど、それも沢村さんが作戦を立てたんか?」

「はい。時間が無かったんでこっちで作戦を立案して本部に持ち込んで協力を求めました。企画課、渉外部、制作課、購買部の方々が力を貸してくれました」

「そら凄いわ。上を動かしたんやな」

「山荘の襲撃で毒ガスを使ったのも沢村さんが考えたんか? ボンベを投げ込むなんて大胆やな」

ニヤニヤ企画からの質問は止まらなかった。

「毒ガスの調達は他の組織に手伝ってもらいましたけど、作戦は私が立てました。敵地でしたし、相手は15人でこちら2人と数的にも不利だったので夜中に侵入して寝ているところを毒ガスで一気に殲滅しようと思いました。結果的に気付かれて一部銃撃戦になりましたが、毒ガスは活用出来ました」

「もう凄すぎるわ。まるで軍師やな。キルスコア126も納得や」

井上乃愛が言った。

「米子の作戦はいつも完璧なんだよ。だから私達は安心して戦えるんだよ。それに凄く参考になるからみんなの作戦立案能力も高くなるんだよね」

ミントが得意気に言った。

「IQ200にキルスコア126人ってバケモノやろ。凄すぎて参考にならへんわ」

松井明日香が言った。

「IQは160です。200は調子がいい時です。他の質問はありませんか?」

米子が言った。

「状況分析って具体的にどんなことをやるんですか?」

井上乃愛が訊いた。

「人数や装備による敵と味方の戦力差、地形、配置、武器の特性、可能なら敵の力量や練度を見極めてください。ランチェスター理論を学ぶことをお勧めします。私はそれを応用しています」

米子が答えた。

「なんか難しそうやけど、強くなれるんなら勉強する価値がありそうやな」

「個々の戦闘力も大事ですが、インカムを導入してフォーメンションを確立する事、戦闘指揮官を置いて状況分析して戦術と作戦を立てる事でチームは格段に強くなります。是非実行してください。私からは以上です」

米子が締めくくった。

「みんな拍手や」

松原が言うとニヤニヤ企画のメンバーと訓練生と教官が拍手をした。特にパイプ椅子に座った中学生の訓練生達は大きな拍手をしていた。滅多に聞く事が出来ない実戦の話を聞いて気分が高揚したようだ。

「沢村さん、ありがとうございました。ニコニコ企画の皆さんの経験を共有してもらってたいへん有意義でした。ほんま凄い実戦経験やな。本部の戦闘チーム以上や。そらウチらが演習でボロ負けするわけや。今回の経験を活かしてニヤニヤ企画ももっと強くなりますわ。ホンマありがとうございました」

松原が言った。


 その後はニコニコ企画のメンバーとニヤニヤ企画のメンバーが集まって互いの装備について意見を述べた。

「その銃コンパクトやな。HK416は初めてみたわ」

森口美玖がミントの持つHK416Cを指さして言った。

「持ってみなよ。タイガーチームはM4A1を使ってたけど、私達も以前は同じの使ってたんだよね。でも東北の護送作戦の時に山の中での撃ち合いが想定されたからこれに替えたんだよね。取り回しがいいし運び易いからそれ以来これを使ってるんだよ。私達の本来の任務は暗殺だからアサルトライフは取り回しがいい方が使いやすいんだよ。HK416CはHK416シリーズの中でも特に銃身が短いんだよ」

ミントがHK416Cを渡しながら説明した。

「おお、これは持ち易いわ。走りながらでも撃てそうやな」

森口美玖が言った。

「私にも貸して」

井上乃愛が言って銃を受け取った。

「ホンマや。ストックを縮めると片手でも撃てそうや。フォアグリップもあるからコントロールも楽そうやわ」

「HK416は米軍がH&K社にM4カービンの信頼性を向上させるよう改修を依頼して作られた銃だから故障しにくくてメンテナンス性もいいんだよ。ショートストロークガスピストン方式だから機関部にガスが入らなくて掃除の間隔も長くていいし、簡単なんだよ。あと、本格的な戦闘ではミニミとかの汎用機関銃の機関銃手を1人配置すると効果的だよ。今日は来てないけど、パトリックっていうアメリカ人がその役なんだよね。それと野戦や距離のある戦いの時は5.56mmのアサルトライフルより7.62mmのバトルライフルを使った方がいいよ」

米子が言った。

「ウチらはあまり考えずに支給されたライフルを使ってたけど、状況に合わせて何種類か欲しいな。皆で検討しようや」

松井明日香が言った。


 「そのヘルメットもカッコいいなあ。インカムが内臓されてるんやろ。そやけどバイザーは厚くて重そうやな」

横井真帆が言った。

「さっき講義で話したSAT訓練のテロ殲滅の時、9mm弾を顔に撃たれたんだけど、このバイザーが止めてくれたんだよ。もしこのバイザーが無かったら間違いなく死んでたよ。拳銃弾なら44マグナム弾までは止めてくれるらしいよ」

米子が言った。

「顔撃たれたんか? 戦闘任務は恐ろしいな。暗殺と違って戦闘任務は装備が大事やな」

井上乃愛が感心したように言った。

「もし戦闘任務もするのなら装備はケチったらだめだよ。米子も言ってたけどインカムは絶対必要だよ。私達は戦闘中はコードネームで呼び合うようにしてるんだよ。米子がマーズ、私はビーナス、浅井樹脂亜はジュピター、水谷瑠美緯はマーキュリーだよ。コードネームで呼んだ方が気分が戦闘モードに切り替わって引き締まるんだよね」

ミントが言った。

「カッコええな。それでチーム名がプラネットなんやな。ウチらもコードネーム考えようや」

井上乃愛が言った。

「『たこ焼き』とか『お好み焼き』とかは止めた方いいよ。私達の上司はやたらと食べ物のコードネームを付けたがるんだよね。カルビとかマグロとかネギマとかさ。だからずっと惑星で通してるんだよね」

ミントが言うとタイガーチームから笑いが起こった。

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