Chapter23 「決着★★★死神の裁き★★★」

Chapter23 「決着★★★死神の裁き★★★」


 阿南の運転するクラウンは潮風大通りを鶴見駅方面に向かって走っていた。阿南は焦っていた。闇桜のメンバーで米子を確保して拷問する目論見が崩れ、逆に闇桜のメンバー7人が全滅する結果になったからだ。また、現場にいたのは米子だけでなく、見知らぬ男達が米子の援護していた。男達はどこかで見たような気がして腑に落ちない気分だった。


 阿南の運転するクラウンは区役所前通りを走り、『鶴見警察署前交差点』の右折レーンの先頭で信号が変わるのを待っていた。第一京浜を東京方面に戻るつもりだった。

『バシッ』 『バシッ』

クラウンの後部座席で異様な音がした。阿南が振り返ると後部ガラスにヒビが入っていた。慌ててドアミラーで後ろを確認すると10mほど後ろのセンターラインに停まったバイクに乗った人間がこちらに拳銃らしきものをこちらに向けていた。割れたガラス越しにバックミラーで確認するとバイクに乗った人間は黒いフルフェイスのヘルメットを被り、紺色のブレザーに白いシャツにブルーと紫ストライプのスクールリボンの制服を着ていた。<沢村米子!!!>。

『キリリリイ―――ーーーーー!』

阿南は左にハンドルを切ってアクセルを踏み込み、急発進しながら右折レーンから強引に左折した。クラウンのタイヤが悲鳴を上げるように鳴った。右から走ってきた直進車がブレーキを踏んでけたたましくクラクション鳴らした。阿南の運転する黒いクランは第一京浜の追い越し車線を横浜方面に向けて猛スピードで走り始めた。


 15時を過ぎた第一京浜は混み始めていた。阿南のクラウンも時速30kmで走り、時々前の車が詰まって止まった。米子のバイクは2車線を縫うように走り、『鶴見税務署前』交差点で走行車線を走る阿南のクラウンの後方30mに付けた。阿南はバックミラーに米子のバイクを認めると激しく動揺した。米子の姿に『騎馬に跨った死神』が迫って来るような錯覚さえ覚えた。

『ウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』  

阿南はインパネのボタンを押してパトランプを出すとサイレンアンプのスイッチを『大音量』に切り替えてサイレンを鳴らした。赤色灯が点滅しながら回転し、サイレンの音が鳴り響く。追い越し車線を走る前の車が少しずつ中央車線に車線変更を始めた。阿南はヘッドライトを点けてパッシングしながら走行車線を傍若無人に走った。片側3車線だった道路が片側2車線になると阿南は強引な車線変更を何度も繰り返し、赤信号を強行突破しながら第一京浜を走行した。いつ事故が起きてもおかしくない運転だったが、赤色灯を光らせ、サイレンを鳴らす警察車両にクラクションを鳴らす者はいなかった。


 『新子安ランプ入口』の信号付近で米子の運転するKLX250が阿南の運転するクラウンの追いついて右側を並走する。米子が右手でショルダーホルスターからSIG-P229を抜いて運転席の阿南に狙いつける。阿南がドアミラーでそれに気が付いた。

『グオーーン キリリリリーーーーーー!』

阿南がアクセル踏み込んで、右折禁止の『新子安駅入口』交差点をタイヤを鳴らして強引に右折して登りのループ道は入った。米子のKLX250も追随するように右折したが対向車がけたたましくクラクションを鳴らした。

「クソッ、来るな! 来るな! お前は何人殺せば気が済むんだ! 女子高生の分際で 

 クソッ 俺は警視庁公安部の部長だぞ! 」

阿南が独り言を言いながらハンドルを切ってクラウンはループ状の道を登った。阿南はパニックになりかけていた。ミラーに映る米子が死神にしか見えなかった。阿南は方面系警察無線で応援を呼ぼうと無線機を伸ばした。

『警視公安16より警視庁指令センター、現在新子安周辺で凶悪犯を追跡中、応援を要請する』

『警視庁指令センターより警視公安16、新子安周辺は神奈川県県警の管轄です、詳細を教えていただければ神奈川県警に協力の申し入れを行います』

『縄張り争いしてる場合か! いいから早くしろ! 俺は公安部長の阿南だ! すぐに応援を寄越せ!』

『警視庁指令センターより警視公安16、先ほどから神奈川県警より照会センターにあなたの車両ナンバー対する問い合わせが多数あります。警視庁所属の覆面パトカーが国道15号線の第一京浜でサイレンを鳴らして危険運転をしているとの苦情も入っています。緊急事態であれば上層部と協議して神奈川県警に申し入れを行います。どうされますか?』

『もう頼まん!』

阿南はマイクを乱暴に無線機に戻した。

ループ道を登りきると阿南の運転するクラウンは神奈川産業道路子安守屋線に合流した。合流した場所から神奈川産業道路子安守屋線の終点である岸壁まで1Kmしかないため空いていた。米子の運転するマッドブラックのKLX250はぴったりとクラウンの後ろに位置していた。


 阿南は米子のKLX250を振り切るように『守屋町信号』を急ハンドルでUターンするように右折してロジスティックセンターのゲートに入った。クラウンは赤色灯を点けてサイレンを鳴らしながらロジスティックセンターの敷地内を巨大な倉庫に沿って真っ直ぐ走ると突き当りを左に曲がって敷地の外に出て一般道を横切って『京急バス新子安営業所』の敷地に突入した。京急バス新子安営業所内を左に進むとバスの駐車場になっていた。米子のKLX250も50mの距離を置いて追いかける。阿南はアクセルを踏み込んで駐車所の奥に進んだ。バスの駐車場は80台のバス駐車スペースが奥へ続く長い駐車場で一番奥にある狭い緑地で行き止まりになっていた。阿南ブレーキを踏んで緑地の手前でクラウンを停めた。米子のKLX250が距離を詰める。阿南は後ろを振り返って米子の姿を認めるとエンジンを切り、車のドアを開け、クラウンを降りて小走りに緑地に入り込んだ。


 米子は阿南の停めたクラウンの隣にKLX250を停めてエンジンを切ると黒いフルフェイスのヘルメットを脱いでバックミラーに掛けた。ショルダーバックを肩から外すとファスナーを開けて3つあるSIG―P229のマガジンの中から底に赤いシールが貼ってあるマガジンを手に取った。緑地の中を逃げる阿南を見つめならマガジンチェンジを行った。底に赤いシールを貼ったマガジンは大場が特別に自作した357SIG弾の『徹甲弾』を装填したものである。


 米子はショルダーバックをKLX250のハンドルに掛けると緑地に向かって歩き始めた。阿南は何度も振り返り、米子の存在を確認した。米子が緑地に入ってくるのを認めると恐怖のバロメータが一気に跳ね上がった。前に進もうとする阿南の前に古びた金網のフェンスが現れた。阿南は慌てて黒いカシミアのコートを脱ぎ捨てると地面に放り投げた。高さ2mほどのフェンスの菱形の網目に手の指を掛け、革靴のつま先を食い込ませて必死に登る。高校時代の山岳部に所属していた頃であれば楽々と登れたはずであったが、日頃の運動不足で肥満気味の体を持ち上げるのは想像以上にきつい作業だった。黒いスーツを着た身長175cm、体重83Kgの阿南の体はゆっくりとフェンスを登り、頂点を乗り越えてフェンスの反対側に体を移すと地面に落下した。無様な光景だった。

「くそっ!」

阿南が悪態をつきながら立ち上がって2、3歩踏み出すとそこは寂れた線路だった。線路は貨物輸送専用の『高島線』のものだ。

高島線は1917年(大正6年)に開業した京浜工業地帯を走る貨物専用の路線である。廃線になった区間や支線もあるが、現在も鶴見駅から桜木町駅までの8.5Kmを繋いで主に石油などの燃料輸送に使われている。


 米子はフェンスに跳び付くと軽々と登ってブルーのチェックのスカートを翻えらせて反対側に飛び降りてしゃがむように着地した。


 阿南は線路の上を桜木町方面に向かってよろめきながら20mほど歩くと足を止めた。鉄橋だった。隙間だらけ鉄骨の上にレールを載せただけの簡素な鉄橋だ。鉄橋は足洗川の河口の運河に架かる長さ30m程のスカスカの構造物だった。阿南はレールと鉄骨の間から見える運河の暗い水面を見つめて躊躇した。とても渡れないと思った。阿南は慌てて体を反転させて鶴見方面に5mほど歩くと10m先に制服姿の米子が立っている事に気が付いた。


 米子は紺色のブレザーに白いスクールYシャツにブルーと紫ストライプのスクールリボンにブルーのタータンチェックのスカートを身に着けていた。靴は黒のタッセルローファーで紺色のソックスだった。夕焼けの中で着てる制服の色は暗く見えたが白いスクールYシャツが薄っすらと夕焼けの色に染まっていた。阿南はバラストと枕木につま先を引っ掛け、バランスを崩すと尻もちを着くように線路の真ん中に座り込んだ。


 工業地帯特有の錆色のような赤茶けた夕焼けが2人の姿を影絵のように浮かび上がらせせ、工業地帯に並ぶコンビナートの作業用のライトが灯り始めた。阿南が腰のホルスターから2インチのニューナンブM60を抜いて米子に向けた。米子も素早くブレザーの内側に右手を入れてショルダーホルスターからSIG―P229を抜いた。銃口は下に向けている。

「初めまして、阿南さん。一騎打ちですね、交互に撃ちましょう」

米子が言った。

「ふざけるな、俺を誰だと思ってる!」

阿南は線路の真ん中に前に足を伸ばすように座って叫ぶように言った。

「あなたはアメリカ商務長官と榊良介暗殺の首謀者で赤い狐の尖兵です。私を利用したうえに消そうとしました。それに麻衣さんを殺しました」

「神崎から聞いたのか? 神崎は裏切ったんだな!?」

「神崎さんは志を取り戻したんです」

米子は前に3歩進んだ。阿南との距離は8mになった。阿南は死の恐怖を間近に感じた。それは足元よりもさらに近くの鼻先に迫り、吐いた息が跳ね返るように感じた。山岳部の時に北アルプスや穂高連峰や剣岳の断崖に登った時も死の恐怖を感じた事はあったが、それ以上に近く、濃い死の気配だった。

「来るな、このバケモノ! お前は死神だ! 来るな!!」

阿南が恐怖のあまり叫ぶように言った。

「距離を縮めてあげたんです。先に3発撃っていいですよ。撃たないのなら私が先に撃ちます」

米子が言った。

「まっ、待て、撃つ、撃ってやる」

阿南は声を震わせ、座った姿勢のままニューナンブM60を両手で構えて米子に向けた。じっくりと米子の顔に狙いをつけるが手が震え、照星と照門がずれていた。阿南は焦りとは裏腹に米子の顔を美しいと思った。一瞬、死神とはこんなに美しいのかと妙な感動を覚えた。

『パン!』

阿南の撃った38スペシャル弾は米子の頭上1mを通過した。

「クソ、お前なんかやられてたまるか」

『パン!』

『キーーーン!』

阿南の撃った弾丸は米子の足元の右のレールに当たった。阿南の腕はガクガクと震えていた。

「あと1発ですね。しっかり狙ってください」

米子が言った。米子は8mの距離でも訓練をしていな人間の撃つ拳銃の弾は当たらないと思った。もし当たったらそれで終わりと割りと切っていた。米子はこの距離なら1円玉を楽に撃ち抜く事ができる。


 阿南の顔は冷や汗で濡れ、乱れた前髪が額に貼り付いていた。何年も射撃練習をしていない事を後悔した。そもそもキャリア警官の自分が発砲するこのなど生涯ありえないと思っていた。拳銃を撃つなど現場の仕事であり、日本では現場の警察官でも訓練以外に拳銃を撃つことは極めて少ないという認識だった。阿南は前腕に力を入れ、米子の頭に狙いを付けた。照星と照門が重なった。

『パン!』

『バシュッ』

38スペシャル弾が米子の右頬と耳たぶを掠ったが脳内にアドレナリンが放出されているため痛みは感じなかった。

「私の番です」

米子がSIG―P229を両手で構えた。頬の傷から血が流れ始めた。

『パン!』 『パン!』 

『カチャ』    『カチャ』 『カチャ』 『カチャ』

阿南が米子の提案したルールを無視して2発続けざまに発砲したが外れ、尚もトリガーをダブルアクションで引き続けていた。

「阿南さん、もう弾は無いですよ」

米子が言った。

『キイ~~~』

遠くで微かに車輪とレールが擦れる音がした。

「ふざけるな! お前は何人殺した!? これから何人殺すつもりだ!?」

『バン!』 『バン!』 

「うぎゃ~!」

SIG-P229が米子手の中で2回跳ね上がり、阿南が動物のような甲高い悲鳴をあげた。357SIG弾の徹甲弾が阿南の両膝の『皿膝蓋骨』、いわゆる膝の皿を斜め上から撃ち抜いて膝の裏から弾丸が抜けた。レールが微かに振動し始めた。

「くそーー、絶対にお前を許さん! 地獄に落としてやる!」 

『キイ~~ キイーーーー』 『カタタ カタ  カタタ カタ』

車輪がレールを擦る音が近くなってレールが振動した。

夕暮れの中をEH200形電気機関車に牽引された12両編成の石油専用タンク車『タキ 1000形』が時速40Kmで近づいてきた。

「電車が来ます」

米子が振り返って石油専用タンク列車を確認して言った。

「ううーーー、うごっ、イデーー、うぐぐっ」

阿南が線路から脱出するために体を捻って俯せになった。

『ピイーーーーーーー!』 『ピイーーーーーーーーーー!』

『ガタタ カタ   ガタタ カタ   ガタタ カタ』

電気機関車の甲高い警笛が響き、レールの振動が大きくなってきた。阿南が両肘を使って芋虫のように体を動かし、レールを乗り越えようとするが足が使えないので体が前に進まない。

『ピイーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』

『キキーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!』

電気機関車が急ブレーキを掛けた。しかし1両45トンの石油専用タンク車12両分の重量は540トンである。時速40kmで走る540トンの貨物列車が止まるまでには600mの距離が必要だった。

「おい、何とかしろ! 何とかしろ! 何とかしてくれーー」

阿南が叫んだが米子は微動だにしなかった。

「くそーーーこのクソアマ、地獄に落ちろ~!」

阿南が叫びながら死に物狂いで肘を動かし、上半身がレールを越え始めた。

「私は死神です。多分地獄に落ちるでしょう。だから先に行って待っててください」

『バン!』

357SIG弾の徹甲弾が阿南の左肘の骨と腱を撃ち抜いた。阿南が支えを失ってレールの上で突っ伏す。

『ピイーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』

『キィーーーーーーーーーーーー!!』  『キキイーーーーーーーーーイ!!』

ブレーキ音が耐え難いほど大きく響く。阿南が顔を起こして米子を睨みつけた。物凄い形相で口を大きく開けて何かを叫んだがその声は警笛とブレーキ音に搔き消された。米子が電気機関車のライトを背景に線路の中央からレールを跨いで線路の左側に移動した。

『ガコッ!  ガタタ ガタ   ガタタ ガタ   ガタタ ガタ』

青緑色の石油タンクの連なる貨物列車が米子のすぐ横を通り過ぎていった。米子のブレザーとスカートが風圧ではためき、髪の毛が宙を舞うように舞い上がった。阿南の体は俯せの状態でレールを挟んで腰の位置から上半身と下半身に綺麗に別れていた。

『ガーー ガガン ガガン   ガガン ガガン   ガガン ガガン』

貨物列車が鉄橋を渡り速度を落としながら遠のいて行く。米子は錆色の夕焼けを背にして線路の脇を鶴見方面に向かってしばらく歩くと低い土手の傾斜を下った。米子の長い一日と一つの戦いが終ろうとしていた。海を渡りコンビナートを通って来た冷たい冬の風が米子の血の付いた頬を撫でていった。

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