Chapter16 「米子の罠 ライブへの誘い」
Chapter16 「米子の罠 ライブへの誘い」
米子は神楽坂の『甘味処:王羅瑠節句巣』で白玉あんみつを食べていた。最近はセーフハウスの周りを散策するのが日課となっていた。赤羽のセーフハウスにはまだ行っていなかった。テーブルの上のスマートフォンが振動した。神崎からのLINEメッセージだった。
『沢村君、榊良介の警護は見事だった。近々に阿南は闇桜と懸賞金目当 ての殺し屋達を使って君を襲うようだ。実施時期は1週間以内だ。襲撃グループは闇桜が5人、殺し屋が5人くらいの構成だ。通学途中を狙う。人混みでも構わず襲撃するだろう。気を付けてくれ。君との食事が楽しみだ。その日まで生きていてくれ。
闇夜のカラスより』
神崎は闇桜に潜り込んでいる藤谷から情報を得て米子に襲撃の情報を知らせてきたのだ。米子は白玉あんみつを食べ終えると緑茶を飲みながらメッセージを読んで作戦を考えた。
米子は神楽坂のセーフハウスに帰るとミントに電話を掛けた。
『ミントちゃん、お願いがあるんだよ。闇桜が1週間以内に私を襲撃するみたいなんだけど援護を頼めるかな? 神崎さんから情報をもらったんだよ』
米子が言った。
『もちろんだよ、でも大丈夫なの? 場所とか予想つく?』
ミントが訊いた。
『多分通学途中だと思う。だからカウンターを仕掛ける。時間が無いから劇団にも協力してもらいたいんだよね』
『明日の朝、事務所で木崎さんに話そうよ。木崎さんから劇団に頼んでもらおうよ。でもどんな作戦なの?』
ミントが訊いた。
『明日話すよ』
米子は西新宿の事務所で木崎とミントと打ち合わせをしていた。
「闇桜と懸賞金目当ての殺し屋が私を襲う計画を立てているようです。1週間以内に実施されます。だからカウンターを仕掛けるつもりです」
米子が言った。
「どんな作戦なんだ?」
木崎が訊いた。
「ライブハウスを使います」
「ライブハウス?」
「はい。架空のインディーズバンドのライブを開催して、私がそのライブを観に行くという設定です。今日から4日間学校を休んでセーフハウスに隠れて外出しないつもりです。5日後の夕方に通学経路に姿を現して闇桜を誘います。そのままライブハウスに入って作戦を実行します。絶好の襲撃ポイントをこっちで作るんです。闇桜を引き込んで一気に殲滅します。それには内閣情報統括室の他の部署の協力が必要です」
米子が説明した。
「わかった、今日の午後一緒に本部に行こう。企画課、渉外部、制作課、購買部に連絡をしておく」
【永田町 内閣府内別館6F内閣情報統括室第3会議室】
「本日は急な招集に集まっていただき、ありがとうございます。特務課課長の木崎です。今回はニコニコ企画の取締役としてお願いにあがりました。米子、挨拶しろ」
木崎が頭を下げながら言った。
「ニコニコ企画の1級工作員の沢村です。よろしくお願いします」
米子が緊張した面持ちで言った。米子は桜山学園の制服姿だった。紺色のブレザー、白いスクールYシャツ、紫色とブルーの縞模様のスクールリボン、ブルーのチェックのスカートに黒いタッセルローファーに紺色の靴下だった。スーツを着た男達の集まる会議室で浮いていようにも輝いているようにも見えた。
「企画部課長の蝶野です」
「渉外部課長の橋本です」
「購買部課長の小橋です」
「劇団こと、作戦支援課制作係係長の武藤です」
コの字型のテーブルに座った各部署の男達が挨拶をした。入り口のドアが開いて紺色のスーツ姿の男が入って来た。男は背が高く、メタルフレームの眼鏡を掛けていた。男は空いていた上座の席に座った。会議室に緊張した空気が広がった。東山の参加は誰も予想していなかった。東山は組織内の会議にめったに出席する事が無い。ただ命令を下達する存在なのだ。
「管理官の東山だ、続けてくれ」
席に座った東山が言った。木崎は東山管理官に電話で簡単に状況を報告していたのだ。
「早速ですが、状況はメールでお知らせした通りです。この沢村が公安配下の『闇桜』とういうグループに命を狙われています。闇桜は公安の中でも非公認の組織です。阿南公安部長の私兵部隊といってもいい。阿南公安部長は赤い狐と共謀している可能性が強い事は御存じかと思いますが、当社の沢村の命を狙っています」
「その件は聞いている。具体的に今回の作戦についてお聞かせ下さい」
企画部係長の武藤が言った。
「では作戦について沢村から説明いたします。米子、話すんだ」
木崎が米子に話を振った。
「今回は警視庁公安部配下の組織『闇桜』とその協力者を殲滅する作戦です。敵は闇桜5人、協力者5人程度と予想されます。この10名をライブハウスに誘い込んで殲滅します。私が架空のインディーズバンドのライブを鑑賞することで誘い込みます。会場は席数は100くらいでスタンディング時150人位のキャパの場所が理想的です。戦闘はニコニコ企画が実施しますので皆さんには準備をお願いしたいんです」
米子が作戦概要を説明した。
「面白そうな作戦だな。我々劇団の腕の見せ所だな。どれくらいの準備期間を考えてるんだね?」
作戦支援課制作係係長の武藤が言った。
「5日以内です」
「5日? そりゃ無茶だ。箱(ライブ会場)は渉外部に押さえてもらうにしても、偽バンドの準備やステージと楽器の設営や会場の装飾を考えると10日は欲しい。観客役のエキストラの手配が必要だ」
武藤が言った。
「無理は承知です。そこをなんとかお願いしたいのです。時間がありません」
木崎が言った。
「沢村君は我が組織にとって重要な人間だ。実動部隊のエースと言っても過言では無い。今までの貢献は皆が知っている通りだ。これは赤い狐との前哨戦でもある。全力で協力して欲しい」
東山管理官が言った。
「分かりました。徹夜覚悟で頑張ります」
武藤が言った。
「今、手頃なライブハウス会場を押さえるよう課にメールで指示を出しました。『警視庁生活安全課』の権限を使います。では私は具体的な指揮を執るために課に戻ります。なにかありましたら連絡して下さい」
渉外部課長の橋本が席を立った。
「本作戦の費用における概算の稟議書を早急に仕上げて決裁申請します。必要な購買品については逐次連絡して下さい。私も部署に戻って手続きを進めます」
購買部課長の小橋も席を立った。
「詳細な打ち合わせをしたいので木崎課長と沢村さんはこの場に残って下さい。係の者を呼びます」
武藤が言った。
「私も同席しよう。必要であれば私が三枝室長に説明する」
企画部課長の蝶野が言った。
「ではよろしく頼む。私は執務室にいる。必要があればいつでも連絡してくれ」
東山管理官が席を立ちながら言った。会議はあっという間に終わった。内閣情報統括室の幹部の男達は優秀だった。無駄な会議や発言はしない。各自が役割を自覚し、最短で最善の行動を取ることを心掛けていた。皆各省庁より引き抜かれたエリート集団である。
「あの、ありがとうございました」
米子が立ち上がって東山管理官に頭を下げた。
「君が沢村米子君か。以前から活躍の話は聞いているよ。一度会いたかった。前に電話で話したね。外堀通りで自衛隊の輸送防護車が暴走した時だ。君の報告は的確だった。時間を稼いでくれと言ったら見事に実行してくれた。予想以上の、いや、遥か斜め上をいく手段と成果だった」
東山が微かな笑みを浮かべて言った。
「あの時はありがとうございました」
「お礼を言うのはこっちの方だ。あの時君達が護送した外務省の安本さんの情報が国家にとって大変役に立っている。私はJKアサシンの存在には懐疑的だったんだが、その考えが払拭されたよ。きみの事は組織が全力で守る。困った事があったらいつでも相談してくれ」
東山が言うと背中を向けて会議室を出て行った。
会議室に作戦支援課制作係の3人のメンバーが入って来た。それぞれ加藤、小西、小早川と名乗った。加藤は30代、小西と小早川は20代後半だった。
「へえ~、ライブハウスか。だったら小西君が詳しいだろ。なんかいい案ない?」
加藤が言った。
「そうですねえ、あまり過激なヘビメタやパンクバンドよりは普通のロックバンドがいいでしょう。その方が観客のエキストラも準備しやすいです。ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムの5人組にしましょう。楽器はレンタル倉庫にあります。衣装はカジュアルにします。バンドメンバーはうちの課員を使います。バンドが趣味のそこそこ演奏ができるメンバーです。舞台装置はアンプにスピーカーと照明で十分です。ライブ会場にあると思います。簡単なポスターなんかも作りましょう」
小西が言った。
「客はすぐに準備できるのか?」
武藤が訊いた。
「50人位のエキストラなら配下の人材派遣会社から調達します。20代から30代の男女を半々くらいですかね」
小早川が言った。
「あの、もしかしたら戦闘に巻き込まれるかもしれません。ですから観客は結構です」
米子が言った。
「それじゃ不自然だ。敵にバレるよ。なるべくリアルな設営をするんだ。エキストラには銃声がしたら伏せるよう言っておくよ。一応目立たない防弾ジャケットを服の下に着てもらう。まあ訳アリの連中だから死んだとしても問題にならないけどね。そのかわりギャラは高くなるな」
小早川が言った。
「エキストラってどんな人達なんですか?」
米子が訊いた。
「全員犯罪者だ。傷害、薬物、詐欺なんかで本来なら懲役刑になる連中だが司法取引で協力させているんだ。組織に協力する事で起訴しないという取引だ。内閣情報統括室はそんな連中を抱えた人材派遣会社を持ってるんだ」
加藤が説明した。米子は改めて組織の大きさと闇の深さを実感した。
「じゃあ私は一番前の席で観賞します。敵が動き出したら私から攻撃をします。敵が先に攻撃してくる可能性もありますけど」
米子が言った。
「敵は複数だ。ミントとパトリックと樹里亜と瑠美緯も会場に紛れ込ませよう。武器はどうする?」
木崎が言った。
「私はP226を使います。弾丸は9mmです。威力より命中率を重視します。暗い場所なのでウェポンライトとドットサイトを使用します。念のためにVZ85スコーピオンも持って行きます。ミントちゃんはFN―P90のサブマシンガン、樹里亜ちゃんはステージ裏から狙撃、瑠美緯ちゃんは拳銃で機動力を活かしてもらいます。パトさんには会場の従業員に変装してもらって出口で逃げる敵を殲滅してもらいます」
米子が言った。
「いいだろう。じゃあ俺は監視役をやる。会場内にカメラを仕掛けてモニターする。敵の状況はインカムで伝える」
木崎が言った。
「木崎さんも参加するんですか?」
米子が訊いた。
「あたりまえだ。他の部署を巻き込むんだ。ケジメとして俺も参加する。それに俺、ロックファンなんだ。若い頃はよくライブハウスに行った」
「私も参加したいなあ。店員の役でいいから現場を見たい」
武藤係長が言った。
「実弾が飛び交います。申し訳ありませんが援護はできません」
米子が言った。
「かまわんよ。これでも内閣情報統括室の一員だ、覚悟は出来てる。自分たちの準備した舞台がどんな風に活用されるのか見たいんだ」
武藤係長が言った。
「あの、私も参加させて下さい。照明係でもなんでもをやります。私も現場を見たいです!」
加藤が言った。
「援護はできません。自己責任でお願いします」
米子が言った。
「しかし沢村さんは噂通りの美少女だな。制服姿が眩しいよ。こんなカワイイ娘がアサシンなんてギャップが凄すぎる。今までに俺達の作った道具も使ってくれたんだよな?」
加藤が言った。
「以前コントラバスのダミーを作ってもらいました。とても役に立ちました」
米子が言った。
「おおっ、あれか! 覚えてるよ。ケースも準備したんだ。どんな風に使ったの?」
「あのコントラバスのケースとチェロのケースにマシンガンを隠して半グレの拠点に演奏者として潜入しました」
「うおーー、アニメみたいだ! それで成功したの?」
「25人を滅多撃ちにして殲滅しました」
「殲滅って、殺したって事? 25人?」
小早川が訊いた。
「はい、指令ですから。それと軽トラックもありがとうございました。宅配便のトラックに偽装してもらいました。別の作戦では宅配業者の制服や段ボールも準備してもらいました」
「ああ、あのデカい機関銃を積んだやつか。制服はハゲタカ運輸のやつだよね?」
加藤が言った。
「はい。軽トラックはヤクザの乗った防弾仕様のボルボ3台を粉々にしました。宅配業者
の制服は闇バイトの元締め8人を一瞬で焼き殺した時に使わせてもらいました。今回も期待してます」
米子が淡々と言った。武藤達は無言になった。
作戦実行日の13:00、米子は神楽坂のセーフハウスを出て飯田橋から総武線に乗り、新宿駅で京王線に乗り換えて千歳烏山で下車すると桜山学園に入った。教室には入らずに学校の中庭で下校時間まで読書をして過ごした。15:45に下校する他の生徒達に混ざって校門を出た。闇桜の尾行を引き付ける為の行動だった。米子は吉祥寺に行くために『明大前』で予定していた16:19の京王井之頭に乗り換えた。新宿側の隣の車両には木崎が、逆隣りの車両には樹里亜と瑠美緯が乗っていた。
《こちら木崎、今のところこっちの車両には怪しい奴らはいない》
インカムから声が聞こえてた。
《こちら樹里亜、こっちにも怪しい人物はいません》
《こちら米子、こっちにもいません。しかし尾行は必ずいるはずです。このまま吉祥寺で降りてライブハウスに向かいます》
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