第18話 裏の戦争 ― ワクチンをめぐる影

※第17話「ワクチン戦争」を受けて。

希望の針は、光の側にある。だが影は、針の長さだけ濃くなる。



1. 東京・総理官邸 ― 00:07、赤い通知音


 午前零時七分。地下会議室の壁面モニターが、薄い赤を一斉に点滅させた。

 内閣官房情報保全室の担当官が読み上げる。「ノースクエア製薬・LA第二倉庫から試作バッチ30バイアル流出。タグ認証は“死”。昼輸ラインの偽装搬出が濃厚です」

 総理 葛城総一郎 は眉間の皺をもう一筋深くした。

 外務大臣・嶋田貴弘:「『裏の市場』が立ち上がりました。国家分配前に影の値札が付く」

 官房長官・桐生貴仁:「Hearth基金(国際前払)で正規ルートを太らせるほど、横流しのうま味も増える。――裏の戦争が始まった」

 厚労大臣・滝沢真紀:「市中に流れる前に、見分ける目を配らないと。HDSQ×Vの“V”に真贋手順を追加します」


 モニターに新しい一行が打ち出される。

 V-Verify:青磁色トレーサ(可視)+微量同位体(不可視)/前加温で発色安定/夜間判定不可

 桐生が頷く。「見せるのが盾になる」



2. ロンドン・テムズ川沿いの倉庫 ― 02:10、黒い競り


 川霧が倉庫の軒にぶら下がり、鈍い黄色の裸電球が円錐形の湿りを照らしていた。

 木箱、鉄のリブ、油の匂い。

 仲介人カーティスは、銀色のケースのシールをナイフでなぞる。

 “Y-Δ PROTOTYPE / DAY ONLY / KEEP WARM / NO FLASH”

 「一本十万からだ」

 黒いマスクの男が指を一本立てる。「二十万。中東の基金から」

 別の女が鼻で笑い、「三十万。アフリカの“慈善家”」

 壁際で、誰かが銃口を低く構えた。落札は札束で決まらなかった。

 カーティスが舌打ちしつつ、ケースのひとつを開ける。――青磁色の微かな霞。

 「前加温三分で色が深くなる。夜は判定無効」

 男が時計を見る。「午前三時。ここは夜だ」

 「見分けないって手もある」

 笑いが湿った梁にくぐもった。



3. 札幌・北浜防災センター ― 07:20、噂の行列


 朝の体育館。白川美沙は列の先頭に「先に子ども/次に高齢」と手書きで貼る。

 「ワクチン来たって本当?」

 震える声に美沙は首を振る。「午前にHearth便。昼に判定して分配します」

 月島悠斗が段ボールから判定カードの束を取り出した。

 青磁色見本+三分砂時計+“静穏のお願い”。

 斎宮晶が拡声器のスイッチを入れる。「怒鳴らない/走らない/並びすぎない。判定は昼。夜は静穏」

 ざわめきの輪郭が、すこしだけ丸くなる。

 小さな男の子が訊く。「ワクチンって痛い?」

 悠斗は笑う。「三分、温かい。痛いのはちょっとだ」



4. 北京・地下市場 ― 09:45、偽薬の白


 剥き出しの蛍光灯が白い冷たさを撒く。

 折りたたみ机に並ぶ透明バイアル。「正規Y-Δ」「冷蔵不要」の紙切れ。

 周玲(第16話でビラを刷った学生)が財布を握りしめて近づく。

 売り子の笑顔は薄い。「一万五千元。昼に打つなら割引」

 周玲は手を止め、ポケットからHDSQ×Vの中国語チラシを広げた。

 「青磁色は?」

 売り子が肩をすくめる。「夜は見えない」

 周玲は踵を返す。背後で、別の客が震える声を出した。「子どもが。今すぐにでも何かを……」

 売り子は小声で囁く。「何かはいつも売っている」

 偽物という言葉はどこにも書かれていない。だが色は嘘をつかない。



5. ミュンヘン・研究所 ― 11:30、作戦名“氷の針”


 ガラスとコンクリートの研究棟。欧州初の試験バッチが封緘され、ラベルプリンターが静かに唸る。

 研究員エーミルは、休憩室で冷えたコーヒーを一口飲み、窓の外の冬陽を見た。

 廊下の先で、配送業者の制服を着た二人が台車を押してくる。

 「昼輸枠、前倒し搬出です」

 警備ゲートが緑を灯す。

 ――FSB“氷の針”班の偽造タグは、欧州規格の前世代だった。ゲートは古い友人を通すように通した。

 エーミルは違和感を覚えながらもサインをする。バッジに取り付けられた温度センサが微かな乱れを拾う。

 (昼にしては、冷えが強い)

 それでも台車は昼の光の中に消えた。



6. ニューヨーク・国連安保理 ― 13:05、非難の嵐


 アメリカ代表が声を張り上げる。「我々の倉庫から盗難、EUの研究所から搬出偽装!」

 ロシア代表は薄笑いを浮かべる。「管理の問題だ」

 フランス外相 マリー=クレール・ドゥラヴェル が立ち上がる。「偽薬で子どもが死んだ。青磁色と三分を義務化しろ!」

 日本の嶋田外相が手を挙げる。「HDSQ×VにV-Verifyを条項化します。前加温三分で青磁色、夜間判定不可。“顔のないデータ、温のある手順”でHAAOが監視」

 中国代表 梁建国 は眼鏡のブリッジを押し上げる。「市場の秩序も必要だ」

 WHO緊急対応局長 アディラ・ハサン が静かに言う。「命の秩序を先に」

 議場の空気が、一度だけ深く息を吸った。



7. ロサンゼルス・倉庫街 ― 14:20、影の学習


 ノースクエア倉庫の裏手。影は学ぶ。

 窃盗グループの若者が、白いバイアルを手の甲で転がしながら言う。

 「昼に入って、昼に抜ける。夜は静穏で監視が濃い」

 リーダーが頷く。「青磁色? 塗料で誤魔化そう」

 若者は笑って、前加温を始める。――発色は濁った緑で止まり、彼の顔色のようになる。

 「偽物は昼に剥がれる」

 彼らは笑わなくなった。



8. カタール・物流ハブ ― 15:45、緊急の“昼輸”


 DayClinic-01(移動接種船)の中継港。

 港湾運用責任者:「昼枠に“医療優先”を追加。青磁色判定所を二か所。怒号禁止」

 現地警備:「温水ポットの在庫が足りません」

 「湯気は治安だ。至急発注」

 騒ぎそうな群衆の喉に、湯気の柔らかい手が触れていく。



9. 札幌・北浜防災センター ― 16:10、偽物が来た


 Hearth便のコンテナが到着する。

 美沙が判定テーブルで手順を唱える。「前加温三分。青磁色が深く。白く吐かない場所で」

 一本。――灰色のまま。

 晶が眉を寄せる。「おかしい。温を食う色だ」

 二本、三本。――同じ。

 悠斗が小声で言う。「中身が抜かれてる」

 美沙は拡声器を取り、静かな声で言った。

「今日は配りません。偽物です。怒鳴らないで。順番は守られます」

 沈黙のあと、誰かがすすり泣き、誰かが拳を握った。

 怒号は起きなかった。静穏が勝った。



10. イスラエル・ネゲブ砂漠 ― 17:05、影の前哨戦


 国連輸送隊のトラック列が、薄紅の砂丘を渡る。

 隊長が無線で告げる。「照度を中、速度を一定。前加温三分の判定キットを先行車に」

 砂煙の裏からバイクの影。武装集団が並走する。

 「ワクチンは神の盾だ! 我らが配る!」

 先行車の荷台で、隊員が温水壺を抱えたまま叫ぶ。「撃つな!」

 銃声。砂が跳ね、青磁色カードに穴が空く。

 昼の戦闘は、夜のそれより遅い。だが、そのぶん長い。

 輸送隊は分散し、列を斜めに切り、静穏を保った。

「損失、ゼロ。――針は守った」



11. ミュンヘン郊外・高速道 ― 18:00、追跡


 盗まれた試作バッチを積んだバンが昼の終わりを逃げる。

 警察車両のドライブレコーダに、HAAOの**“温の地図”が重ねられる。

 青磁色の点が、一定のテンポで濃淡を繰り返す。

 追跡官が呟く。「車内で前加温テストをやってる。本物だ」

 橋の上、渋滞。

 追跡官は拡声器を中音量にして言う。「車を降りろ。怒鳴らない。走らない。」

 バンから出てきたのは、作り物めいた配送業者**。――FSBの偽装。

 「銃は夜の道具だ」追跡官が静かに言い、手錠を掲げた。

 昼の道具が、昼の戦いに勝った。



12. ニューデリー・河岸の坂 ― 19:20、母の財布


 ガンジスへ傾く夕陽。

 サーヴィトリーは小さな財布を握り、地下市場へ戻るかどうか迷っていた。

 息子が咳をし、白くなりかけの息が細く漂う。

 その時、周玲が押し車で中国語チラシ(HDSQ×V)のヒンディー訳を配りに来た。

 「前加温三分、昼に、青磁色」

 サーヴィトリーは首を振る。「お金ならある」

 周玲は財布を閉じさせた。「順番を買うのは偽物を買うのと同じ」

 母は泣き、けれど紙を握りしめた。紙は防壁になる。



13. ブリュッセル・EU運用室 ― 20:05、線が太る


 壁一面のダッシュボードに、欧州の昼輸ダイヤと接種拠点が表示される。

 運用責任者が指示を飛ばす。「パリの昼枠をベルリンへ、ワルシャワをプラハへ分散。夜は静穏。湯気の補給は倍」

 オペレーターが頷く。「怒号は熱で溶けます」

 誰も冗談を言わない。だが皆、湯気の意味を理解している。



14. 東京・警視庁サイバー局 ― 21:10、影の掲示板


 黒い画面に、白い文字が流れる。

 《Y-Δ正規品/中継所で受け渡し/夜の割引》

 渋谷機動隊小隊長・田沼礼二が肩越しに覗き込む。「“夜の割引”は罠だ。行き先は殴り合い」

 担当官が笑わずに答える。「書き込み主は海外サーバ。温の地図で絞り込みます」

 地図上に偽の青磁色が夜に滲む。――嘘は夜が好きだ。



15. ジュネーブ・WHO緊急合同会見 ― 22:00、言葉の温度


 WHOのハサン局長とFAOのフェレッティ長官、WTOのクラインが並ぶ。

 ハサン:「HDSQ×V+Verifyを国際標準に。前加温三分/昼行投与/分散設計/静穏運用/青磁色判定/夜間判定不可」

 質問。「偽薬は?」

 クライン:「国際刑事共助で供給網を潰す。Hearth基金で正規ルートを太く」

 フェレッティ:「湯気とパン。生活の補助が怒号を減らす」

 会見場に、湯気が立ったような安堵が広がった――わずかだが、確かに。



16. ワシントンD.C.・ホワイトハウス ― 23:05、主戦場の変更


 大統領 アレクサンダー・ヘイル は、国家安全保障会議で短く言った。

 「銃ではなく、契約とダイヤが主戦場だ。国防総省は**“護送(Convoy)”から“設計(Design)”へ」

 国防長官:「静穏部隊(人流管理・中照度・拡声器中音・湯気運用)を海外派遣します」

 誰かが皮肉を言いかけて口をつぐむ。声量も武器**になった。



17. 札幌・北浜防災センター ― 23:40、静かに負けない


 夜。

 偽物混入の報に、押し殺した嗚咽が体育館の梁にたまる。

 美沙はマイクを切り、素手で人々の肩に触れた。「夜は静かに。昼に、やり直せる」

 悠斗はモモの首に耳を当て、白くない息を数える。

 晶は、本物の青磁色のカードを照明にかざし、自分に言い聞かせるように呟く。

 「色は嘘をつかない。手順も」



18. ミュンヘン・警察本部 ― 00:25、作戦の反省


 取り調べ室。FSB“氷の針”班の隊員は黙りこくったまま、蛍光灯を見つめている。

 追跡官が資料を机に置く。「夜なら逃げられたかもな」

 隊員は笑った。「夜は霧が味方だ。だが、お前らは昼に霧を作った。湯気で、人で」

 追跡官は微笑まない。「見える霧は、秩序だ」

 沈黙が一分。二分。三分。――前加温と同じ長さで、彼の肩の力が抜けた。



19. リヤド・午後の広場(翌日) ― 祈りと針


 午後の礼拝が終わった広場で、接種列が徐々に動く。

 宗教当局者が呼びかける。「怒号は罪、静穏は徳」

 保健相が続ける。「青磁色が深くなったら合図。前加温三分。夜は静」

 罪と徳が、物理に翻訳される。

 列の最後尾で、少年が母の手を握り「昼が好き」と言った。



20. ブエノスアイレス・港湾通り(翌日) ― 湯気の防壁


 昼輸レーンに保温コンテナが並び、温水配布台から湯気が上がる。

 港湾警備長は声を張らない。「ここは“静穏広場”。走らない。列は斜めに割る。怒鳴ったら一歩下がる」

 新米警備が戸惑う。「盾は?」

 「湯気が盾だ」

 暴徒化しそうな波が、湯気で丸くなる。

 誰も拍手しない。拍手は夜の音だ。



21. ローマ・地下聖堂(翌日) ― 静穏の宣言


 石の冷たさ。蝋燭の香り。

 司祭は説教壇で短く言った。「夜に叫ぶな。昼に分け合え。三分温めて、白くない息を見届けよ」

 信徒がざわめき、やがて黙礼が波のように広がった。

 宗教も手順を覚える。



22. ロサンゼルス・倉庫街(翌日) ― 罠の昼


 警察が偽の掲示板に昼の受け渡しを書き込む。

 現れたのは夜向けの盗賊たち。

 照度は中、スピーカーは中音、青磁色判定所が光を受ける。

 「昼は静かで、遅い。――お前たちには速すぎる」

 手錠がカチリと鳴り、昼がひとつ、勝ちを拾う。



23. 東京・IPPI ― 真贋のパレット


 如月沙耶は青磁色の標準パレットに家庭用紙をテープで継ぎ足した。

 「印刷所でも、黒板でも、手の甲でもいい。色を人の生活に落とす」

 斎宮晶:「微量同位体の検知器を携帯サイズに。夜は測れない、と大きく書け」

 月島悠斗:「三分の砂時計を学校に配ろう。待てる時間が生きる」

 雨宮楓:「生活薬理は、学校が得意だ」



24. ニューヨーク・国連ホール ― 追加条項


 共同声明に、さらに一行。

 「V-Verify:前加温三分、青磁色判定、夜間判定不可、携帯検知器の共同開発、湯気(温飲料)による静穏促進。」

 アメリカ代表は無言でサインし、ロシア代表は目を伏せ、中国代表は眼鏡の奥で焦点を合わせ、フランス外相は紙を胸に当てた。

 条約が、生活の粒度で厚くなる。



25. ソウル・地下街(翌日) ― 模倣の色


 地下街の屋台で、偽の青磁色が流行し始めた。

 退職教師の老婦人が、魚の干物を袋に入れながら言う。「色は混ぜると濁るよ」

 彼女は正規の見本紙を掲げ、若者たちに三分を数えさせる。

 「静かにして、色を見る。それが勉強だよ」

 若者は照れ笑いし、夜の悪ふざけを昼に学び直した。



26. ハンブルク・造船所(翌日) ― DayClinic-02


 灰色の船体に太陽マークが二つ。

 「DayClinic-02、出ます!」

 工長が読み上げる。「夜は港内停泊。照度は中。メガホンは低音。湯気は切らすな。青磁色判定所は右舷」

 海に昼を増やす。――それは航路であり、秩序でもあった。



27. キーウ・地下鉄構内(翌日) ― 二つの戦の分割


 遠い砲声。だが構内は昼。

 静穏広場の壁に、HDSQ×V+Verifyの大きなポスター。

 看護師が囁く。「夜は避難、昼に接種。怒鳴らない。分ける」

 兵士が頷く。「戦と疫は時間で分ける。――それが生き延びる」

 針が進み、白くない息が並んだ。



28. リマ・坂の町(翌日) ― パンと券


 パン屋ロサは、釜から出した丸パンと一緒に整理券を配る。

 「昼の〇時〇分、三分温めて青磁色。走らない」

 少年が笑う。「パンも三分待つとおいしい」

 ロサは頷く。「生活は待つでできてる」

 列の怒りは、香りで溶けた。



29. モスクワ・長い廊下(翌日) ― 小さな溜息


 大統領 モロゾフ は廊下の窓から鈍い空を見た。

 参謀が囁く。「氷の針は失敗です」

 モロゾフは頷く。「勝ち筋を夜に置くな。昼に設計しろ」

 彼は電話を取る。「交渉に切り替える。Hearthに**“等価”**を求めろ」

 政治は、温に寄った。



30. 北京・夜の印刷所(翌日) ― 紙の防壁、ふたたび


 周玲は古い印刷機のローラーを手で回す。

 HDSQ×V+Verify――中国語・ヒンディー語・アラビア語。

 紙束が山になる。

 彼女は独り言のように呟く。「見えるは守る。見せるは武装」

 検閲は夜に来る。彼女は昼に配る。



31. 東京・総理官邸(翌々日) ― 監視と共有


 嶋田外相:「接種ライン監視網(Lattice)を立ち上げ。HAAOの顔のないデータを多言語公開。偽薬通報はワンストップ」

 滝沢厚労相:「青磁色パレットは学校/自治会/寺社に配布。砂時計は給食室へ」

 桐生官房長:「湯気の補助金、自治体へ。怒号を蒸発させる」

 葛城総理は静かに言う。「裏の戦争に表の手順で勝つ」



32. ニューヨーク・ニューススタジオ(同日) ― 情報の戦場


 キャスターが読み上げる。「“昼に判定・青磁色・三分”が世界標準に。偽薬の見分け、市民が担う」

 同時に、画面下のテロップが流れる。

 《SNS:#三分待って色を見る》

 《現地投稿:湯気の列、静かだった》

 情報は武器だが、同時に防具でもある。



33. 札幌・北浜防災センター(同日) ― 肩に落ちた春


 再びHearth便。

 美沙が深呼吸して判定。――青磁色が深くなる。

 体育館に薄い春が落ちた。

 「子どもから、三分、静かに」

 悠斗が砂時計をひっくり返す。晶が針を持ち、モモが膝で丸くなる。

 白くない息が三度、四度。

 誰も歓声を上げない。静穏が歓喜のかたちになった。



34. エピローグ ― 影の手、光の手


 ロンドンの倉庫で銃口が光り、

 ミュンヘンの研究棟で偽装の台車が滑り、

 ネゲブの砂丘で青磁色のカードに穴が空き、

 ブリュッセルの運用室で昼輸ダイヤが太り、

 ローマの聖堂で静穏が祈られ、

 リマの坂でパンの匂いが怒りを溶かし、

 札幌の体育館で針先が春を落とした。


 裏の戦争は終わらない。偽物は夜に育ち、本物は昼に育つ。

 だが世界は、見える武装を手に入れた。

 三分の温、青磁色の合図、湯気の盾、静穏の声量。

 針は希望であり、時に武器でもある。

 それでも――手順は、銃より速く届く。

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