第8話 極寒の伝播
※第7話「臨界線」から数日後。
シベリアの点火は面で燃え移り、ロシア全土へ。さらにモンゴル、中国北東部、中央アジアへと“氷の火”は降りてゆく。世界は、いま臨界を越えつつある。
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1. 官邸 ― 雪崩の地図
永田町・総理大臣官邸、地下の危機管理センター。
壁一面のディスプレイに投影されたユーラシアの地図で、赤いマーカーが雪崩のように増殖していた。ひとつ、またひとつ――やがて点は線になり、斑に滲んだ面になっていく。冷たい蛍光灯の明滅すら、凶報の拍動に見えた。
「報告する」
内閣危機管理監・海野智也は声の湿りを押し殺し、ページをめくる。「ロシア極東での発生は確認済み。だが昨夜から今朝にかけ、マガダン州・サハ共和国・沿海地方・ハバロフスク地方に連鎖的増加。ヤマロ・ネネツ自治管区、ノリリスク、イルクーツクでも救急通報が爆発的に増えている」
地図が切り替わる。白い大地の上に赤がじわり、川の流路に沿って、鉄道に沿って、人の流れに沿って広がる。
「越境も始まった。モンゴルはウランバートル、ダルハン、エルデネット。中国は黒竜江省のハルビン、黒河、綏芬河、満洲里。カザフスタンはセメイ、パブロダル。――ユーラシア北縁が、一斉に白息を吐き始めた」
外務大臣・甲斐俊彦が補足する。「ロシア政府は『季節性肺炎』として沈静化を図っているが、SNSに氷色の瞳の患者映像があふれている。削除しても鏡写しのように増える。情報の氷結核だ」
防衛大臣・大友剛士が低く唸る。「凍傷と爆風が同時に来るみたいだな。衛生と治安の二正面。しかも気温が武器として味方している」
内閣官房長官・桐生貴仁は静かに言葉を重ねた。「我々はHAAO(人道アクセス調整機構)で『可視化』に踏み出した。世界はそれを一枚の盾として見ている。だが盾は、叩かれもする。――今日、世界の呼気が青く曇る」
総理大臣・葛城総一郎は、固く組んだ手をほどかずに呟いた。「……『見ている世界』が、『巻き込まれた世界』に変わった。言葉と物資とルートを用意しろ。間に合わなくても、間に合わせる意思を見せるんだ」
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2. マガダン ― 雪上の廊下
マガダン市。濁った海が鉄灰色に波打ち、雪は音を吸い込むように降っていた。
病院前の広場には、人の列が凍りついた彫刻のように伸び、吐息だけが生き物のように漂う。救急車はタイヤに鎖を巻いたまま動けず、担架が直に雪を滑っていく。誰かが叫び、誰かが祈り、誰かがただ口を押さえて震えた。
若い看護師が毛布を運ぶ。毛布は患者の体に触れた瞬間、霜の花を咲かせる。
「次の方!……違う、生きている方を先に!」
その声は、雪と恐慌の中で割れていく。列の中ほどで男が崩れ、周囲が反射的に後ずさる。白い息が風に千切れた。
病院の廊下は、雪面だった。扉から扉へ伸びる仮設の廊下は、溶けない。患者を運ぶたび、布靴の足跡が白で刻まれ、また消え、また刻まれた。
「彼の瞳を見て」
誰かが震える指で指し示す。氷色。光を弾き、光を吸う色。
「神さま……これは冬の呪いだ」
祈りは白く、すぐに消えた。
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3. ヤクーツク ― 氷点下の寮と市場
ヤクーツク、零下四十度。空気が痛い。
大学寮の廊下で、学生たちが一斉に倒れた。午前二時、火災報知器と間違えるほどの咳の合唱。靴底に霜がつき、床はスケートリンクになる。
「動くな! 踏むな!」
上から叫び声、下から悲鳴。金属の階段は白く結晶し、手すりに触れた指が張り付く。救助は救出であり、同時に剥離だった。
朝になって市場に行けば、魚は凍ったまま並び、人は凍らないために歩き続けた。歩き続けて――倒れた。
倒れた場所の周囲だけ、静寂が生まれる。誰も近づけない。近づきたくても足がすくむ。
「さわるな、感染る」
その言葉が、熱ではなく冷たさで群衆を押し戻す。
遠巻きの視線の輪が幾重にも重なって、倒れた人は孤島になる。叫び声は白い泡のように弾け、風に消えた。
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4. アナディリ空港 ― 滑走路の人波
チュクチ自治区・アナディリ。空港の管制塔が凍てついた空を突き刺し、滑走路が白い鉛筆のように延びている。
旅客機の機内で、一人の男が咳き込み、口から白い霧を吐いた瞬間、機内の空気が裏返った。
「ドアを開けろ!」
怒号が重なり、CAの声は薄氷の上を滑るように空回りする。
機長判断で非常扉が開いた。乗客は織り重なるコートの群れとなって、雪面に雪崩れ落ちる。
滑走路に散らばる黒い点と白い息。風が息をまとめ、一つの雲のように押し出していく。
「戻れ! 戻るんだ!」
滑走路上の人波は戻らない。凍える恐怖が、閉じ込められる恐怖に勝ったのだ。
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5. ハバロフスクとウラジオストク ― 銃と船と白い息
ハバロフスクの軍港。倉庫のシャッターが半分上がり、内部には武器の影と白い気配が同居していた。
兵士の一人が咳き、銃床に霜を残す。その霜が兆候だとわかるまでに、三人目が膝をついた。
「撤退、撤退だ!」
指揮官の声が冬の空に割れ、兵士たちは鹿の群れのように散った。雪上にドロップされた弾薬箱の上に、白い結晶が降り積もる。軍隊が、冬に敗走していた。
ウラジオストクでは港が蜂の巣になった。
「中国へ!」「韓国へだ!」
舫い縄が切られ、漁船が次々と闇の海へ躍り出る。港湾警備のスピーカーがかすれ、照明弾の白が水面を照らす。
甲板の上、乗り込んだ家族の母親が子を抱きしめるたび、子の口から白い息が、海霧と区別できないほど細く漏れた。
どの船も、どこへ向かうのかわからない。わかっているのは――ここから離れたいという衝動だけ。
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6. ノリリスク/ヤマル/イルクーツク ― 工業と苛烈
ノリリスク。冶金所の煙突が橙の火を吐き、地表は鉛の灰で汚れている。
作業員の一人が白い霧を吐いた瞬間、現場監督は作業を止めた。
「退避!」
しかし退避の号令は凍る。重機の油は粘り、タイヤは割れる。動けない。動く前に、何人かが座り込み、頭を抱え、吐息が白い霧の樹を作った。
ヤマロ・ネネツ。ガス田の炎が青く揺れ、吹雪が横殴りで容赦ない。
パイプライン脇のバラックで、一人倒れ、二人倒れ、三人目が立ったまま壁に額をつけて凍った。
「救急は?」
「来ない」
「理由は?」
「来られない」
会話がそこで終わる。外は世界だが、内はすでに終末だった。
イルクーツク。バイカル湖畔の白い平原で、観光客がいなくなった氷上道路にトラックだけが走る。運転手の一人が咳込み、急ハンドル。車体が氷の裂け目に前輪を落とす。
「助けてくれ!」
近づいた男が息を呑み、後ずさる。運転手の瞳が薄い氷のように光っていた。
助けるべきか、逃げるべきか――人間が、冬に試されていた。
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7. 国境 ― モンゴルの風、中国の壁
モンゴル・ウランバートル。乾いた風が砂塵を巻き、ゲルの街区を舐める。
ロシアから越境した貨物列車の車掌が駅舎で崩れ落ちた。周囲の売り子が十字とモンゴル仏教の祈りを同時に捧げ、誰も近づけない。
「日本の病だ」「ロシアの呪いだ」――名付けは矢のようだ。
怒号の矛先は列車に向かい、薪や油が投げ入れられる。車体が炎上し、火と氷が同じ画面に並んだ。
中国・黒竜江省。
ハルビンの夜、市庁舎の前で数百人が並ぶ。
「検査を!」「隔離は嫌だ!」
行列の中で、一人のトラック運転手が白い霧を吐き、列は波立つように離散した。
黒河の国境ゲートでは、兵士が国境閉鎖の横断幕を掲げ、綏芬河の臨時病棟では白いスーツの列が疲れ切った影になって揺れる。
満洲里の貨物ヤードでは、ロシア側から来たコンテナの封印に青い粉雪が付着していた。誰もそれが何かは言わない。ただ、触らない。
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8. 中央アジア ― 線路と風に乗って
カザフスタン・セメイ。駅舎の長いベンチに、人が同じ姿勢で並んで座っている。肩で息をし、胸に手を当て、吐息が白。
駅員が叫ぶ。「列車を止めろ!」
「止まらない!」
「なぜだ!」
「止められない!」
鉄の車輪は返事をしない。北から来た列車は、南へ行く。それだけは、止まらない。
パブロダル。凍える煙突の並ぶ工業地帯で、作業員が防寒具のフード越しに互いの目を見た。
「青く見える?」
「見える」
「じゃあ――」
言葉の続きを、風がさらった。互いに一歩、距離を取る。距離は命。
そう思って離れた先に、別の倒れた人がいて、距離はまた更新された。
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9. 世界の報道 ― 名付け合戦
ロンドンBBCはテロップに**“Siberian Ice Plague”を採用し、キャスターが舌で寒さを転がすように発音した。
ニューヨークのCNNは“Frozen Pandemic”と打ち、パリは“Peste de Glace”と掲げる。
ソウルのニュースは“빙역”という語を作り、シドニーのテレビは「極寒の連鎖」と字幕を付けた。
名は網であり、武器でもあった。
名付けられた瞬間、現象は物語になり、物語は敵**を必要とし始める。
「日本発か?」
その問いが、国境を越えた人々の口に上った。
画面の端で小さく、HAAOのロゴが揺れる。
**“見せる秩序”は、“責める言葉”**の海に浮かぶ小舟だ。
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10. 北浜防災センター ― 見られる現場
日本・北浜防災センター。
梁の上のHAAOカメラの赤い点は、今日も黙って光っていた。
白川美沙は拡声器を胸に押し付け、画面で世界の雪崩を見る人々の前に立つ。
「聞け。世界が崩れてるからこそ、ここを崩すな。
ここが崩れたら、『日本も無理』と世界は判断する。医療回廊の時間を守れ。子どもと高齢者を先に通せ」
言いながら、己の喉の乾きを自覚する。声の震えが、寒さか恐怖か自分でもわからない。
目の前の老人が問いかける。「世界は、わしらを見捨てぬか」
美沙はYesともNoとも言わない道を選び、行動で答えた。
「十九時回廊、三本搬送を増枠。HAAO記録、開始」
記録官が頷き、秒針が鳴る。見られる秩序が、守られる命をわずかに増やした。
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11. 港湾通り ― 消防の線引き
新極北特区・港湾通り。
三条陸の防火手袋の表面に、うっすらと霜が付く。放水車の霧が凍りの鱗粉のように頬を刺し、担架の上の青年の唇は青白い。
「心拍、ある。搬送線、開け!」
HAAOの記録官が読み上げる。「14:21 放水角度調整、14:22 搬送開始」
装甲車の陰で兵士が一瞬迷い、体を引いた。その一歩が進路を作った。
陸は胸骨圧迫を続けながら、自分に向かって言う。
「間に合え。……間に合わせる」
世界が凍っても、手の温度だけは下げない。指の腹に触れる脈が、まだ返事をする限り。
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12. 新極北中央病院 ― 移送前夜
新極北中央病院の窓に、世界のニュースが反射する。
月島悠斗は酸素マスク越しに小さく笑い、斎宮晶の目を見た。
「ロシアも、モンゴルも、中国も……みんな同じ色の息をしてる」
「同じ色なら、同じ鍵で閉められるかもしれない」
晶は点滴の速度を微調整し、ドアの外の防護服に短く言う。
「移送は俺が付き添う。本人の同意は取れている。HAAO、同行記録」
オブザーバーが頷き、胸のカメラが静かに赤く灯る。
悠斗が囁く。「資源でいい。人を救えるなら。……でも、人として運んでくれ」
晶は短い笑みを返す。「約束する。お前の境界は俺が持つ」
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13. IPPI ― 共有と拒絶の網
IPPI(国際極地病原体研究機構)・会議室。
如月沙耶の端末に、各国の研究機関が並ぶ。
CDC(米)/パスツール(仏)/クイーンズランド熱帯医学(豪)/ECDC(欧)――光る窓の集合の中に、ノヴォシビルスク・ウイルス学センターの灰色のアイコン。
「データ共有を」
「候補株の配列を」
「志願治験の安全指標を」
言語の違いが、緊迫で同じ速さになる。
ロシアからは短い返答だけが返る。
《国内問題。外部共有は不要》
沙耶は目を伏せ、鷹野所長に告げる。
「繋がらないなら、こちらが先に繋ぐ。HAAO公開下で、プロトコルを出します。説明は削らない。同意も削らない。時間は削る。ゼロにはしない」
鷹野は頷く。
「志願以外は取らない。だが、志願を呼び込む言葉が要る」
沙耶は画面に新しい見出しを打った。
《凍結外殻阻害因子(仮)投与試験/HAAO公開版》
透明化は刃だ。握り方次第で、人を救う。
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14. 国連/各国政府 ― 指と指を絡める準備
ジュネーブの国連本部は、窓の外に春の名残の雨。
安保理緊急会合の議題は簡潔だ。
《国際平和と安全に対する脅威:氷獄感染》
代表団が「人道回廊」「比例原則」「国際医療連合」という語を交互に掲げ、各国の思惑は名詞の衣をまとって歩く。
米・英・仏・豪は人権を掲げ、露は主権を掲げる。
掲げられた旗の影で、輸送機の航路が引かれ、燃料の配分表が更新され、医療チームの名簿が整い始める。
指と指を絡める準備――それは政治であり、後手でもあった。
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15. モンゴルの祈り、中国の沈黙
ウランバートルの寺院で、僧侶が祈祷の鈴を鳴らす。
列に並ぶ人々の唇は、祈りの文句と恐怖の呟きで白く曇る。
「日本の疫病だ」
「違う、氷河の祟りだ」
名付けの矢は今日も飛び、誰かの胸に刺さったまま溶けない。
ハルビンの官庁街では、広報車が無表情に「不明熱」を繰り返す。
「秩序を保て」「デマを信じるな」
――だが、デマは温度を持つ。人から人へ息で伝わり、布団の中で独りにさせない。
沈黙は情報ではない。沈黙はただの空気だ。冷たい空気は、氷になる。
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16. 新極北の夜 ― 画面越しの世界
北浜防災センターのテレビの前で、子どもが毛布に顔を埋める。
画面の中、ロシアの都市が白い息で霞む。
母親がその背中をさすり、「大丈夫」と嘘をつく。
美沙はその嘘を責めない。嘘は言葉の中で最も古い医療だ。
「十九時の回廊、予定通り開ける。――見ている世界に、見せる秩序を」
HAAOの記録官がカメラを少し下げ、人の顔が映らない角度を選ぶ。倫理は角度でも守れる。
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17. 研究所の扉 ― 最初の志願
IPPI・受付ロビー。
作業着姿の男が、凍傷の痕を巻いた指で同意書を受け取る。
「……俺で、試してくれ」
如月沙耶はまっすぐ見返し、言葉を刻むように説明する。
「抑制因子(仮)の投与で、外殻の結晶化を鈍らせます。副反応は体温の急降下、心機能の不整。中止基準はここ。あなたが拒否すれば止めます。――あなたが、決める」
男は頷いた。「ここで凍るくらいなら、誰かのために凍りたい」
「生きるためにやりましょう」
沙耶は微笑に近い線を作り、赤いペンで時間を書き込む。可視化された数字が、覚悟の輪郭を与える。
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18. 救急車 ― 氷の灯、動き出す
新極北中央病院・車寄せ。
雨は細く、長い。
月島悠斗のストレッチャーが救急車に収まり、斎宮晶が乗り込む直前、HAAOのオブザーバーが短く頭を下げる。
「同行記録、開始します。あなたたちの選択を、守るために」
扉が閉まり、エンジンの震えが雨の糸を切るように立ち上がる。
遠ざかる病院の明かり、にじむ港の赤、濡れたアスファルトに映る世界のニュース。
「……俺が、間に合わせる」
悠斗が小さく言い、晶は正面を見たまま答える。
「間に合わせよう。俺たちで」
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19. 世界が鳴る ― クライマックス
その夜、ニュースのテロップは同時多発で赤く点滅した。
『モスクワ地下鉄で多数が倒れる』
『サンクトペテルブルク旧市街で集団発症』
『ウランバートル非常事態宣言、外出制限』
『黒竜江省、主要国境ゲート封鎖』
『ノリリスク冶金所、操業停止』
『ハバロフスク軍港撤退、武器散逸の情報』
『ウラジオストクから出航した民間船、行方不明』
赤い点はもう、点ではなかった。線であり、面であり、世界の呼吸そのものだった。
凍える群衆、暴徒、祈り、放水、銃声、白い吐息、青白い瞳。
氷と炎が同じ画面の中で互いを増幅し、音は遠くで海のようにうねった。
救急車の小窓に映る赤い世界で、悠斗は拳を握りしめる。
「世界が、凍っていく」
晶は握り返す。
「だから、鍵になる。――人間として」
世界は臨界を越え、降り始めた雪のように落ちていく。
それでも、小さな灯がいくつも消えずに残った。
見せる秩序、握る手、志願のサイン、救急車の加速。
それらはまだ、明日の焚き付けになり得る。
氷獄は、ユーラシアを覆い始めた。
だが、凍らないものもまた、確かにあった。
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