第8話:谷川莉子
夕暮れの浜辺を離れ、駅へ向かう道。街灯が少しずつ灯り始め、夜の気配が忍び寄ってきていた。
歩きながら、私は胸の奥に溜め込んできた想いを、もう抑えきれなくなっていた。
「……ねぇ、直也くん」
少し俯きながら、声を絞り出す。
「私ができること、直也くんにしてあげられること、全部……保奈美ちゃんに取られちゃった。だからすごく淋しいの。直也くんと会う時間が減ってしまって、辛いの」
自分でも子どもみたいだと思う。
でも、素直な気持ちを言わずにはいられなかった。
直也くんは少し立ち止まり、困ったように眉を下げた。
「そんなことないよ。莉子だって……オレにとって大切な存在だ」
胸がきゅっと締めつけられる。
涙が堪えきれず、目の端から零れ落ちた。
「……じゃあ」
かすれた声で言葉を続ける。
「また今日みたいなデート……してくれる?」
直也くんは、一瞬言葉に詰まった。
「オレは仕事人間だから、忙しい時はなかなか時間が取れないかもしれない。だけど――時間が合えば、いいよ」
「……本当に?」
涙で滲む視界の中で、必死に問いかける。
直也くんは迷わず、はっきりと答えた。
「ああ。本当だ」
胸が熱くなる。
「……じゃあ」
私は勇気を振り絞って、笑顔を作った。
「今、ギュって抱きしめてくれたら……信じるから」
「おいおい……困ったなぁ」
直也くんが耳まで赤くして、苦笑する。
それでも次の瞬間。
大きな腕が、私の体を優しく包み込んでくれた。
胸に顔を押し当てると、心臓の音が聞こえる。
潮風の中、世界に二人だけが取り残されたような静けさ。
「……ありがとう」
涙声で呟く。
――この瞬間だけでもいい。
直也くんの温もりを、心に刻みつけたい。
私は強く、彼の背中に腕を回した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます