#15 迷走
午後の学院は、静かに落ち着いていた。
クラリスは、生徒会室の机に広げた資料を前に、眉間にしわを寄せていた。
失踪した五人の生徒――それぞれに事情は違うが、共通点が見つからない。
「寮生もいれば通学生もいる。成績もバラバラ。交友関係も、特に重なりはない」
筆記魔道具の先が紙の上を滑る。
クラリスは、情報を整理しながら、ため息をついた。
「……これでは、糸口が見えません」
「こういう時、クラリスはいつも現地調査してたよね」と、セシルは立ち上がる。
クラリスもそれに頷き、「そうですね。まずは、最後に目撃された場所を洗い出しましょう」と立ち上がった。
*
午後の学院を、二人は歩いていた。
資料に記された目撃情報をもとに、校舎の各所を巡る。
「この廊下で、最初の女子生徒が見られたらしいです」
「ふむ。特に異常はないね。空気も普通。霊的な気配もない」
「霊的な気配って、何ですか」
「なんとなく、ひんやりする感じ」
「それは、日陰だからです」
セシルは、肩をすくめて笑った。
クラリスは、無言で歩調を速めた。
次に訪れたのは、図書室の裏手。
男子生徒が最後に見られた場所だ。
「ここも、特に変わった様子はありません」
「でも、なんとなく……閉ざされた感じがする」
「それは、裏手だからでは?」
「今日も冴えてるね」
クラリスは、無視して次の場所へ向かった。
三人目と四人目――ロイとエルザ。
彼らが最後に見られたのは、旧校舎の近くだった。
「こんな場所に、何の用が……?」
クラリスは、旧校舎の門の前で立ち止まった。
建物は古く、窓には埃が積もっている。
使われなくなって久しいその場所は、学院の中でも異質な空気を纏っていた。
「旧校舎……心霊現象が多くみられる場所だよ。この学院でも旧校舎は出るって噂があってね。」
セシルが、目を輝かせて語り始める。
「ほら、建物の記憶が染みついている。人の感情、過去の出来事、そういうものが空間に残る。だから、こういう場所では、霊的な干渉が起こりやすいんだ」
「はいはい」
クラリスは、聞き流しながら辺りを一周した。
鍵はかかっている。中には入れない。
「……ここで何かが起きている可能性はありますよね」
「まぁ、可能性はある、ね」
そのとき、二人の視界に人影が入った。
旧校舎の裏手から、教師が一人、生徒を連れて歩いてくる。
「……あれは、女子寮の巡回担当をしていた教師ですね」
クラリスは、目を細めた。
連れているのは、寮暮らしの女子生徒。成績はあまり良くないと記憶している。
「奉仕活動か何かでしょうか。掃除に来たようにも見えます」
「でも、あの教師……」
セシルが、声を潜める。
「クラリスにいやらしい視線を送っていただろう。僕は、アレを忘れない」
クラリスは、少しだけ驚いたようにセシルを見た。
彼がそんなふうに言うのは珍しい。
「……確かに、あの教師は妙に、その、女子生徒に近い距離を取ることがありますし、その……」
クラリスは歯切れ悪く、最後までは言わない。二人は、物陰から様子を見守った。
教師は、女子生徒に雑巾を渡し、廊下の端を指差している。
掃除をしているようだが、どこか不自然な空気が漂っていた。
「……何も起きないようですね」
「でも、あの教師は怪しいよ。女子寮の覗きだってしていたし、何かを隠している気がする」
クラリスは、資料を見直しながら呟いた。
「次は、旧校舎の中も調べましょう。鍵の管理者に許可を取って」
「了解。君の推理、今回も楽しみにしてるよ」
セシルは頷き、クラリスは少しだけ笑った。
その笑顔は、いつもより柔らかかった。
旧校舎の窓に、夕陽が差し込んでいた。
その光が、埃を舞わせながら、静かに床を照らしていた。
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