#15 迷走

午後の学院は、静かに落ち着いていた。

クラリスは、生徒会室の机に広げた資料を前に、眉間にしわを寄せていた。

失踪した五人の生徒――それぞれに事情は違うが、共通点が見つからない。


「寮生もいれば通学生もいる。成績もバラバラ。交友関係も、特に重なりはない」


筆記魔道具の先が紙の上を滑る。

クラリスは、情報を整理しながら、ため息をついた。


「……これでは、糸口が見えません」

「こういう時、クラリスはいつも現地調査してたよね」と、セシルは立ち上がる。

クラリスもそれに頷き、「そうですね。まずは、最後に目撃された場所を洗い出しましょう」と立ち上がった。



午後の学院を、二人は歩いていた。

資料に記された目撃情報をもとに、校舎の各所を巡る。


「この廊下で、最初の女子生徒が見られたらしいです」

「ふむ。特に異常はないね。空気も普通。霊的な気配もない」

「霊的な気配って、何ですか」

「なんとなく、ひんやりする感じ」

「それは、日陰だからです」


セシルは、肩をすくめて笑った。

クラリスは、無言で歩調を速めた。


次に訪れたのは、図書室の裏手。

男子生徒が最後に見られた場所だ。


「ここも、特に変わった様子はありません」

「でも、なんとなく……閉ざされた感じがする」

「それは、裏手だからでは?」

「今日も冴えてるね」


クラリスは、無視して次の場所へ向かった。


三人目と四人目――ロイとエルザ。

彼らが最後に見られたのは、旧校舎の近くだった。


「こんな場所に、何の用が……?」


クラリスは、旧校舎の門の前で立ち止まった。

建物は古く、窓には埃が積もっている。

使われなくなって久しいその場所は、学院の中でも異質な空気を纏っていた。


「旧校舎……心霊現象が多くみられる場所だよ。この学院でも旧校舎は出るって噂があってね。」


セシルが、目を輝かせて語り始める。


「ほら、建物の記憶が染みついている。人の感情、過去の出来事、そういうものが空間に残る。だから、こういう場所では、霊的な干渉が起こりやすいんだ」

「はいはい」


クラリスは、聞き流しながら辺りを一周した。

鍵はかかっている。中には入れない。


「……ここで何かが起きている可能性はありますよね」

「まぁ、可能性はある、ね」


そのとき、二人の視界に人影が入った。

旧校舎の裏手から、教師が一人、生徒を連れて歩いてくる。


「……あれは、女子寮の巡回担当をしていた教師ですね」


クラリスは、目を細めた。

連れているのは、寮暮らしの女子生徒。成績はあまり良くないと記憶している。


「奉仕活動か何かでしょうか。掃除に来たようにも見えます」

「でも、あの教師……」


セシルが、声を潜める。

「クラリスにいやらしい視線を送っていただろう。僕は、アレを忘れない」


クラリスは、少しだけ驚いたようにセシルを見た。

彼がそんなふうに言うのは珍しい。


「……確かに、あの教師は妙に、その、女子生徒に近い距離を取ることがありますし、その……」

クラリスは歯切れ悪く、最後までは言わない。二人は、物陰から様子を見守った。

教師は、女子生徒に雑巾を渡し、廊下の端を指差している。

掃除をしているようだが、どこか不自然な空気が漂っていた。


「……何も起きないようですね」

「でも、あの教師は怪しいよ。女子寮の覗きだってしていたし、何かを隠している気がする」


クラリスは、資料を見直しながら呟いた。


「次は、旧校舎の中も調べましょう。鍵の管理者に許可を取って」

「了解。君の推理、今回も楽しみにしてるよ」


セシルは頷き、クラリスは少しだけ笑った。

その笑顔は、いつもより柔らかかった。


旧校舎の窓に、夕陽が差し込んでいた。

その光が、埃を舞わせながら、静かに床を照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る