第19話 雪子とギャル

「はぁ、いよいよ今日だな」

 

 花火大会当日の朝。

 俺は不安になっていた。

 トリートメント探しが出来なかったからだ。

 

 雪子と会うのも一週間ぶりだ。

 俺の髪を見た雪子の反応が気になってしょうがない。

 最後に会った時から変わってないと思うが。


 雪子との待ち合わせは夕方。

 まだ時間はあるな……。

 

「ハァハァ、待ってろよトリートメント!」


 俺は気が付けばチャリを漕いでいた。

 目指すのはドラッグストア。

 時間の限り回ってみせる。

 

 最初に来たのは駅前のドラッグストアだ。

 そんなに大きくない店舗だが客は多い。

 新商品の品揃えも悪くないから期待出来る。


 入店すると真っ先に男性用コーナーへ向かう。

 今まで育毛剤しか見ていなかったが、なるほどなるほど。

 トリートメントもそれ用のがあるじゃないか。

 一つ一つボトルを手に取り説明文を熟読する。


 そこには胸が躍るような謳い文句が並んでいる。

 ハリを、ボリュームを、太く逞しく。

 素晴らしい、実に良い響きだ。

 自然と笑みを浮かべる俺。


「あれ、早乙女っちじゃん!」


 トリートメントを吟味していると突然ギャルが現れた。

 バイト先にいた俺の帽子を狙ってきた女。

 もう会う事はないと思っていたが、こんな所で会うとは。

 手に持っていたトリートメントをばれないようにそっと棚に戻す。


「俺の邪魔をするな」


 目を合わす事もせず冷たい声で言い放つ。

 お前には全く興味がない、そう伝えるように。

 

「もう! まだ怒ってるの? もう帽子は狙わないよ~! それに全然ハゲてないじゃん! 期待させて~このこのっ!」


 楽しそうに俺の肩を小突いてくるギャル。

 今こいつなんて言った?

 全然ハゲてないって言ったように聞こえたが。

 

「聞き取れなかった、今なんて言った?」

「え? まだ怒ってるの~って言ったんだょ」


「そこじゃない、その後だ」

「期待させて~このこのっ!」


「いや、もうちょい手前」

「全然ハゲてないじゃん?」


「それだ!」


 俺の聞き間違いではなかった。

 このギャル、俺の頭髪を見て全然ハゲてないと言った。

 ただの『ハゲてない』じゃない『全然ハゲてない』だ。

 全然という言葉がつく事で、よりハゲから遠ざかる。

 このギャル、悪い奴じゃないのかもしれない。

 

「それで、早乙女っちはここで何してるの~?」

「お前には関係ないだろう」


「冷たッ! ねえちょっと女の子に対して酷くな~い?」

「いちいち肩を小突くな」


 いちいち俺に触れてくるギャル。

 悪い奴じゃないかもと一瞬思ったが、鬱陶しいな。

 こんな場面を雪子に見られたりしたら勘違いされてしまう。

 まあでも雪子がこの時間にこんな場所にいるわけな――。


「何してるの?」


 今一番聞きたくなかった聞き慣れた声が俺の背後から聞こえる。

 ゆっくり振り向くと無表情の雪子がいた。

 こけしモードではない、そこにあるのは『無』だけ。

 雪子はこんな表情も出来たのか、可愛いな。

 いや待て、新たな雪子の表情にときめいている場合ではない。

 落ち着いて対応をしなければ。


「ちょっと買い物にな、雪子はどうしてここに?」

「今日花火だから、虫よけスプレー買いに来た」


 そう答える雪子の目からハイライトが消えている。

 明らかに機嫌が悪い。

 幼馴染の俺でしか感じられない程度の違和感。

 きっと、いや確実に誤解している。

 早く誤解を解かなくては。


「なになに~、君は早乙女っちの彼女?」


 俺が雪子に説明する前に空気を読めないギャルが先に余計な事を言いやがった。

 くそっ、今は一刻を争う時なのに。

 でも気になる。

 雪子が何て答えるのか、すげえ気になる。

 返事の内容によっては雪子の気持ちが分かるかも――。


「私はこけし、それ以上でもそれ以下でもない」


 駄目だ、全然分からねえ。

 どういう事だこれ。


「ぷっ! あははは! 面白い子だね~!」

「それで、貴方はワタルの何?」


「私? そうだな~! 早乙女っちの彼女候補かなぁ~! なんちゃって!」

「そうなんだ」


 雪子は振り向きその場を去って行く。

 このギャル、とんでもねえ事をしやがった。

 冗談でも今このタイミングで言うべき台詞じゃねえだろ!

 慌てて雪子の後を追いかける。


「あっ、ちょっ! 早乙女っち! もう……」


 後ろの方でギャルが何やら言っているがそれどころじゃない今は雪子だ。

 あいつは虫よけスプレーの会計もある。

 すぐに追いつけるはずだ。


 だが、雪子は俺の想像以上の速さだった。

 セルフレジで高速で会計を済ませた雪子は既に退店していた。

 レジに雪子の姿が見つからず、外に出ると雪子の後ろ姿が遠くの方に見えた。

 

 いくら何でも速過ぎるだろ。

 すぐに追いかけたはずなのに、どういう事だ⁉

 だが、ここで雪子を逃がしたら終わってしまう。

 全力で追いかける。


「ちょっ! 待てよ!!」


 何とか声が届く距離まで追いつき、呼び止める。

 雪子は俺の言葉に立ち止まる。

 だが、振り返ってはくれない。


「何?」


 いつもと同じように答える雪子。

 だが、確実に不機嫌なのが分かる。

 

「あのギャルの言ってる事は嘘だぞ」

「そうなの?」


「だから、雪子が気を使って帰る必要はないんだぞ」

「そうなんだ」


「一緒に帰るか?」

「うん」


 少し雪子の声が落ち着いた気がした。

 ゆっくりと俺の方に振り向く雪子。

 その顔はいつものこけしフェイスだった。


 いつもの学校の帰り道と同じ。

 一緒に歩いて帰る俺と雪子。


 だが、この時の俺はまだ気づいていなかった――。




 ――ドラッグストアにチャリを置き忘れているという事に。

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