第9話 権威

「平民、わたくしたちと無詠唱を使えない凡夫の違いはなんだと思う?」


 無詠唱が使える者と、そうでない者の違い。

 ここがゲームの世界である事を知っている私からすれば、『モブキャラじゃないから』というメタな発想になる。

 しかし、これはリゼットに言ったところで意味が伝わらない回答だろう。

 では、他にどんな答えが相応しいか。私は少しの沈黙の後に、それらしい答えに行き着いた。


「世界への干渉力の強さでしょうか?」


 私の答えを聞いたリゼットは、目を細めた。それから、「然り」と短く正解を告げる。

 魔法を発動する3条件の1つ『詠唱』は、世界の理に干渉するためのパスワードみたいなものだ。

 この場合、世界の理とは『セキュリティ』と言い換えてもいい。そして、パスワードを使わずにセキュリティを突破できる私たちは、管理権限の高いスーパーユーザーということになるだろう。

 では管理権限の違いは何処から来るのか、それに関しては今の私には答えが出せそうもない。

 

 (『ゲーム制作者がそうしたから』と言ってしまえばそれまでかもしれないけど、もうこの世界は私からすれば現実なんだ。そんな答えでは、どうにも味気ない)

 

 そんな私の想いをすくい上げるように、リゼットは言う。


「わたくしたちはなのよ。平民、その幸福と、力を持った者の責務を自覚なさい」


 私の隣を歩いていたリゼットは、立ち止まって私の目を見ていた。その瞳には、燃えるような使命感が宿っている。

 その気高さに、私は鳥肌が立ってしまった。

 これだ。これこそが私がリゼット・ベルナールを好きになった最たる理由なんだ。


 (ノブレス・オブリージュ。やっぱりリゼットって、ちゃんとした貴族なんだよね)

 

「やっぱリゼット様しか勝たん」


 私は思わずそんな事を呟いてしまい、目の前のリゼットに顔をしかめめられるのであった。


「どういう意味かしら?」

「失礼しました。今の話を聞いて、私の中でご主人様への忠誠がさらに強まったというだけのことです。お気になさらないで下さい」

「……お前は、もう少しわたくしを畏怖するべきね」


 そう言って、彼女は私を置いて先に歩き出してしまう。

 私は黙って彼女の後を追い、2人で食堂の中に入った。

 食堂の中は、昼食を食べに来た多くの学生たちで溢れていたが、リゼットが現れた瞬間に一瞬だけ時が止まる。

 そして、彼女が歩く先は、人垣が割れて道が開かれていく。


「平民、これが正しい反応よ」

「さすがご主人様。人徳のなせる業ですね」


 わざとらしく笑顔でそう答えると、彼女は小さく溜息をついた。

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