第3話 推しキャラに会う

 翌日の朝、私は堅い決意を持って寮の自室を出た。

 スカートを揺らしながら、早足に学舎の中庭へ向かう。


 (はぁ~、これまで普通のことだったのに。スカートの肌寒さが、やけに心許こころもとない)


 記憶を取り戻してからというもの、至る所に違和感を覚えてしまう。全く以て困ったものだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、突然声をかけられた。

 

「おや、君は、昨日の」


 声のする方を見ると、そこにはシャルルが居た。わざとらしく青いバラを片手に持って、中庭のバラ園の前に立っている。

 周囲にはそんなシャルルを見て、うっとりした顔の女生徒が何人も居た。


(コイツ、勝手に咲いてるバラをむしったのか? 王子だからって好き勝手しやがって。やっぱクソだわ)


 シャルルの評価を胸の内で下方修正していると、奴は私の方へゆっくり歩いてくる。

 

「今日は、落とし物はしていないようだね? ハハッ」


 (キモッ!)


 シャルルの芝居がかった言動が、どうしても鼻についてイライラしてしまう。

 ところで、私が中庭にやって来た理由は、このシャルルとかいうナルシストとは別だ。私からすれば、コイツは勝手に目的地の途中に立っていただけのモブ。

 しかし、周囲の女生徒からは、シャルルに話しかけられた私への嫉妬に狂った視線が送られていた。

 

 (そんなに話しかけられたいなら、ハンカチでも落としたら良いのに。たぶん喜んで話しかけに行くぞ、このハンカチ王子)


 それはさておき、一国の王子を無視するわけにもいかない。

 私は、嫌々ながらシャルルに返事をした。

 

「今急いでるんで、用がないなら、もういいっすか?」

「ふぇ?」

 

 間抜けに口を半開きにして、変な声を出すシャルル。

 特に用事はなさそうなので、私は奴を置いてバラ園の奥へと向かった。

 周囲の女生徒たちもポカンとした顔で私とシャルルを交互に見ていたが、知ったこっちゃない。

 私が本当に会いたい人物は、別にいるのだ――。


 バラ園の中のベンチに、1人の女性が座っている。私は、彼女の姿を見つけると、迷わず声を掛けた。


「リゼット・ベルナール……様、で、間違いないかな? ちょっとお時間よろしいです?」


 美しい真紅の髪。

 背中までまっすぐに伸びた、癖のない艶やかなその髪は、風に揺れると燃え盛る炎のようにも見える。

 鋭い光を宿す黄金の瞳は、気高さと、確固たる意志の強さを示していた。

 

 ただ美しいだけではない。

 その姿には一切の隙がなく、彼女が優れた武人であるとうかがえる。

 

 近寄りがたいほどの美しさと、触れれば傷つくであろう鋭さをあわせ持った孤高の薔薇。

 彼女の名は、リゼット・ベルナール。


「平民風情が、わたくしにどんな御用かしら?」


 プリブスにおける、いわゆる悪役令嬢である。

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