41 最後の時間稼ぎ
あれほどの力を持った人物が、動きを封じられてしまうほどの凍結。至近距離でまともに受けたら、身体に大きな影響を与えることは間違いない。僕の考えていることを先回りするように、ザーディスさんが手元から小さなガラス瓶を取り出す。
「凍結に効くポーションは常備している。まさかこうなるとは思いもしなかったが」
急激に下がった体温を安定させ、身体の表面を守る効果があるらしい。飲ませるのでなく直接かけるタイプなようで、彼は瓶の中身を頭からかけていく。一本丸々使って、やれる範囲で処置をしてくれたようだ。
すぐに震えていたゴルドの様子が落ち着き、ザーディスさんに武器を向けられる。しかし逃げる様子はなく、周囲を軽く見渡した後、僕にも聞こえるくらいに大きなため息を吐いた。
「はあ……ンン、まさか生きているとは。いやはや、非常に残念です。こんな方々に膝をつくとは」
「アンタがどう思ってようがなんだっていいのよ。で? 一体アンタは何なの?」
「私の身分に嘘はありませんよ。魔王軍の幹部です」
「その魔王軍ってなんなのってことよ! 薄いのよ説明が!」
シルフィーナさんは何も知らずに戦ってきた。突然の情報に疑問を抱くのも無理はないけど、これに関しては僕らでも説明できるし、敵に直接尋ねても正確な答えが返ってくるか怪しい。
ここは僕が、と口を挟もうとするが、意外にもゴルドは会話に乗ってきた。
「現在の王政に不満を持った貴族が、魔物を従えるスキルを持つ者を集め作った組織……と言えばいいでしょうか」
「わざわざ内情を話すとはな。なんのつもりだ」
「槍を突きつけるのをやめなさい、ザーディス。話しづらいでしょう」
まだ余裕を見せるその姿に、ザーディスさんも苛立ちを抱いているようだ。しかしまあ、本人にやつあたりをしても何もないと彼もわかっている。無駄に攻撃するような真似はしないだろう。
シルフィーナさんの方は受け取り方も違うようで、それ以上質問を続けることはなかった。あの説明だけで納得したとは思えないけど、視点の違いからくみ取れた情報も違うのかも。なにせ王都の人間だし。
「私のスキルはもう元の力に戻りましたし、竜はもはや誰の命令も受け付けません。どうです? 墜落するまで、私はなんでもお話しますが」
先ほどからの余裕は、既に計画の成功が確定しているという点からか。多分、万が一に竜を止められる可能性があったもの……僕を警戒して、時間稼ぎに徹しているのかも。
なんでも話すというのなら、ギリギリまで利用させてもらおう。
「アーティファクトを奪われたというのに、やけに余裕ですよね。僕はまあ置いておいて、シルフィーナさんやザーディスさんが使えば、落っこちてくる竜を止めるくらいできそうですが」
「ふふ。やめておきなさい、時間の無駄です。増幅の指輪は力だけでなく使用する魔力も増えます。身体が持ちませんよ」
「あなたは結構元気だったじゃないですか」
「魔法を操るスキルとは違いますからねぇ。効果範囲も狭く、元々あまり強くなかった身です。使用量は増やして人並になった程度ですよ。それに、まず指輪に慣れる時間が必要です」
なんでもかんでも使いたい放題とはいかないわけか。戦闘の後だし、どっちに渡しても危険が伴うと考えてよさそう。つまり、敵に奪われたところで問題はないということ。……なんとなく、状況が掴めてきた。
最初からゴルドが話している通り、僕と戦ったことは完全におまけ。勝っても負けてもどちらでもよかったんだ。重要なのは、僕が計画を邪魔するかを判断すること。この態度だと、何もできないと思われているのは間違いない。
そして増幅の指輪。多分、竜を従えて強制的に指示を与えるという目的に必要だったのであって、それ以降はもう必要じゃない。誤算といえるのは、それが僕の手に渡ったということか。活用はできないと思われているし、誤算というより気にも留めていないと言った方がいいか。
計画の始まりや魔王軍についての概要はよくわかった。一応、竜を目視で確認できないか空を見上げてみる。真上には魔物の影も形もない。
「心配ですか? 顔色もよろしくないようだ」
「もちろん。ただ、今はあなたの話の方が大事です」
「ほほう! 町のことはどうでもいいと?」
「どうでもよくないから、ギリギリまであなたを利用してるんですよ」
「これまた大きく出ましたねぇ。どうするか見ものです」
町のことを諦めたわけでは決してない。ただ、今頭にあるのは成功するか曖昧な、ギャンブルに近いアイデアだけ。どこに落とすのか、どんな大きさなのか。探れるのなら探りたいところ。
「ゴルドさんがこんな目に遭っているのに、誰も助けに来ないんですね。案外冷たい組織なんでしょうか」
「当然です。計画のためであれば、私だって切り捨てられますよ」
「この指輪を任せられるぐらいですし、切り捨てるのは惜しむ気がしますけど。それにしたって、静かじゃないですか? 一応大通りなのに」
僕たちを試すということはつまり、計画の邪魔すると判断した場合の備えもある。そう思って聞いてみたけど、答えてくれるだろうか。
ゴルドを無力化させた瞬間、油断したところを攻撃……みたいな、不意打ちもなかった。全く慕われていないか、ゴルドの独断による行動だったか、そもそも計画に回す人数がギリギリで手が回らなかったか。可能性は色々ある。
「本当に万が一の可能性を試しただけですよ。町の冒険者を散らせるための魔物には余裕がありますが、私を助けるための人間はいません」
「まだ町の外では戦いが続いていると?」
「ええ。町に戻られては困りますので」
ザーディスさんは勢いが削げたと言っていたものの、それは一時的なものだったらしい。騎士だけで手が回らない状態にするのが理想、ということだろう。
かなり情報を漏らしているものの、ゴルドの態度は全く変わらない。疲労を見せたのは氷が解けた一瞬だけで、後は余裕の態度を貫いている。きっと、僕含め3人の全員が、竜を止める手段を必死に考えているはず。それを見て、楽しんでいるに違いない。
「しかし、人は来なくとも、魔物は来るかもしれませんね。そこそこの数を運んできましたので、騎士たちだけでは対応が追い付かないでしょう。忙しくなってくる頃合いでは?」
「そうですか。……シルフィーナさん、町の魔物を頼みます。ザーディスさんはこの人の監視を続けてもらうつもりです」
「落っこちてくる竜はどうするのよ?」
「賭けになりますが、なんとかします」
「そう。……まあ、信じるわよ。どの道あたしには止めようがないし」
彼女は魔物に対してであれば、僕よりも経験豊富で断然強い。ゴルドの監視には彼で当たってもらうとして、僕は竜をどうにかする。それが今のベスト。
「おやおや。行動しないと不安が収まらなくなってきたようですね。もはや私よりも体調が悪そうだ」
「ええ、はっきり言ってかなりしんどいです。何せ、町中の敵意が頭の中になだれ込んでくるんですから」
「……はい?」
「自分でも言ってたじゃないですか。慣れるまでに時間が必要、って。ちょうど今、町の真上に到着したようです。かなりの高度ですし、気づかれなくても無理ないですね」
「……まさかこの短時間で」
「そういうことです。場所はわかりました。あとは……まあ、なんとかしますよ」
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