39 無理だと叫ぶ者

 ドラゴンだとかワイバーンだとか、そういう名前は記憶にある。空想の生き物で、実在するとは思ってもいなかった。まさか本当にその竜のことを言っているのか?

 これまで見た魔物なんて、動物とそれほど違いはなかったし、あったとしても強くはなかった。単純に火を吹くだけでも厄介極まりない。


「私もテイムスキルを持つ選ばれし者。しかし、ランクがレアの中でもあまり実力がなく……幹部まで成り上がれたのは天からの才能ではなく淡々と仕事をこなしたからに過ぎません」


 語りだしたゴルドは、右手にはめた奇妙な指輪を空に掲げ、声を張り上げる。


「ですが今の私には“増幅の指輪”があります! 誰にも負けぬ剣の才と、強力無比な魔物を従え、我らが魔王を新たなる王にするのです!」


 あまり関わりたくないタイプの人間だ。警戒心が働くというか、何か罠が仕込んであるような気がして、迂闊に手を出せない。現状のゴルドは目立った戦闘を見せていないので、指輪そのものが嘘で、ただ叫んでいるだけかもしれない。


「あの、いるんですか? 竜とかドラゴンって」


 そもそもの疑問。連れてくる前に存在するのか。近くのどちらに問いかけたわけでもないが、答えてくれたのはシルフィーナさんで、少し驚いてしまう。


「グリンヴェールからかなり東に山岳地帯があって、そこにドラゴンが居るとは聞くわ。丁度バルトヴェール家の領土が近いし、ありえない話じゃないかも」

「……やっぱり強いんでしょうか?」

「種類によるわね。そこのドラゴンは温厚で、大きい体格のわりに大人しいそうだけど――はあ、そういうこと」

「落とす、って言ってましたもんね」


 警戒を町の近くと真上に向けて、空を飛んで向かう竜に気づかないようにでも工夫したんだろうか。大きい生き物を町に墜落させるのが一番の目的なら、気性や強さは関係なく、体格だけを気にするだけでいい。

 それは今どのあたりを飛んでいるんだ? 場合によっては、既に上空でタイミングを見計らっているのかもしれない。


 対処を考えなければ、と思うわりに、どうしていいのかがわからない。目の前に立ったこの男を気絶させれば解決するのか。落ちる竜がどこにいるのか把握できていないのだから、仮に支配を逃れてもリスクがある。


 ぐるぐると巡る思考。あらゆる可能性が僕の進みを止める。そこを突くようにゴルドが口を開いた。


「無理なんですよ、チヨリさん! あなたは所詮普通の人間だ。人より優れたスキルを授かっただけで、それを活かそうともしない! あなたには止められない!」

「耳を貸すな、チヨリ君。ゴルドはああやって組織へ引き込むことだけを考えている」


 ザーディスさんが僕の肩に手を置く。もっともらしい言葉を述べて、正常な判断をさせないようにしているだけ。真に受ける必要はないのに、相手の声はするすると耳に入って来る。


「誰かを助けたい、町を守りたいなんて考えをしているのでしょうが……ンン、あなたは結局重要な場面で何も行動を起こせない」

「だから何だっていうんですか」

「わかりませんか? あなたは……隙を見せぺちゃくちゃと喋る敵を! 竜が迫るという時間制限があるにも関わらず! 自分から攻撃しないんですから!」


 たじろいでしまった僕の隙を見逃さず、ゴルドはまだ、“ぺちゃくちゃと”喋り続ける。


「薄すぎる過去からあなたが意図的に隠しているかと疑っていましたが、ええ、普通の人間そのもので安心しました。あなたはしかできません。自分から殴りかかろうとすらしない! 行動を起こせないんですよ!」

「……っ」

「あなたは我々に勝てません。全ての責任を背負い、大罪を犯した者として破滅を迎えるのです。希望を手にするなら……私と共に来なさい」


 ゴルドは手をこちらに差し出す。向こうの言い分はまあ、色々とまくし立てて、自分の組織に入ってもらおうとしているだけ。

 そう感じているのに、どうして僕はこんなにも不愉快な気分になるのだろう? ゴルドの言っていることが的を得ているからか? 図星だから、本当のことを言われたから。そう決めるには早い。


 気が付けば、ナイフを強く握りしめていた。ゴルドは余裕を崩さない。自分の立場が上だと本気で考えている。

 横の2人も、僕と同じようなことを考えている表情だ。挑発ともとれる言葉に乗るかどうか。僕はもう、自分の考えを決めている。


「あなたと話すことはありません」

「ほう。戦いますか? もし私を倒しても、竜が落ちるのは止まりませんよ。あの竜はもはや魔王軍の忠実なしもべ。私から与えられた仕事をこなすための存在なのですから」


 どのみち止まらないのであっても、今はゴルドの行動を止めた方が絶対にいい。竜を落とすルートと場所はおそらく決まっていて、きっとまだ時間はある。

 僕が計画を邪魔する可能性を考慮しているのであれば、僕を無力化する余裕を計画に組み込むだろう。彼を倒してから、考える。


「あのでかい鳥を頼みます!」


 僕はそのまま左手でナイフを構え、真正面から突撃する。それを皮切りに、シルフィーナさんやザーディスさんも行動を始めた。


 ゴルドはガルーダへ指示を飛ばす。立ち向かう僕へ対面するものの、すぐさま飛んできた風の刃が羽を切り裂いた。恐ろしい切れ味に気をとられそうになるが、そのまま走り続ける。

 追撃を嫌ってか、ガルーダは激しく羽ばたき地上を離れた。羽が舞い散る中、ゴルドへの道が開かれる。ナイフを逆手に持ち替えて、武器を破壊しようと企んだ僕だったが、ゴルドは剣を鞘から抜こうとしない。


 その一瞬、僕は息をのんだ。相手が武器をとらなかったのなら、ナイフで人を切ることになる。殴る蹴るといった行動に多少慣れはしたものの、刃物で切り裂くなんてことをする勇気は、まだない。


 ならばと、僕はナイフを腰の剣へ向けて投擲する。スキルを使った全力、ありえないほどの速度で放たれたナイフは、剣を腰から切り離すものだと思っていた。しかし。


「いいんですか? 武器を捨ててしまって」


 金属がぶつかったのはわかったものの、鞘から放たれた太刀筋の速度に目を奪われた。凄まじい速度の一閃で、ナイフを弾いたんだと思う。曖昧なのは、自分の目を疑っているから。


「あなたの身体強化は強力なようですが……ンン、こちらの剣術も強くなっていましてね。剣を振るう単純な力すら常人を超えているのですよ」


 力比べでは僕と同等なのかもしれない。武器がある分、向こうの方が有利か。

 ……ここに来て初めての経験かもしれない。戦いの場において、勝てないかもしれないと考えるのは。女神から与えられたギフト。僕の中に秘めている特別。本当に敵わないのか。


「こちらから行きますよ」


 来る。呼吸をする間もなく、ゴルドがこちらへ距離を詰める。スキルのおかげで、反応して身体を動かすことはできた。けれど一振りを十分な距離をとることは不可能で、動きを読まないと無傷では済まない。


「くそっ――!」


 多くの選択肢が逆に僕を追い詰めた。迷いが遅れを生み、傷を覚悟した時。ゴルドの動きがぴたりと止まる。

 地面から斜めに向けて、鋭利な氷柱がゴルドの方へ伸びていた。瞬間、僕は思い出したかのように呼吸をする。


「俺もいることを忘れてもらっては困る。今この場所からは、ガルーダとゴルドをどちらも見られるからな」


 彼は珍しく大きな声で、響くように話す。ザーディスさんの支援が加わり、ようやく動けるようになるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る