28 あの場所にもう一度
辺り一面の床が元に戻る。僕はようやく呼吸のやり方を思い出したかのように、荒く息を吸って、吐いた。強敵。ただその一言に尽きる。魔力が切れるということが無ければ、危なかったかもしれない。
彼は直立したまま動かなかった。敵意がなくなったのを感じたので、目視で周囲に魔物がいないか確認する。日没しかかっているため薄暗く、対して遠くは見えないが、追撃の気配はない。
「俺は終わりだ。気になることは山ほどあるだろう。全てを話すから、あそこに戻らせてくれ」
力なくそう話すのを聞いて、はい、と答えることしかできなかった。ふらふらと小屋に向かうザーディスの後を追い、小屋の中へと戻っていく。
彼は壁へもたれかかるようにして座り、僕は少し距離をとって、部屋の真ん中に座る。まだ槍を握ったままだ。
「君はこれから、標的にされるかもしれない。巻き込んでしまってすまなかった」
「それはまあ、いいです。あの、魔王軍の話って、表向きの理由ですよね。一体何なんですか、その組織って」
「ただ魔物を従えた犯罪者集団だと思えばいい。しかし……背後には王都のある貴族がついている。今は事を起こしていないが、近いうちに本格的な活動を始めると聞いた」
「本格的な活動っていうのは?」
「グリンヴェールを落とす。次に王都だ」
「ええっ!?」
落とすって、陥落させるって意味だよな。まさしく、魔物の軍隊で攻め入るってことだろうか。
「……できます? そんなこと。強い魔物がいる場所に町ができるなんて思えないというか。パッと見ただけですけど、冒険者だらけですよ、ここ」
「言いたいことはわかる。俺も聞いただけだし、現実的じゃないと思っている。ここ周辺の魔物の量や質の関係なしに、影響力を示す計画があるんだろう」
「どうしてこんなに教えてくれるんですか? 企業秘密みたいなものでは」
「巻き込んだ責任がある。最終的に君が死んでしまったら、結局のところ俺が人殺しになるからな」
そういうものなのか。だったら最初から巻き込まないでほしい、とも思ったが、それは違うかもしれない。僕が盗賊を捕まえたからこうなっている、という可能性もある。あの段階から、事は始まっていたのかも。
「あなたはなぜ魔王軍に? その、そう見えないというか」
「……恩がある。支援を受けたんだ」
ザーディスさんは、自分の過去を語り始める。興味があるわけではなかったけど、最期の言葉を振り絞っているように感じた僕は、黙って静かにしていることしかできなかった。
「この国から遥か西、小さな村があった。俺はそこで生まれたんだ。小さくて正確な年は覚えていないが、そこは魔物に襲われて滅んだ。その時に、俺は母を失った」
想像していたより、壮絶な経験をしてきたようだった。彼は自分の過去を語り続ける。
父と村から飛びだし、転々と場所を移して生活していたが、途中、父を病気で失う。両親から教わった自然の知識だけで、王都を目指し続けていたそうだ。想像もつかない。過酷な旅だっただろう。
彼は表情の変化に乏しいが、そうなったのも過去の出来事が原因なのかもしれない。胸を痛めることしかできない自分が、無力に感じた。
「その時だ。俺は偶然、ある魔物使いに助けられた。生活から何までの支援を受け、王都の学校に通うこともできた。子供ながらに怪しさを感じてはいたが、案の定魔王軍に引き入れるためのものだと知り、失望した」
「うわ、身寄りのない子供を引き取ってるパターンですか」
「ああ。よくある手口だ。18歳、俺が氷魔法のスーパーレアスキルを授かった時、もう一度勧誘があったんだ」
「改めてってことですか」
「冒険者になり、組織の支援をしろとな。当然、俺に対しての見返りもある。俺はそれを……了承してしまった」
魔王軍は子供に支援をする際、必ず
少し、繋がってきたような。帰還の指輪をちらつかせたのは、ザーディスさんがそれを求めていたから。闇の頭領について知っているのも、その人が目的のものを持っていたからだろう。
「故郷で過ごした記憶はあるが、もう昔だ。どこにあるかなんて覚えていない。ましてや、誰も住んでいないだろう」
「だから、あの指輪が必要なんですね」
これまで水面下で活動を続けていたが、つい先日、“アーティファクト”とやらを手に入れたことで、一気に計画が進みだしたそうだ。そのタイミングで、シエルの町を探っていた闇の頭領が捕まったと聞き、ザーディスさんが調査していたとのこと。
情報の伝達は、主に空を飛ぶ魔物に行わせていたらしい。……なるほど、どうりで鳥の魔物をよく見かけたわけだ。
一通り話し終えた彼は、がっくりとうなだれる。窓もなく暗い室内に、重い空気が漂う。彼の声は、次第に弱々しくなっていった。
「……おかしいことを言っているのは分かっている。……間違った俺を、許してくれないか。いつからか道を踏み外した俺を、許してくれないか」
「それは――」
「どうしたらいいのか、わからないんだ。すまない。本当にすまない。一言でいいんだ。許す、と言ってくれないか」
すがるように僕のズボンを掴んでくる。僕は、すぐに言葉で反応できなかった。彼の苦しみや後悔が、痛いほど伝わってくる。……僕までがそれに飲み込まれてしまっては、いけない。
「ザーディスさん。僕があなたを許すことは、意味がありません。あなたが、自分自身を、許すしかありません。間違った過去も、今も」
「……すまない」
「僕は、そう伝えることしかできないんです。けど、この指輪なら、そのお手伝いができるかもしれません」
僕は指にはめていた帰還の指輪を外し、だらりと力の抜けた彼の右手にはめる。
「ひびが入っていますが、人を1人移動させるぐらいならできます。これが帰還の指輪です」
「何を、言って――」
「故郷を見たいなら、見に行ってください。……ほら、ランタンです。油はちょっとあります。今、灯をつけますね」
彼は呆然とした目で、自分の指にはめられた指輪を見つめていた。宝石を触ったり、形を確かめたり。
……なんとなく、ソフィアさんがこれを僕に渡した理由がわかった気がする。持っている場所が特定されてしまう、というのを避けたかったのかも。個人的に渡せば、僕が持っていることが明かされることはない。
「スキルを使う時と、使い方は同じです。念じればその通りになる。ほら、ランタンを持って」
「俺に何を求めているんだ」
「じゃあ指輪は絶対返してください。それでいいでしょう?」
ザーディスさんが目を瞑ると、指輪に力が集まっていくのを感じた。宝石に光が集まり、最も強く発光した瞬間、彼の姿は跡形もなく消える。
……なんか、渡した方がいいと思って渡しちゃったけど、帰って来るかな。まあ、いいか。求める人の手に渡る。いいことじゃないか。
とはいえ返してもらえないと困るので、残していった槍を片手に小屋の物色を始める。待っている間の暇つぶし……いやいや、罠がないかとか。そういう確認。
人が住むため場所でないことは、配置されている家具の少なさや、物資の少なさから察せられた。組織のために建てた仮の拠点とか、そんなところだろうか。
念のため調べられる範囲で探したが、罠も特になく、安全であることはわかった。内がわかったなら、次は外かな。そう思い、軽くドアを開けてみるが、もう暗くて調べられそうにない。
最悪のパターンとして、ここを魔物が襲撃するということがある。しかし、夜中の森を進み町を目指すのも危ないような。一番近い東門も、夜に行きたくない。
少し休み、今日はここで寝泊まりするかと考える。どうせ待たないといけないし。帰って来るのかわからないけど。
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