2章 グリンヴェールの魔王軍
僕は冒険者になれない
24 無力なチヨリ
「うわっ、見てくださいよ。あの鳥大きくないですか?」
「巨大カラスですね。たまにうちの村でも見かけますよ」
景色の移り変わりを感じようにも、途中から木々植物ばかりで飽きてきた僕は、わずかな変化に飢えていた。森林の匂いを全身で浴び、穏やかな気分のまま道を進んでいく。かなり人の手が入っているおかげで、安心して進める。
実際のところ、地図がなくともまっすぐ道沿いに北へ行けば次の町に到着できるらしい。途中で曲がってしまっても、なにかしらの村や集落に当たるそうなので、迷子になる心配はなかった。
歩いてもう2日目になる。丁度目標まで半分は過ぎ、グリンヴェールの町を覆う森林地帯に入っている。シエルの町と行き交う人も多いのか、定期的に人とすれ違う。なんなら、護衛をつけ荷車を運ぶ馬車も見かけた。
「大きいカラスが魔物なら、小さいカラスも魔物なんですか?」
「おおよそ、積極的に人を襲うかどうかで判断されますね。なので、普通のカラスは鳥なんですよ」
教えてくれたことに対して礼を言う。もう何度セラさんに質問をしたか数えきれない。シルフィーナさんは「面倒だから任せるわ」と言って、中々喋ってくれなかった。なので、僕の質問は全てセラさんに向かう。答えてくれて感謝。
幸いなことに、現状は魔物に襲われることなく歩けている。そもそもとして、これだけ人が行き交うのであれば、比較的安全な道であるはず。
さっきのように空を飛んでいる魔物も、地上に下りて襲い掛かって来ることがない。報復されると学習しているのかも。それか、人を襲う以外にもやることがあるとか。
「気を抜くんじゃないわよ。ここからはちょっと危険なんだから」
彼女が言うなら、そうなんだろう。返事をして気を引き締める。ついつい生き物を目で追ってしまっていたが、ここからは観光気分ではいけない。
元々観光というわけではないが、こうして徒歩で町と町を移動した記憶がないため、気が緩んでいるところがあるのかも。何か移動手段があったような気がするけど……。
どうにか役に立てないかと、集中して敵意を探ってみるが、何も反応がない。人が発するとすぐに頭や肌で感じ取れるのに、ここまで反応がないと、不安になってくる。魔物に対して本当に無力だと、全く役割がないじゃないか。
その不安がはっきりとしたのは、日没してからだった。野営の跡がいくつかある場所を見つけ、ここで一晩を過ごそうという話になる。異変を真っ先に感じ取ったのは、スキルによる感覚でなく聴覚。
「……はあ、ツノシシね。しっかり後ろにいなさいよ。一応アンタ依頼主なんだから。セラ、明かりはあたしが腰につけとくから」
草をかき分け現れたのは、僕の腰あたりほどの高さがあるイノシシ。見たことがあるような姿をしているが、やや鋭利で短い角が生えていた。こちらを向いて、唸りながら鼻息を荒くしているのを見るに、攻撃する意思はあるらしい。魔物という扱いなのもあって、狂暴なのかも。
シルフィーナさんは剣を抜き、ゆっくりと、歩くように距離を詰めていく。刺激をしないようにだろうか。ただ、素人目に見ても、相手は既に怒っているような。
獣らしい叫びをあげ、助走もつけず、魔物はシルフィーナさんへと突進を仕掛ける。彼女が動くより早く、隣のセラさんが僕の腕を引っ張る。突進の軸と位置をずらすのか、と理解した時。
「荒ぶる風よ、我が剣に宿れ」
落ち着いた声でそう唱えると、シルフィーナさんの持つ剣に力が集まっていく。ここで初めて、シルフィーナさんが魔物に対して発する敵意を認識できた。見守ることしかできない僕を後目に、両手で剣を握る。
角が身体に迫ろうとする寸前、ひらりと突進をかわすと同時に、魔物の首あたりを大きく縦に切りつける。豚のような悲鳴をあげた後にツノシシは勢いを失くし、木の幹を揺らすと、力を失ったように倒れた。
「はい、終わり。大した相手じゃなくて良かったわね」
ひどく簡単に倒したように見える。けれど、普通の人間ができることじゃない。身体を鍛え、武器の扱いやスキルについてを学んだ末に、ようやく成せること。
もしあの突進をまともに受けたらどうなるだろう。大けがで済めばいい方か。人と人との戦いではなく、こうした生き物との命のやり取りを見て、真っ先に抱いたのは、恐怖だった。
訓練すれば、今の相手に勝てるだろうか。もし勝てたとして、他にもっと強い魔物がいることは明確だ。
「とんでもないところに来ちゃったな……」
「冗談でしょ、こんなの雑魚も雑魚よ」
野生の生き物に襲われるなんてこと、経験した記憶がない。なんなら森を歩き続けたこともない気がするけど、それも含めて、衝撃の連続だった。
「初めて魔物を見ちゃったみたいな顔して。……見たことないの? 一度も?」
「ないですよ! 一度も!」
アンタどっから来たのよ、と魔物が出た時より驚かれる始末。どちらかというと人の起こす事件の方が多かったような。自然も少なかったし。
ついさきほど魔物に襲われたはずなのに、何事もなかったかのように野営の準備は続く。作業になれていない僕も、気持ちの整理がつかないまま、冒険者2人の指示に従い手伝っていた。
テントを張る、火起こしをするといった作業。普段使わない筋肉を使っているからか、手もひりひりするし、腕にも疲労が溜まる。スキルが使えたらどんなにいいか。結局、へばってしまうのは僕が一番早かった。
この世界の人、体力多くないか。冒険者を目指していたからなのかもしれないけど、セラさんはかなり慣れた様子だし、重い物を運んでも全然息切れしてない。逆か? 僕が少なすぎるのか?
早めに休憩をとらせてもらいながら、魔物が倒れた方を見つめる。そういえば、完全に放っておいて大丈夫なんだろうか。腐ったり、臭いを発したりとか。セラさんに聞いてみる。
「大丈夫ですよ。魔物の身体は普通の動物と違って、死んでしまうと形を保てなくなるんです。見に行ってみますか?」
「……いや、いいです。魔物に魔物が寄って来る、みたいなことがなくて安心しました」
「今思えば、人を襲うよりわかりやすい違いでしたね。食べられないし、素材も使いものにならない。困った生き物ですよ」
また戦いになるのでは、という不安は解消された。息をつく暇もなく、シルフィーナさんに呼び出される。食事の用意ができたらしい。
ただ、魔物に襲われてからの僕は、どことなく上の空だった。簡単な料理も美味しく感じたものの、あまり食欲は湧かなかった。心ここにあらず、という感覚。
2人に頼んで、早めに休憩させてもらうことに。念のためと交代で寝ることになったが、僕は起きなくてもいい、と言われた。護衛の依頼主なので見張る必要もないのか。礼を言ってテントの中に入り、ふわふわとした土を布越しに感じる。そして、その場にへたりこんだ。
この世界の人からすれば、弱い魔物に襲われただけ。けれど、僕はなぜこんなにも揺さぶられているのか。理由はなんとなく理解していた。
「……期待、してたのかもな」
力を得てしまったから。危機をスキルで乗り越えたから。
思い浮かぶことはいくらでもある。そして、僕のスキルは
でも、どこかで期待してしまっていた。力があった分、なおさら。ちょっぴり、いやそこそこ。自分のことを、特別だと思っていた。
涙を流すようなことではない。ただ、残念だった。
難しい疑問だ。きっと、この世界の人々は誰もが考えるのだろう。自分のスキルは、何のためにあるのかと。そう考えると、少しだけ沈んでいた気持ちが晴れた。どことなく、この世界で生きる人に近づけたのかなと思ったから。
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