21 最後の記憶
僕は明るい色の服が好きだ。でも、生まれてすぐそうだったわけじゃない。むしろ、苦手だったような記憶がある。記憶をかきわけるように、より深く考えていく。
明るい色の服を好んだのは、父だった。派手な性格でも、遊びが好きなわけでもない。ただ、着ている服のように明るい人で、僕は子供ながらに芯の強さを感じたのを覚えている。
父はよく、僕にこう言った。「千縁には明るい色の服が似合うよ」と。小さい僕は、それを受け入れることはなかった。黒やグレー、白といった、地味な服を着ていた記憶。千縁もきっと好きになる。そう言って、父はただニコニコと僕を見守っていた。
母の服は、華やかではあったものの、明るすぎるものではなかった。ただ、アクセントに彩度の高いピンクや、赤色のアクセサリーを身に着けていた気がする。
僕はそれを見て、綺麗だね、と言ったことがあった。母はそれを聞いて照れくさそうに笑い、こう返す。
「〇〇さんに押し切られちゃったの」
父の名は思い出せない。けど、それは父の影響だった。母さんにも、「〇〇には明るい色の服が似合うよ」とよく言っていたはず。そう、それに、よく母の買い物に付き合っていた。絶対似合う。そう話す父の姿が浮かぶ。
その後、僕に変化が訪れたのは、14歳を過ぎた時だっただろうか。
何も変わった気はしない。けれど、明るめの緑色の服を見て、着てみようかな、と思ったんだ。その時、父の姿をイメージしたのを覚えている。なんとなくだった。なんとなく、それを受け入れられるようになっていた。
父にその話をすると、そうかそうか、と、しみじみとしていた記憶がある。大分早かったな、とも言っていた。
僕はその時、これまで聞かなかったことを尋ねていた。どうして明るい色の服が好きなのか。すると父は、負けないためだ、と言った。
「色から力をもらっているんだよ。千縁は、つらいな、しんどいなって感じている人が、明るい色の服を身に着けているように思うかい?」
「ううん。というか普通の人も着ないよ」
「そうかもね。でも、父さんはそういう気持ちに負けないために、エネルギーに満ちた服を着てるんだよ」
僕はその時、父さんにもつらいことがあるんだ、と思った。そういう素振りを見せなかったから、わからなかった。しかし、僕の考え方は確実に変化を迎えていたと思う。それから僕は……
派手な服を着ていた。両親は、そこまでしなくてもいいよと言う。でも僕は、いつしか胸を張っていた。これが好きになったんだ。どこか考え方も明るくなって、人と関わることも増えた。ついでに引かれることも増えた。そう、それで――
寝ていないのに、目が覚めたような感覚になる。意識が現実に戻って来た。僕はカラフルなインクをぶちまけたようなデザインのTシャツを手に持ちながら、ボーっと突っ立っていたのだ。
懐かしい、思い出。しゃぼん玉が弾けたかのように、もう元の形を思い出すことはできない。自分はついさっき一体何を考えていたのか。
「お客さん、その服が欲しいのかい? 派手過ぎて買い手がつかないもんだから、安くしとくよ!」
「へっ? ああ、ありがとうございます! 他にズボンも含めて何着か欲しいんですけど、同じように明るい服はありますか?」
まかせな! という威勢のいい声で、店主さんは店の奥へと入っていく。すぐに上下セットで何着か持ってくると、デザインを見せてくれた。どれも明るいし、他じゃ見かけない独特なデザインだ。
気に入ったので下着やズボンも探してもらうと、派手な色のものをいくつか出してくれた。肌触りを簡単に調べ、会計に向かう。
「今時、こんな服が売れるわけないって思ってたんだ。けどまあ、うちの旦那の言う通りになっちまったね」
ほい、銀貨4枚だ。店主さんの言葉を聞いて、先ほどのお釣りを使って支払う。なんとなく、旦那さんが言っていたことが気になったので、聞いてみることにした。
「服の力を知ってる人は絶対にいる、って譲らないのさ。お客さんみたいな人だろうね」
「そうかもしれません。これで丁度です。……良ければ店主さんも」
「明るい服を着てみろ、だろう? はっはっは! そこまでウチの旦那と同じとはね!」
店主さんの笑顔につられて、僕も照れるように笑った。過去とのつながりを感じたことにお礼を込め、軽く頭を下げて店を出ていく。僕にとっては、どんな攻撃をも受け止める鎧より、頼りになるものを買えた。そんな気がする。
店の外にでて、とりあえず空を見る。この世界の人は、時間をどうやって確認しているのだろう。見逃しているだけで時計があるのかもしれないし、もしかしたらさっきの店内で確認できたかも。
太陽はちょうど真上にあるので、今はお昼に入ったところだろうか。食べ物を片手に道を歩く人もいるし、合っているはず。
今のところ明日まで自由時間ではあるが、今日はまだひとつやることがある。リックさんにも賞金のおすそ分けをしようと思っていたところだったので、今から住宅地へ向かおうと決めた。今日は休みだと言っていたので、家にいるんじゃないか。
様々な建物から漂う美味しそうな香りを振り切り、重たくなった荷物を背負いながら、通りを進んでいく。僕もようやくこの世界の住民らしくなってきたのかも。
人のピークは朝から昼にかけて、それも広場から協会あたりに集中していたようで、リックさんの家に近づくにつれ、人は少なくなっていった。息もしやすくなったというか、歩いていて疲れないのがいい。
何度か立ち寄ったので、迷うことなくリックさんの家へと到着。一晩過ごしたからか、すっかり見慣れた安心感があった。
軽くノックをして、自分の名前を伝える。中で物音がした後、鍵の開く音がした。
「早い再開だな、チヨリ。なんか見つけたのか? ……てか、だいぶいいカバンじゃないか。思い切ったな」
「お礼を渡したくって。これです」
冒険者組に渡したように、リックさんに小袋を手渡す。重量感のあるそれは、彼の手に渡った後、じゃらりと音をならした。「重っ」と呟いたリックさんは、中身を確認し驚愕する。中で話すぞ、と言われ、僕は玄関に引きずりこまれた。
「おいおいおいチヨリ、なんのつもりだ? ここまでされる覚えはないぞ? 何枚入ってる?」
「25枚です。4つにわけて、1つだけ取っておいたら、あとはお世話になった人に渡そうと思って。リックさんの場合、鑑定のお礼と、泊めてくれたお礼と、道具のお礼と……」
「だーっ、わかったわかった。今後しばらくはタダで鑑定してやる。前払いだと思っとくよ」
あのな、という前置きの後、リックさんはこう説明する。
「チヨリが渡した2人は優しかったから言わなかったんだろうけど、金貨25枚はポンと渡すような額じゃないし、そもそも金なんて直接渡すもんじゃない」
「……薄々感じてました。実感はなかったんですけど、結構な額だってこと。こんな形で返すことになってしまって、すみません。でも、僕が持っているよりかは、あなたに使ってほしいんです」
「別に謝ることじゃあ……。チヨリだって、たまたま手にした大金を手放すのが惜しくないのか? こんな機会もうないどころか、次からは女神様に“賞金稼ぎ”っていう職業認定されるかもしれないんだぞ」
ごくごく当たり前な反応だと思う。リックさんの主張に対して反論するつもりはないが、僕の考えを述べ始めた。
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