散財、シエルの町

18 散財、開始

 あの戦いの後、僕は一旦別の部屋で、指定した量に金貨を分けてもらっていた。ちゃんと100枚あるかどうかも確認しつつ、別の袋にわけてもらう。袋がなかったので要求したり、一緒に確認してほしいとお願いしたりしたが、どれも真摯に対応してくれた。


 優しい対応をされると心地のいい気分になるな、なんて考えつつ、騎士団を後にした。レビューを付けるなら星5つだな、と思考がよぎるが、これもまた前世の言葉だろう。……なんの星なんだろうか。


 時計を持っていないので、時間を確認するには毎度空を見上げてなんとなく察するしかできず、騎士団支部を出てからもすぐに太陽の位置を見ていた。世界が変わっても、太陽と月があるというのは、結構安心するというか。

 明るくなりすぎない空の色、登り切っていない太陽の位置、それに体内時計からして、昼にはまだ至っていないと考える。3つ目はあまり信用できないので、主に判断は見てわかるところでするべきか。


 道行く人もさらに増して、かなり活気づいているのを感じる。ぼーっとして人にぶつからないように気を付けて、まずは冒険者協会へと向かった。



 てくてくと人を避けつつ大通りを移動して、ようやく見えてきたか、と思った時。そこは以前来た時とは別の場所なんじゃないかと疑うほど、人でごった返していた。朝だからだろうか。それほど単純な理由なのかな。

 騎士よりも重そうな鎧を着た人、ローブを纏って杖を持っている人。いかにも、旅をしていますといわんばかりの手荷物だ。


 この中を進まなくちゃダメなのか、と、すぐに億劫になる。なんというか、仲良しグループが出来上がっているような気がするんだよな。どの人も数人で集まり、何か楽しそうに、あるいは真剣に会話している。仕事の話だろうか。

 

 見慣れない人、特に武器を持っていたり変わった格好をしていたりする人をじろじろ見ないよう気を付け、併設された酒場の中に入っていく。案の定というか、中はかなり騒がしかった。一旦外に出て深呼吸するか迷う……けど、ぐっと堪えて酒場の中へ。


「闇の頭領が捕まったんだって?」

「おっ、そりゃいいな。これからは遅くまで呑めるじゃねぇか」


 びくっ、と肩を震わせる。これほど人がいて沢山の話をしているのに、どうして自分に関することはすっと耳に入るのだろう。特に人だかりになっている掲示板の前と、酒場に付属した受付を避けながら、周囲を見渡した。


 本当に、色とりどりの髪の色があるというか。逆に黒の方が珍しいんじゃないか、なんて考えてしまうほどだ。この時間ならここに居るんじゃないかと思い、薄緑か灰に寄った銀色の髪を探す。うーん、僕の身長が足りなくてわからん。


 受付……は、人が多すぎるからダメ。誰かに聞くのも、ちょっと怖いな。


「おい、見ろよあの服」

「かーっ、派手だなありゃ。……なあ、ピンク色ってさ」


 誰かが言ったその言葉を、また別の誰かが聞く。誰かが向けた視線を、また別の誰かが追う。そうこうしているうちに、結構な注目が集まって来た。ものすごく、ものすごく居心地が悪い。


「チヨリさん。……チヨリさん! どうしたんですか、こんなところに来て!」


 意識の外から、聞きなれた声がする。張り付いたような笑顔から一転、助かったと言わんばかりに口角があがる。


「助かりました。実は探してたんですよ」

「私に何か? でしたら、ここじゃなくて近くの宿の方でお話しましょうか。ちょっと人が多いので……」


 そうですね、と返事をして、再び肩をすくめる。隣にセラさんがいるものの、かなり注目を集めてしまっている。すると、人混みの奥からずんずんと誰かがやってきて……いや、すぐにわかった。シルフィーナさんだ。

 彼女はセラさんの近くまで来て、大声でこう宣言した。


「こいつはあたしのパーティメンバーだから! アンタら、声かけるんじゃないわよっ!」


 びりびりとよく通る声だった。それを発した途端、沈黙の後、酒場は再びざわざわと賑わい始める。僕に対しての興味が逸れたらしい。まさに鶴の一声とはこのことか。


「アンタ、ほんとに抜けてるっていうか、不用心よね。あたしらに何の用よ」

「またまた助かりました。おふたりに用事があって」


 昨日の晩から気になってはいたんだけど、どうしてこの2人は一緒にいるんだろう。喧嘩をしていたイメージがあったんだけど。

 いや、今はそれを聞いている場合じゃないか。気を取り直して、セラさんにしたように、用事があることを説明する。セラさんの提案通り、近くの宿へ行くことも同意してくれた。


 こっちは依頼を探してたんだから。酒場を出てすぐ近くの宿に向かう途中、シルフィーナさんはこうこぼした。なるほど、なんとなくわかった。冒険者たちは、大体朝に依頼を探して、夜は報告に来る、みたいな感じなのかな。だから昨日は人が少なかったのか。


 建物を何件か歩くと、すぐに宿まで到着した。泊っている人はみなどこかに出発したようで、談笑する人や手続きをする人は見かけない。


「チヨリさんはご存知ないと思いますが、この宿には冒険者のための場所があるんですよ」

「食堂とくっついてるけど、注文せず座って話せるだけマシね」


 また合点がいった。そして、頭の中が整理されていく。

 冒険者たちは何人かで依頼をこなす。ただ、話し合いをするには酒場はうるさすぎると思っていたところだった。こういう所で、今後の作戦会議をするのだろう。

 今日は魔物を討伐しよう、だとか、あの素材を集めてこよう、みたいな。完全に僕の妄想だけど、実際にできるのは羨ましいというか。やってみたいというか楽しみというか。


「あんた、聞いてる? ここよここ」

「はっ、すみません」


 危ない、マイ・冒険者ライフの想像が始まるところだった。目の前にある椅子に座って、部屋の中を見回してみる。

 酒場と違って人が多くないし、何人かのグループが、点々と机を囲んで話し合っている。いいな、こういうの。なんというか、異世界感をいまさら感じるというか。みんなして服装が違うし。


「それで、用事って何?」

「そうでした。おふたりにこれを渡したくて」


 目立たないよう肩に掛けた袋にしまっていた、小分けの賞金をふたつ取り出す。だいたい半分の重さだが、ずっしりと重量感がある。できるだけ音をたてないよう、そっとテーブルの上においた。


「何よこれ。って……」

「な、なんですかこの大金は」


「個人的なお礼です。僕が丸々全部受け取るのも変だな、って思ってたので。本当はセラさんたちの分もあるのに、譲ってくれたんですよね」


 金銭感覚を学んでない以上、大金なんて持っていても仕方がない、というのが僕の考えだった。ちょうど金貨を25枚ずつ、小分けにしてもらっていたのだ。僕よりきっと、上手に使ってくれるだろう。


「あんたねえ。仕事できないって言ってたのに、貴重なお金を渡していいの? 遠慮なく貰うわよ?」

「もちろんです。お金なんて、使ってこそじゃないですか。最低限持ってたら、あとはなんとかします」


 金貨の入った袋をすぐにしまったシルフィーナさんに対して、セラさんは口が開いたまま金貨を見つめて、眼鏡をつけたり外したりしている。本物だよ。

 やはりというか、受け取るのにためらうほどの金額ではあるようだ。もっと分けて渡したほうが良かったかも。


「セラ、受け取っときなさい。やっぱやめるって言いだすかもしれないし、ろくに記憶もないんだから、思い出した後に返せって言われるかもしれないわよ」

「言いませんよ!?」

「というか、金貨25枚なんて額をポンと渡すようなバカなんだから、貯めこんでてもいつかだまし取られるに違いないわ。もらっときましょ。依頼料よ依頼料」

「ひどくないですか!?」


 ううん、あながち間違いではないのかも。けど、僕がただ生き延びるためだけにちびちびと貯金を切り崩していく、みたいな生活はしたくない。それが本心だった。

 セラさんは恐る恐る金貨をしまい、僕の方を向いて、軽く頭を下げた。


「その、ありがとうございます。このお金で、立派な冒険者になれってことですよね」

「冒険者は色々大変だと思うので、それでなんとかしてほしかったというか」


「五つ星の冒険者になって、いつか倍にして返してみせます!」

「いや返さなくてもいいですよ」


 変な受け取られ方をしてしまったかもしれない。うん、ちょっと軽く考えすぎていたところもあるし、これは勉強代ということにする。しかしまあ、残りの50枚のうち半分はリックさんにお礼として渡すつもりだったので、その考えは変えずにいこう。


 今はひとまず、ヒートアップしたセラさんをどうにか落ち着かせるのだった。

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