12 目標

 食事を終え、後片付けをすませる頃には、すっかり日が落ちていた。異世界に来てから初めての夜。色々ありすぎて、まだ1日も経っていないことに驚いた。これで眠った時、全部夢だったら面白いな。期待はできないけど。


 家の中で出来る娯楽があるのかと気になったが、リックさんは柱にもたれかかって、どこかから持ってきた本を読み始めた。お、本があるのか。

 この世界、薄れつつある前世の記憶と一致する部分と、一致しない部分の差が激しいんだよな。歴史の面でいうとかなり昔っぽく見えるのに、前世でも見たような物があったりする。多分、女神様とスキルの存在のせいで、発展の仕方が独特なんだろう。


 適当にくつろいでてくれ、と言われたが、いまいちどうしたらいいのか。こっそりリックさんの読んでいる本を覗いてみる。本の内容を見て、「うわっ」と、思わず声に出してしまった。


「なんだ? そんな変なこと書いてないと思うけど」

「いえその、知らない文字がびっしり書かれてたのでびっくりしちゃって」


「文字も読めないのかよ、そりゃきついな。見てなんとなく思い当たることもないのか? 忘れたんじゃなく知らないってことかな」

「そうだと思います。どこかで勉強しないとなぁ……」


 そう呟いた僕があまりに無計画に思えたのか、彼はこう質問してくる。


「なあチヨリ、あんたこれからどうするんだ?」

「行動的な意味ですか? 願望的な意味でしょうか?」

「願望の方だ」


 これまた難しいなと、ううん、と唸ってしまった。とりあえず盗賊の捕獲を話すものの、「その後はどうすんだ」と言われ、また少し考える。


「金貨を貰ってどうするかですよね。とりあえずお礼をして回って、残りで準備して、旅に出ようかな」

「旅に?」

「ええ。支援してくれる人だったり、養ってくれる人を探したり。それと……」


 やってみたいと思ったこと。それを伝えてみる。


「リックさん、女神様ってどこに行けば会えると思います?」

「うわあ、大きく出たな」


 彼は片手を頭の上に置き、数秒黙った。思い当たる節があったのか、首をかしげながらも答えてくれる。


「やっぱり大聖堂じゃないか。そこの人ならなにか知ってるかも」

「じゃあそこに行きます。やっぱり、直接話を聞いてみたいので」


 まじかよ、と呟くリックさん。しかし、僕は結構本気だ。僕が異質だっていうことは、今日一日で嫌というほど理解した。わからないこと、謎なこと。僕が忘れてしまったこと。神様であれば知っているかもしれない。

 好奇心、というのが正しいのだろうか。少し違う気がするけど、何があったか知りたい、というのが本音だ。


「そのためにも、ですよ。最低限お金が必要です」


 僕は床に置かせてもらっていたランタンを手に持ち、火を点けてもらうように頼んだ。リックさんはあまり気が進まなさそうだったが、杖を使って着火する。


「外に出てきます。成果が無ければそのうち戻ります」

「いやあっても戻ってこいよ。鍵はかかってるけど、俺が起きてりゃ気づくから」


「……たしかに。では、行ってきます」


 土間らしき場所で靴を履き、いざ町の外へ。心配そうにしていた彼も、引き留めはしなかった。


 扉をくぐり、大きく深呼吸。日没して少し経ち、わずかだが肌寒さを感じた。喧騒もなく、先ほどまでずっとお喋りをしていたのもあって、寂しさを感じる。それを紛らわすように、空を見上げた。


「星ってこんなに多かったっけ」


 見えた星空は、僕の記憶をつつくように刺激する。こんな景色、頻繁に見ていた気はしない。知識さえあれば、この空を見たら、僕の居た世界と全く違うと気づけるのだろうか。残念ながら、何も感じなかった。


 ランタンをかざしながら、リックさんの家の周りの土を観察する。この先万が一のために投擲できる何かが欲しかったんだけど……あ、程よい石ころがある。袋の中にしまっておこう。

 2、3個拾い、通りの方へ戻る。この辺りは街灯のおかげで明るいが、町の全てがこうとは限らない。ひとまず広場に向かいつつ、作戦を振り返った。


 僕のスキルは、自分に向いていない敵意にも反応する。なら、ものすごく集中すれば、誰かが誰かに向けた強い敵意を感知できるかもしれない。というのが、第一の作戦だ。できるかは今から試す。

 一応、広間から街灯が壊れているところをしらみつぶしに調べていくことも考えたが、わかるのであれば楽な方がいい。


 集中。歩きながら、余計なことを考えないように、頭の中をコントロールする。じゃり、じゃりと鳴らす足音が邪魔に思えてきたが、歩幅とリズムを一定にして、なるべく思考に溶け込ませていく。

 歩き、ただ歩き、しばらくが経った。ランタンの油はまだまだ持ちそうなので、ここからが本番ともいえる。


 誰もいないのをいいことに、広間の真ん中に陣取り、目を瞑った。息を軽く吸い込み、その倍の時間をかけて吐き出す。もし自分に敵意が向けばわかる。なので、誰かに注意されるまでは、この方法を試させてもらおう。


 じっと黙って目を瞑っていると、どうしても余計な考えがよぎってしまう。これからどうするか、本当にできるのか、とか。毎度毎度払いのけるように、敵意を探すことに意識を向ける。


 何人かの足音は聞こえたが、特に声をかけられることもなかった。確かに、ど真ん中に突っ立ってたら怖いよね。流石に移動するか、と思い、進み始めた直後。


 ピリッ、と静電気に触れたような感覚。即座にその方向に向く。……全然知らない道だった。

 行って間に合うだろうか? という心配をしたが、それは杞憂だとすぐにわかる。足にいつも以上の力が入っていた。発動している。僕のスキルが。


 ランタンを片手に全速力で走る。直線的にしか距離を把握できないので、とにかくどんな道を通ってでも敵意の発信地へ向かう。大通りから路地、路地から細い通りと抜けた時、キン、と金属が打ち合う音が耳に届く。


 いた、人だ! そこに3人はいる。ものの見事に街灯は壊され、ちょうどこの道で戦っている箇所だけ明るさが違う。左手にランタンを持ち替え、暗闇の中にいる人影へ突撃する。

 そのうちの1人が僕を目視で確認した。そいつの発する敵意を全身に浴び、間違いなく何かしら後ろめたいことをやっていると確信する。


「……ちいっ」


 わずかに聞こえる舌打ち。直後、僕のランタンに向けて何かが投げられる。それをナイフだと判別できたのは、まさしくスキルのおかげだったと言えるだろう。

 水平に腕を動かし、冷静にランタンを守った。相手の視線を追いつつ、僕は明かりの近くへ右手を持ってくる。


「……っ!」


 見たな。僕の右手人差し指。噂だったが、指輪を狙っているのは本当らしい。これでおそらく僕は奴の標的。逃げられる前に仕留められるかの勝負だ。

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