第2章 第14話「祭礼のざわめき」


「すごいっ!外の景色がびゅんびゅん流れてくよ!」


カタカタと揺れる馬車に乗りながら、窓の外を眺めてルミナが興奮する。


「俺が走ったほうがはえェぜェ?」


「でもネベルの背中、揺れて舌噛みそうなんだもん」


「なぬ…」


そんな気の抜けるやり取りをよそに、街道を走る馬車は、王都中心部へと向かっていた。


中央へ向かうにつれて、街並みは灰色に染まる建物が増えてくる。


セントラリス王国は深淵恩寵教が国教らしい。


灰色の教会が象徴するように、奈落を畏怖し、崇めるという風習があるようだ。


ゼフィル達が向かっているのも、その祭礼を見に行くためである。


「しかし、流石貴族様だな」


ゼフィルは窓の外の景色に目を向けながら、向かいに座るオリヴァンに話しかける。


「ま、愛しの娘のためならこの程度の馬車を借りるなんて造作もないさ」


そういって、オリヴァンが自慢げに鼻を鳴らす。


褒めてほしいのかルミナの方をチラチラ見ているが、ルミナは景色に夢中で聞いていない。


現在、ゼフィルは、シア、ネベル、ルミナ、オリヴァンと共に移動している。


事の始まりは三日前に遡る――



※ ※ ※



――三日前。


「ねぇ、お父さん!」


ぱっと顔を輝かせ、ネベルに肩車されたルミナが居間に駆け込んできた。


「もうすぐ灰灯祭だよ! みんなで一緒に行こうよ!」


「灰灯祭?」


ゼフィルが首を傾ける。


「王都中央で毎年行われる祭礼があるの。市場には屋台や催し物が並んで賑わうのよ」


「かつては深淵恩寵教の宗教行事としての意味合いが強かったんだがね。今ではもっぱらお祭り騒ぎさ」


「へぇ、そんなのがあるのか」


シアとオリヴァンが灰灯祭の説明をする。


「ねぇ行こ!行こっ!」


ルミナの無垢な笑顔に、オリヴァンが顔をくしゃくしゃにして涙ぐんでいる。


「ぐふぅっ…ルミナがこんなに自分から意見を言ってくれるなんて…!お父さん嬉しいっ」


そう言って、ぐしょぐしょの顔のまま、ネベルの肩に乗るルミナに抱きつこうとする。


ルミナに嫌がられている。


シアがそんなオリヴァンを見てクスクスと笑っている。


「それはいいが、ルミナの体調は大丈夫なのか?」


「中央といってもここからそんなに遠くまで行かないわ。森を抜ければすぐに町の賑わいを感じれるし、市場を歩くだけでも十分楽しめるはずよ」


ゼフィルの疑問にシアが答える。


ルミナが目を輝かせながら、そうだそうだと頷いている。

ルミナはどうしても行きたいようだ。


「たまには息抜きもいいんじゃないかい?屋敷はセラヴィアとロアに任せて君達も行こう」


ネベルからルミナを奪い取ったオリヴァンが、親子でじゃれ合いながらそう言った。


これまで自室で寝たきりのことが多かったルミナにとっては、祭事など夢のような出来事だったのだろう。


ましてや友達と一緒に遊びに行くなど、今まででは考えられなかったはずだ。


ゼフィルもルミナの想いは汲みたい。


「それなら、ルミナはネベルのおもりな。そいつが暴れないように躾けといてくれ。護衛は俺とシアで十分だろ」


「ふふっ、ルミナのことは絶対守るわ」


「私のこともよろしくね……」


オリヴァンがすかさず突っ込むのだった。



※ ※ ※



そんなやり取りを経て、今に至るという訳だ。


「着いたわよ」


「わぁ、すっごい人の数…」


馬車を降り、街道をごった返す群衆にルミナが感嘆の声を上げる。


ゼフィルもその熱気に息を呑んだ。


色布が空を裂くように翻り、露店の呼び込みが海鳴りのように重なる。


香ばしく焼けた肉の匂い、甘い蜜菓子の気配、金槌の音、笛の音、石畳を蹴る旅靴の群れが、ひとつの生き物みたいにざわめきを作っている。


「ルミナ、体調が悪くなったらすぐに言えよ」


そう言って、ルミナの方を振り向くも、既にゼフィル以外の全員が駆け出していた。


「見てこのお菓子!」


ルミナが綿飴の串を掲げ、頬をふくらませる。


「ふわふわだよ、ネベル!」


「俺でも分かるぜェ!こないだ勉強したからなァ!そりゃ雲ってヤツだろ?」


長い顎髭を蓄えたドワーフの店主が笑いながら匙を止めない。


「これは雲じゃなくて飴のお菓子よ。雨じゃないからね」


「君達、ほどほどにしておきなさい」


オリヴァンが低い声で注意するが、その手にはしっかりと綿飴が握られ、口いっぱいに頬張っている。


なんと説得力のない絵面だろうか。


「ほら!ゼフィルもはやく来なさいよ。ゼフィルの分も食べちゃうわよ」


「お前ら…」


ゼフィルは呆れながら綿飴を口に運ぶのだった。



その後、一同は屋台や大道芸の演目を楽しんだ。


正直、ネベルが騒ぎを起こすのではと心配したが、杞憂だったようだ。


どちらかというと、飛び跳ねるルミナにネベルが連れまわされているようにすら思える。


「ルミナ、あれ見て!」


シアが指さした先、銀細工の屋台があった。


植物をかたどった繊細な装飾品が、陽光の中で露に濡れたみたいに光っている。


「わぁ…きれい!」


ルミナの瞳が星のように瞬く。シアと共に駆けていく。


「ほら、どうぞ」


残されたネベルとゼフィルに、オリヴァンが焼き串の紙包みを差し出す。


「ありがとう、楽しそうだなオリヴァン」


「私が本気で楽しまないと、シアやゼフィル君は気を遣ってしまうだろう?」


「……」


言葉をつぐむゼフィルに、オリヴァンが微笑む。


ネベルがオリヴァンに渡された分を一瞬で食べ終え、オリヴァンの分に横から齧りつこうとする。


ネベルの横取りを躱しながら、オリヴァンが新たな焼き串をネベルに差し出す。


用意周到だ。

ネベルのことをよく分かっている。


「今日はありがとう。君達が居なかったらルミナも来たいとは言わなかっただろう」


「こっちもオリヴァンとルミナには世話になってるからな。役に立ってるなら何よりだ」


ゼフィルがそう言いながら、ネベルの顔を抑える。

ゼフィルの焼き串を横取りしようと近づいてきていたところだった。


「ゼフィル君はもっと子どもらしくていいんだよ。君達にも遊んでもらうために今日は連れて来たんだから」


「俺たちに?」


「あぁ、そうだよ。荒れた環境に身をさらせば、心まで荒む。だからこそ――君達はもっと人の営みに触れなくてはいけない」


オリヴァンの瞳がまっすぐにゼフィルを捉える。


「……復讐を成し遂げたい気持ちは分かるが、ゼフィル君。決して焦ってはいけないよ。以前、もう失うものなどないと言っていたね。だが、君にはもう既に大事なものがあるはずだ。本当に大切なものを見失ってはいけない」


周囲の喧噪が、一拍だけ遠のいたような気がした。

脳裏に水色の瞳がチラつく――


「ネベル君、君もだよ」


「んァ?」


「強さは、守りたいものがあるかどうかで形を変えるものさ。だから……いろんなことを経験しなさい。世の中には楽しいことがたくさんあるんだぞ!」


「……いっぱい食っていいってことかァ?」


「そういうことだ」


オリヴァンはニッコリと笑い、ネベルの頭をわしわしと撫でた。


(オリヴァンの言葉には不思議と聞き入ってしまう“何か”がある。話しているとなぜか落ち着く気がする――)


「あ、いたいた。次はどうする?」


シアとルミナが買い物を終えたのか紙袋を両手に抱え戻ってくる。


二人ともご満悦という様子だ。


「では、仕立て屋にでも行こう。ルミナ特性の服を作ってもらうんだ…!」


「え~服はシアお姉ちゃんと一緒に見たい」


ルミナに振られて、オリヴァンががっくりと肩を落とす。



だが、そんな時だった――



キャァァッ!!



人混みから悲鳴が聞こえた。


ゼフィル達が目を向けると、ボロボロの恰好をした獣人族の子どもだろうか。


苦しそうに悶えながら白目を剥いて地面をのたうち回っている。


苦しみ方が尋常ではない。


「グァァ……グルゥッッ!!」


「お、おいどうした――」


そこにドワーフ族の男が駆け寄る。

先ほどの綿飴の店主だ。


しかし、手を差し伸べた店主の身体が、突然地を転がる。

苦しんでいた獣人の子どもに跳ね飛ばされたのだ。


「おい、何事だ!」


そこに、白い鎧の騎士が数名駆けつける。


ゼフィル達が市場で騒ぎを起こした時と同じ格好だ。

白翼騎士団といったか。


「獣人が突然暴れ出して…」


「なに?おい、抵抗するな」


剣を抜いて近づく騎士達。


しかし、獣人の子どもは四つん這いになり、明らかに臨戦態勢に入っている。


そして、ギロリと騎士達を睨むその瞳は――



――水色に染まっていた。



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女児の笑顔を邪魔するなっ!!


感想を貰えるとプリンぬは飛び跳ねて喜びます!!


また、最新話はnoteで読めるので、気になったら覗いてみて下さい!!





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