第1章 第9話「閉塞の縁」
「情報を整理しよう」
ゼフィルはそう言って、シアと名乗ったエルフの少女の方を向く。
幼いころの童話でその存在は知っていたが、エルフを実際見るのは初めてだ。
しかし、実際に合って話してみるとゼフィルの知る“人”と違うのは耳の形くらいで、あとは人族と何ら変わらないなと思った。
ぶっちゃけ、ネベルを初めて見た時の方が衝撃を受けた気がする。
――奈落。
それがこの地の名前だと、彼女は言った。
ネベルはともかく、王国の人間ならば当然名前を耳にしたことはあったが、まさか自分たちがそこにいるとは思わなかった。
しかも、ここは断界層と呼ばれる、四つある層のうち下層にあたる場所らしい。
「奈落は国の管理下にある封鎖領域よ。王国軍や教会、それに調査隊が管理しているけれど……それでもまだ調査できているのは上層だけ。 “断界層”から下なんて誰も到達すらしてないわ。ただ、地形から推測するには断界層の下に空洞があると考えられていて、歪界核と呼ばれているの。正直これより下なんて想像したくもないんだけど……」
「あぁ、あの空洞やっぱ谷底だったんだ……」
「えっ…空洞あるの……?」
「それよりも上の話だ。上層はここと違って“あれ”が充満してるんだな?」
ゼフィルはここ――断界層の岩の天井を指さしながらシアに尋ねる。
シアが空洞と聞いて、信じられないとばかりに口をパクパク動かしているが、無視して話を進める。
「えぇ…深層と断界層の間は特に瘴気が濃いの。しかも瘴気には視界を遮るだけじゃなく、五感を鈍らせる効果があるわ…」
ゼフィルが指さす天井には灰色の霧のようなモヤがかかっていた。
ここに落ちてきてから地上に戻れなかった一番の原因だ。
岩肌を登って上に近づこうとすると、あのモヤに視覚を奪われ、方向感覚を失うのだ。
既にシアが降ってきた穴すら見えない。
シアの説明では、奈落は上層が瘴気に包まれ、下層は瘴気が薄いものの魔晶濃度が高く魔物が凶暴らしい。
調査がなかなか進まないわけだ。
「しかし、そんな瘴気の中どうやって調査するんだ? あのモヤはネベルですら前が見えないって言ってたぞ」
「調査の時は“魔晶具”を使うわ。周囲を照らしながら瘴気の効果を弱める専用の道具があるの」
「それ、今持ってる?」
「…持ってないけど…」
「うん、まぁ知ってた」
不毛な質問だったようだ。
しかし、そうなると上の層へ向かうのは厄介だ。
「視界さえ確保できれば行けるんだが…」
そうぼやいて、ゼフィルは岸壁にもたれかかった。
流石に疲れた。
今日は色々ありすぎた、とてつもなく眠い。
「視界だけなら、もしかしたら何とかなるかもだけど……魔物の襲撃から身を守れないと無理ね…」
まどろみかけるゼフィルにシアがそう告げる。
「……まじ? 視界何とかなるのか?」
「あ、いや……あんまり期待しないでほしいんだけどね…私の一族には古くから伝わる、闇を払う魔法っていうのがあって…上手くできるかわかんないんだけど……」
シアの言葉に、半分閉じかけていた瞼が開いていく。
「ちょっとやってみてくれるか?」
「え……う、うん」
そう自信なさげにシアが頷くと、ぼそぼそと何か唱え始める。
これで合ってるっけ…などとぼやきながら頭をかしげている。
これは望み薄かもしれないと、魔物の骨を積み上げて遊んでいるネベルに声を掛ける。
「ネベル、俺少し休むから見張り頼んでいいか?」
「おうよォ」
ネベルが生返事をした時だった。
「できた!できたよ!」
シアが嬉しそうに声を上げる。
ゼフィルが寝ぼけ眼でシアの方を見ると、その手が薄っすらと煌めいていた。
そ
れは決して明るいというほどではないが、魔晶石のぼんやりとした明かりではなく、
ネベルやシアの顔がよく見える程、辺りを照らしながらキラキラと粒が動いている。
「最近エルフの魔法あんまり使ってなくて、思い出すのに手間取っちゃった…」
シアがそう言いながらはにかんだ。
「これは……いけるぞ……」
ゼフィルは、小さくそう呟きながら、意識が遠のいていくのを感じた――。
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地上へ出れるか!?出れるのか!?
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また、最新話はnoteで読めるので、気になったら覗いてみて下さい!!
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