第1章 第7話「昇灰(しょうかい)」
――世界が、沈黙していた。
普段は歩いているだけで、魔物に遭遇するはずの暗い谷も、やけに静かだ。
おかげで二人は来た道を楽に戻ることが出来た。
加えて天井が崩れているせいか、上の層に戻るのもそう大変ではなかった。
「上で逃げてたヤツさ…あの紫のヤツから逃げてたのかもな」
ゼフィルがネベルの背で揺られながら、ふと呟く。
今思えば、あれはこの谷の主的な存在だったのかもしれない。
他の魔物もあれから逃げていたようだし――帰り道に魔物に遭遇しないのはそのせいだろうか。
紫の核を砕き、塵となって消えた“それ”の残滓すら、もう何も残っていない。
「かもなァ…あの紫のは今までで一番強かったからなァ」
「お前も大概だろ…あれと渡り合ってたぞ」
「んんァ」
「……覚えてないのか?」
「なんか、気づいたら首くわえてた」
ゼフィルは口をつぐんだ。
人型の“それ”と対等に渡り合ったあの獣のようなネベルは一体何だったのだろうか。
あるいは、あの状態がネベル本来の姿だとしたら――
「なんかボヤーッとしか思い出せねぇ」
「なんならお前、魔法も使ってたぜ? 今まで使えなかったよな?」
「あーあれも今は使えねェんだよなァ、ゼフィルが寝てる間に試したんだけどよォ」
そう言いながらネベルが手のひらに魔力を込める。
しかし、手の平で小さな稲妻がパチッと鳴っただけだった。
既に欠損した腕は生え、腹の穴は塞がっている。
相変わらず人間離れした再生力だ。
「あん時はお前の雷喰らって、なんか開いた感じがしたんだけどなァ」
名残惜しそうにネベルはそう言いながら頭を掻く。
手で汚れた灰色の髪が数本抜けた。
ゼフィルはネベルの背で揺られながら、自身の手のひらを見つめていた。
(あの時の感覚……)
ネベルだけでなく、自分もあの戦闘中は不思議な感覚があったのだ。
今まで使いこなせなかった魔法を極限状態で使いこなすことが出来た。
それは、確信には至らない。
ただの感覚。
再現性があるかは、今後検証する必要がある――
そう思いながら、ゼフィルは背中の剣に目をやる。
古びた剣――その柄に刻まれた、風化しかけた紋様。
(この模様……どこかで見たことあるんだよな……)
綺麗な剣だ。
造られたのはずいぶん昔のようだが、刀身に刃こぼれや錆が一切ない。
特殊な素材でできているのかもしれない。
「俺にもそれ抜けたらなァ」
「?」
ネベルがなにか言っていたが、独り言だろうか。
何はともあれ、この剣はもう少し調べてみる必要がありそうだ。
※ ※ ※
「戻ってきたぜェ」
ネベルが少し残念そうに言った。
「お前…ホントに戦うの好きだな…」
「まぁなァ!しっかし随分ここも崩れちまったなァ!」
そう言いながらネベルが辺りを見渡す。
紫の“あれ”が暴れたせいか、そこら中が崩れている。
「これで地上とか見えたらいいんだけどな……」
ぼそりとゼフィルが呟いた、その時だった――
ゴゴゴゴッ……!
天井から、ひび割れた岩が崩れ落ちた。
大きな岩がごろごろと落ちてくる。
「っ、上が――!」
「まァ任せろって」
そう言いながらネベルが落ちてくる拳で岩を叩き割る。
こころなしか以前よりも威力が増しているような気がする――
だが、その落下の中心から、何かが“降ってきた”。
「待て!ネベル。何か落ちてくる」
岩と一緒に転がり落ちた“それ”は、白く小さな身体――
――人のような――否、少女だった。
「……人?」
「ゼフィル以来だな!誰かが降ってくるのは!」
「ネベル!救出するぞ!」
「任せなァ!」
ネベルが嬉しそうにそう叫び、岩の雨から少女を丁寧に拾い上げる。
すると小女の身体がぴくりと動いた。
長い睫毛が震え、微かに息をする音が聞こえる。
ゼフィルが目を細める。
白い肌に淡い翡翠色の髪、耳は明らかに“尖って”いた。
「まさか……エルフ?」
「おい、ゼフィル……こいつ、起きたぞ」
「え……?」
エルフの少女が、目を覚ました。
――その黄金色の瞳に、怯えと、驚愕と、そして確かな“希望”を宿しながら。
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ようやく新キャラ登場だ!!
感想を貰えるとプリンぬは飛び跳ねて喜びます!!
また、最新話はnoteで読めるので、気になったら覗いてみて下さい!!
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