十九
セリナに疲労が蓄積し始めた。
【
ハルカは猛烈な勢いで急所に剣を入れ敵を刻んでいくし、ミツキは取り囲まれても鉞を一閃させて複数の敵を一気に両断していく。かれらと比べてセリナは劣勢にあった。
くそ、やっぱりダメか。
敵も数が減り、残っているのは身体が大きく、明らかに人の形をとどめていないものたちだった。象ほどの大きさに拡大された【
「畜生……」
この状況を打開するには、アレしかない。
セリナはここで、究極の方法を取ることを決心した。
「ハルカ、すまない……」
時は、セリナがハルカの自室に呼び出された頃に遡る。
ハルカはこう言っていた。
「不思議なことに【
――セリナ、だから君は【耐竜装】が少なくとも他の【V】より脆く、より【竜】に変化しやすいと言っていい。理由はわざわざ言わないけど、わかるだろう?」
セリナは気まずそうにうなずいた。
「これからの激しい戦いの中で意識しておく必要があるから、これだけは覚えておいてくれ。実は、【耐竜装】には人間へと縛り付けている精神を解放し、【竜】へ即座に変化させるコマンドがある。【
――それは、【V】に【
――君はおそらく、これを意識しないと勝手に【
セリナの異変に先に気づいたのは、ミツキだった。
「セリナさま、身体が……」
セリナの四肢が猛烈な勢いで鱗に包まれ、指の先が尖っていく。
たべたい。
セリナは身体の中の「なにか」が声を発した事に気づいた。
にくたべたい。
たべたい。
たべたい。
ひと。たべたい。
ひとひとひとひとひとひとひとひとひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいたすけてひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいたすけにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいにくたべたいたべたいたすけてたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいにくたべにくたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいにくたべたいひとたべたいひとたべたいひとたべたいにくたべたいにく
セリナは自分の行動を後悔する余裕もなくその奔流に飲まれていく。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
脳天に強い衝撃を受け、セリナは昏倒し、意識を失った。
無数とも思え、単調な動きに終始していた【
辺りに目を向けると、人の姿に近いような【
ミツキは思わずセリナを見遣る。
セリナは、象に似た、巨大な【
壁にたたきつけられ、かなりの量の血を吐いたセリナの瞳が爛々と輝いていることに、ミツキは非常に嫌な予感がした。直後、セリナの身体が四肢の端から猛烈な勢いで濃い緑色の鱗に浸食され始めた。
「セリナさま、身体が……」
その言葉とともに、ミツキの視界の端で何かが動いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
セリナの絶叫とその人影がほぼ同時に動いた。次の瞬間、ハルカがセリナの脳天に跳び蹴りを入れ、セリナを昏倒させた。
「馬鹿野郎!」
ハルカは蹴り倒したその脚で、セリナを吹き飛ばした巨大な【
残っているのは、豹に似て俊敏な動きをするものと、蛸のように八本の脚を自在に操るものの二体だった。
「こいつら……【
ハルカが吐き捨てるように言った。
ミツキは一瞬考え、鉞を豹の方へ投げ放つ。鉞はくるくると縦に回転し、豹の脳天に突き刺さった。次の瞬間、ハルカが蛸の脳天に長剣を突き刺し、両断した。
周囲に敵がいなくなったことを確認すると、ハルカとミツキはセリナのもとへ駆け寄る。
「セリナさまは……?」
「おそらく自分の力だけではどうにもならない、とか思って、【
ハルカの声は明らかな怒りを含んでいた。
「【
「簡単に言うと、【
ハルカは冷静に、ミツキに必要となる部分だけを説明した。ミツキが【
「なるほど」
「ミツキ、君が声をかけてくれて助かった。あと少しでも遅れていたら、僕らはセリナを相手にしなければならなかった。それだけは絶対に避けたかったからね」
ミツキは唾を飲み込んだ。
「こいつは昔から卑屈なんだよ。自分の持っている力を過小評価して、常人離れした潜在能力に気づかないばかりか、それに向き合おうともしない。愚かな、どこまでも愚かな奴だ。僕はセリナのそういうところが本当に嫌いだった。少なくとも僕が見ている限りずっとそうだった。いや、おそらく、死ぬまでずっとそうだ。そのくせ、目の前の欲望には抗えず、かといって奔放にもなれない。面倒くさくて愚かなんだ、こいつは。
――いっぺん訊きたかったことだけれど、ミツキ、君はこんな奴のどこに慕情を抱くんだい?」
ハルカの表情は、その言葉とは乖離するように真剣だった。
ミツキは少しの間考え、うなずいて話し始めた。
「私にもわからないんです。それも、知りたいことでもあります。
――今わかっていることをお話しますと、セリナさまって、こう――うまく言葉に出来ないですけれど、どこか、すごく、魅力的な人だと思いませんか? ハルカさんの仰ることも、確かに一理あるとは思います。私は【
ミツキの真摯な語りに、ハルカは恥ずかしそうな顔を見せた。
それはミツキにとって意外でもあり、同時にあることを予感するまでに至った。
「そうか。わかったよ。
――さっき、君は僕のことを嫌いだったと言ったね」
「ええ」
ミツキはうなずいた。
「実は、僕も君のことが嫌いだった。ろくに身体も扱えないのに褒めちぎられて調子に乗った新兵だから、だと思っていたが、どうやら別の理由だったらしい」
でしょうね、とミツキは口に出そうとしてやめた。セリナ以上に、ハルカが屈折した人間であることをミツキも知ることになったからだ。
ハルカは、一度息を整えて、続けた。
「今の君は、配属当時と比較して、見違えるほどに強い。その結果が、周りに眠っているかれらの数に現れている」
「ハルカさんが、嫌いでも私のことをきちんと訓練させてくれたからです」
「まあ、そうとも言うね。
――おそらく、この期が終わったら、君は伍長に昇格するはずだ。今、第一部隊で階級が伍長の【V】はいないから、君が昇格すれば、間違いなく副長になるだろう」
ハルカは決然とした表情で言った。
ミツキは、かれが一体何を言っているのかわからなかった。
「――セリナを、頼んだ」
ハルカは、セリナの身体を持ち上げ、ミツキに引き渡した。
「待ってください。それって――」
「文字通りの意味さ。勘違いしないでくれ。それに、君も気がついているだろう?」
ハルカは周りを見回し、ミツキに視線を送る。
「あ、やはり、そうですよね」
「ああ。レイは【
「残りの百体程度は、【
「おそらく。最悪なのは、【
「ここを出た途端、ペトローヴナ曹長の甲高い怒声が聞こえてきそうですね……」
ミツキの言葉に、ハルカは苦笑した。
「そこで、君はセリナと、【
「――ハルカさんは、これからどちらへ向かうのです?」
「僕は、これからレイを追う。行き先は予想がついている。僕の予想が正しければ、どちらにせよレイは最終的に【東東京詰所】に襲来するはずだ。どうせ、決着はそこまでつかないだろう。
――いいかい、セリナが起きてきたらここまで話すんだ」
「つまり、ハルカさんはセリナさまを置いて、おひとりで【零式】――オガシラ・レイを【東東京詰所】まで追い詰める、ということですね?」
ミツキはそう言いながら、先程の予感を確信へと変えた。その確信は、かつて、オリガが生前、セリナの態度から得たものと同じであった。
「そういうこと。あと、こんなところで【
「――それは、セリナさまにもう一度お会いしたときに、ご自分の言葉でお伝えした方がいいと思います」
ミツキはハルカの目をまっすぐ見た。
「それじゃあ遅いだろう」
ハルカの目が一瞬泳いだのを、ミツキは見逃さなかった。
「そういう意味じゃなくて、ハルカさん、あなたが、セリナさまに、本当に言いたいことの話をしています」
「わかっているよ。だから、遅いと言っているんだ」
「どうしてですか? 気持ちに早いも遅いもないでしょう? これではセリナさまがあまりにも――」
ミツキはハルカの表情を見て、先を続けるのをやめた。
「――もう、長くないんだ。僕は、既に【
ハルカの表情はそれほどまでに切迫していた。
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