第七章 集う四人
第41話 たとえ倒れても前のめりに
「これはっ!?」
「まさか、村一つがアンデッド化かっ!?」
「ターンアンデッドをっ!?」
拙僧は火の神の信徒。名前はアドソンと申します。
神託に従い、今は世界を巡る旅をしています。
私の生まれはこの大陸の北、雪深い小さな村。
そこでは一年の大半が冬で、父は木こりを生業としていました。
私もその稼業を当然継ぐものだと考えていましたが、十二歳の時に大きな転機が訪れました。
「駄目だ、数が多すぎる! すぐに押し潰されるぞ!」
「結界を張れ!」
「もう間に合わない!」
その日も父が倒した木々を下流の街へ届けるため、川へ流していた時の出来事です。
川の上に炎が立ち上りました。
雪解けの冷たい奔流をものともせず、轟々と燃え盛るその炎の只中に、火の神の御姿が顕現したのです。
『まもなく、時が満ちる。
お前の勇者を探し、勇者を助けて、来たるべき時に備えよ』
十六年が経った今でも、その御姿は目に焼き付いています。
赤い長い髪に、凛とした美しい顔。
右手には円盾を、左手には三叉の矛を携え、その肩には紅蓮の羽を持つ鳥がとまっておられました。
「アドソン! お前は逃げろ!」
「何をっ!? 私も戦います!」
「馬鹿! お前には使命があるだろ!」
使命。その言葉に、胸の奥で眠っていた記憶が呼び起こされる。
十六年前、火の神の御姿を目にした、あの日のことだ。
「そうだ! ここは俺たちに任せろ!」
「な、何故、それをっ!?」
「五年も一緒にいたのよ! それくらい分かるって! 早くいきなさい!」
「し、しかし!」
お身体と、その身に纏う鎧については、私にはあまりに刺激が強く、教徒として不敬を抱きかねません。
ゆえに今もなお、記憶の扉を閉ざしているのです。
神殿で祀っている神像と変わらぬ姿ではあります。
ですが、石とソレでは大きく違うのです。
しかし、当時の私は無知な子供。
山奥の田舎では有り得ない驚きと興奮を伝えたくて、父にこんな事を言ったのを覚えています。
『父ちゃん、見てみろよ! 凄えぞ! 裸同然のおっぱいのデカい姉ちゃんがいる!』
度し難い愚か者です。
いけない。御姿を思い出してしまった。
今日の日課のスクワットは三倍に。それを罰といたしましょう。
それに付け加えるなら、私の生まれた村で信仰されていたのは生命を司る水の神でした。
厳しい雪に覆われた土地で、森の恵みこそが人々の命を支えていたのです。
ただ、当時の私は大人たちが祈りを捧げているから、自分もとりあえず捧げる。
そんな程度のもので、信仰心そのものはほとんどありませんでした。
しかし、父には私の目に見える火の神の御姿が見えない。
私が指さす川面を眺めては首を傾げ、ただ不思議そうに眉をひそめるばかりでした。
それが顕現であり、神託と分かったのは、村に帰ってからです。
父の話を聞いた村人たちが色めき立ち、ほどなくして村の神父様が息を切らして家にやって来て、火の神の神託だと教えてくれました。
「だったら、こう考えろ! 助けを呼びに行くんだってな!」
「ああ、このまま放ってはおけないだろ!」
「ええ、この村を訪れる旅人すべてがアンデッドになるわ!」
「ぐぐっ……。解りました! 必ず助けを呼んできます!」
そして、私は神父様に連れられて、麓の街へ行き、火の神の神殿の門を叩いたのです。
村の外を知らなかった当時の私は不安でしたが、父が『お前は俺のほこりだ!』と背中を叩き、母が『あなたなら成し遂げられるわ』と微笑んでくれたことで、胸に勇気が灯ったのです。
そう、火の神は『勇気』ある者の神。
炎のように恐れを焼き払い、進む者を照らす神であり、その神託を頂いた私が、後ろを振り返ってはいられなかったのです。
もちろん、修行は厳しいものでした。
読み書きや算術、教義の習得に加え、時にはモンスターとの実戦に身を投じ、血と汗を流す日々。
それもすべては、いずれ相まみえる勇者様の隣に立つための鍛錬でした。
そうして三年の修行を経た私は、火の神の総本山がある大都市へ召され、教皇様より役目を賜ったのです。
その瞬間、胸の奥で熱い炎が燃え上がるのを覚えました。
表向きは、各地をめぐる巡回使。
街や村を巡り教徒を導く役目を装いながら、真に果たすべきは勇者捜索という秘められた使命でした。
「おう、絶対に勇者を見つけろよ!」
「火の神の勇気がお前の胸に宿り、恐れを退けんこと!」
「アドソン! 私、あなたの事が……。ううん、なんでもない!」
「勇者を必ず見つけて、この村に再び火を灯します!」
その旅も、今年で十三年目。
世界をひと回りし、今は二周目の三分ほどといったところでしょうか。
だが、私の心の灯火は今も燃え続けています。
それは火の神に授けられた勇気そのものなのです。
だから、ここで倒れるわけにはいかない。
退くことも、また勇気。共に旅をしてきた彼らの善意を、火の神に誓って無駄にしてはならない。
泥にまみれようと、私は立ち上がる。
藪に阻まれようと、ただ掻き分ける。
胸に燃ゆる炎は決して消えず、私を前へと突き動かすのだ。
「ニャーーーー!」
だから、これも試練。
街道に人の姿を見つけて、助けを呼ぼうとした瞬間、痛烈な一撃が鳩尾に突き刺さった。
身体がくの字に曲がり、昼食が喉に込み上げるのを、必死にこらえる。
「うぐっ!? す、救いが来たと思ったのに……。」
たとえ倒れることがあっても、前のめりに進むのだ。
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