3-1

 鳥のさえずりが聞こえ、ランスは目を覚ました。

 むくりと起き上がろうとして、がっちりホールドされていることに気づく。


──ああ、そういえば……。


 隣ですやすや眠っている美貌の男を見やり、ランスは自分を抱いている腕をほどいて、ズルズルと寝床を這い出した。


「おはようございます」


 完全に抜け出す手前で、足首をがっちりと掴まれる。

 ランスは凍りついた顔で振り返った。


「離せ」

「どこ行くんですか?」

「朝飯の支度するんだよ! あと、パンツ返せっ!」


 下着を取り戻し、服を身に着け、ランスはテントの外に出た。


──くそ腰イテェ……。


 正直に言って、若さと体力で好き放題にされた体は、悲鳴を上げている。

 が、サポートとして仕事を引き受けた以上、やるべきことはやらねばならない。


 熾火にしてあった焚き火を戻し、昨夜解体したアルミラージのささみ肉を枝に刺して炙る。

 小麦粉を練って引き伸ばし、表面がツルツルしている石に貼って肉同様に炙る。


「ああ〜、腰イテェ!」


 屈んだところで、とうとう声に出して言ってしまった。


「あ、すみません。気付きませんでした」


 ススッとユーリイが傍に寄り、ランスの腰に手を当てた。


「なんだっ!」

「大丈夫です。治癒の魔法を掛けるだけですから」


 ふわっと温かい感じがしたところで、腰の痛みがすうっと軽くなった。


「うお……」

「僕、ランスに無理がさせたいわけじゃないですから、そういうことはすぐ言ってくださいね」


 チュウっと頬にキスをされて、ランスは思わず飛んだ。


「うわっ! ととと……」

「危ないですよ」


 飛んだところでバランスを崩すと、長い腕が伸びてきて支えられる。


「てか、なんで俺なんだよ!」

「人を好きになるのに、理由なんてありません」

「いや、あるよ! どんな些細な事でも、無いわけナイから!」


 じわっと焼き上がった小麦の香りに、ランスは慌ててユーリイから離れた。

 薄焼きのパンのようなものに、生で食べられる野草を乗せその上に炙ったささみ肉をのせ、二つに折る。


「ほら。あと、これを」


 カップに注いだ薬草茶を渡すと、ユーリイはまたしてもそれはそれは嬉しそうに、朝食を受け取った。


「お肉が全然ぼそぼそしてなくて、美味しいです」

「炙ってすぐに火が通る厚さにすれば、固くならないからな」

「こっちは、お茶というよりコーヒーみたいですね。香りが良くて、苦みが口に残らないから、清々しいです」

「煎ってから煮出すだけだ」

「ランスさんの知識は、本当に幅広いですよね。こういうのって、どこで覚えたんですか?」

「覚えるというか……。俺は戦闘のセンスが皆無だから、少しでもパーティに貢献するために、試行錯誤しただけだ」


 実際、言葉通りのことしかしていない。

 戦闘で役に立たない魔力ならば、居心地の良さを作るために使う。

 ランスをカバーするために命をかけてくれる友人たちを、翌日再び力いっぱい戦える状態に休息できる空間を作る。

 少しでも美味しい食事を、身体を整えるための癒やしを、じっくりと回復するための睡眠を、自分の力で提供できるように……と。


「よく、ランスを手放しましたね。最初のパーティの皆さん」

「仕方ないさ。ユリィのように余裕があるなら別だが、四級冒険者じゃ自分を養うのがせいぜいで、怪我したやつの面倒まではみられない」

「でも、ギルドは怪我をした人に優遇処置をしてくれるでしょう?」

「だが、怪我をしてない連中は余裕がない。俺を欠いた状態でもパーティが切り盛りできるようになったら、無理して俺を雇う必要はないんだよ」


 言葉にしてしまえば、それだけの話でしかない。

 それは現実であり、だれが悪いわけでもない。

 魔獣の爪で引き裂かれた腱は、長期に渡って治癒魔法を施されたおかげで繋がり、動くに問題のない状態にはなったが。

 人間関係は、治癒魔法で治せはしないのだ。


「でも……、納得はできません」

「そりゃユリィが、まだ青い証拠さ」


 答えて、ランスは立ち上がった。


「出かけよう。湿っぽい話は、もうごちそうさまだ」


 ユーリイは、なにかまだ不満そうな顔をしていたが、ランスは無視して焚き火の後始末を始めた。

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