第四幕 守るための刃
夕暮れが再び街を染めるころ、少年は鍛冶屋の戸口に忍び寄っていた。
並ぶ刃の中から、一振りの剣に手を伸ばす。
指先が柄に触れた瞬間、背後から低い声が響いた。
「……何をしている」
全身が凍りつき、呼吸が止まった。
振り返れば、鍛冶屋の男が腕を組んで立っている。
逞しい体格と鋭い眼差しに、少年は言葉を失った。
それでも、胸の奥から迸るものがあった。
震える声で、必死に叫ぶ。
「お願いです……見逃してください!大事な……」
言葉が途切れる。
自分の口からこぼれた響きに、少年自身が戸惑っていた。
胸の奥が熱くなり、唇が震える。
「……大事な人を、守りたいんです」
二度目は、噛み締めるように、確かめるように吐き出された。
その瞬間、彼の心の奥で初めて、はっきりとした形を持つ感情が芽生えた。
鍛冶屋はしばらく少年を見据えていたが、やがてふっと息を吐き、背を向けた。
「……気のせいか」
短くそう呟き、足音を響かせて遠ざかる。
少年は慌てて頭を下げ、声を震わせた。
「ありがとうございます……!」
重たい剣を抱え、夕闇の中へ駆け出す。
その背を見送った鍛冶屋は、ぽつりと呟いた。
「大事な人、か。……俺も、焼きが回ってきたかな」
その言葉とともに、男の口元にわずかな笑みが浮かんだ。
それはすぐに夜の闇に消えたが、目にはまだ、かすかな温もりが宿っていた。
ーー
屋敷の門前、待ち受けていたのは少女の主人だった。
濁った眼差しが少年を嘲る。
「子どもが剣を……笑わせる」
次の瞬間、鋭い刃が振り下ろされる。
衝撃で身体は宙を舞い、石畳に叩きつけられた。
肺の空気が押し出され、視界が揺らぐ。
それでも、少年は立ち上がった。
膝は震え、手は血で濡れても、剣を離さなかった。
再び倒されても、何度も転がされても、彼は歯を食いしばり立ち上がる。
そのたびに小さな体は傷だらけになり、血の跡を石畳に刻んでいった。
何度目かの衝突ののち、男の隙を突き、少年の剣が深く肉を裂いた。
獣じみた声があがり、巨体が崩れ落ちる。
少年は荒い息を吐きながら立ち尽くした。
全身は痛みに軋んでいたが、胸の奥には熱い光が残っていた。
――これで、少女を解放できる。
少年はそう信じていた。
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