『幽霊未練相談チーム』

龍一

第1話 『心霊物件』

 気づけば、家賃の督促状(とくそくじょう)が

4通、ポストに突き刺さっていた。


「そろそろ本気でヤバいな……」


 アパートの一室。六畳一間のその部屋は、ゴミとコンビニ弁当の空き容器で埋まっていた。カーテン代わりのバスタオルの隙間から差し込む日差しが、山積みの競馬新聞を照らす。


 松本悠(松本・ゆう)、28歳。定職なし。日雇いのバイトで稼いだ金は、すべてギャンブルに消える。主に競馬。たまにパチンコ。そして月末には、家賃を払うフリをしてコンビニATMの前で煙草を吸う。


「次の中山で当てれば、10万は戻ってくる……!」


 根拠のない希望を胸に、スマホで馬柱を眺めながら、ビールの缶を開けた。


 数日後、ドアがノックされた。


「管理会社の者です。松本さん、いらっしゃいますか?」


 寝起きの頭で応対すると、スーツ姿の男が二人立っていた。


「家賃、三ヶ月滞納されています。今日中に退去の準備をお願いします。強制執行も視野に入っています。」

「は? 今日中って……無理に決まってんだろ!」

「通知は何度も送っております。ご協力いただけない場合、法的措置を取らざるを得ません。」


 ドアが閉まる音が、やけに冷たく響いた。テレビの中ではパドックが始まっていた。お気に入りの8番が、落ち着いた足取りで歩いている。

「8番、来る……来るぞ。これが最後の勝負だ。」

 財布の中身は5,280円。全額、ネット投票に突っ込んだ。



 レースは、あっけなく終わった。

 8番はスタートで出遅れ、直線で馬群に沈んだ。


「……うそだろ」


 静寂。テレビの実況すら、遠く聞こえる。

 次の瞬間、玄関のドアが開いた。


「あ、すみません。鍵、開いてましたよ。」


 管理会社の男たちが無言で部屋に入ってくる。悠は抵抗しなかった。ただ、床に崩れ落ち、カーペットの隙間に埋もれた未使用のスクラッチカードを握りしめていた。


 数時間後、アパートの前に放り出された悠は、リュックと抱えたダンボールを持ち、コンビニの駐車場に座っていた。

 煙草に火をつける。手が震えている。

ポケットには、残金480円。


「あー、どうしよう」


 悠は夜の街をさまようことにした。

所持金480円。所持品、タバコ、スマホ、あとボロボロの財布。


「寝カフェも無理。公園は寒すぎる……」


 人生って、ここまで落ちるもんか?

歩き疲れて、繁華街の裏通りにある古びた不動産屋の前で足を止めた。

 木造の看板には、かすれた字でこう書いてあった。

『心霊物件専門 御霊不動産』
~ワケあり歓迎。即日入居可、家賃ゼロ円~


「……やっべぇ匂いしかしねぇ」


 しかし、他に選択肢などない。

ガラガラとドアを開けると、中から老婆が現れた。白髪をきっちり結い、着物を着ている。


「お探しの物件は、お決まりですかァ?」

「……家賃タダのとこ、あるって書いてあったんスけど」

「ございますとも。条件はひとつだけ」

「条件?」


老婆は、にたぁと笑った。


「……驚かないこと、です」

「え?」


 悠は少し顔をしかめてから、無理やり笑顔を作った。

「驚かないこと、ね。まあ、幽霊だろうとなんだろうと、俺にとってはこれ以上の悪夢はないしな。」そう思って、老婆の言葉を軽く受け流すことにした。


「それじゃ、お願いします。」


 悠はすぐに返事をした。心の中では、「こんなところに来た時点で、もう負けてるしな」と自嘲していた。


 老婆はにやりと笑いながら、悠に向かって手招きした。


「では、こちらへ。すぐに案内いたします。」


 悠は仕方なくその後に続き、奥の部屋へと歩き始めた。


 不動産屋の中は、意外にも雑然としていて、古い本や奇妙な装飾品が棚に並んでいた。薄暗い灯りの下、何かの骨董品のようなものがいくつも並んでいて、まるでタイムスリップしたかのような感覚を覚えた。時折、遠くで音のない笑い声や、微かに足音が聞こえるような気がして、背筋が少し冷たくなる。


「この物件は、ちょうど空いておりますよ。」老婆はどこか嬉しそうに言った。


 悠が立ち止まると、老婆は一枚の紙を手渡してきた。


「まず、こちらにサインをお願いします。内容は簡単です。『驚かないこと』と『一度でも後悔しないこと』」という項目が書かれている。


悠は紙を見ながら眉をひそめた。

「なんだよ、これ…」

「よろしければ、サインを。少々奇妙に思われるかもしれませんが、問題ないはずです。あくまでお約束ですから。」


老婆は無表情のまま、悠の反応をじっと見守っている。


悠はしばらくその紙を見つめた後、ため息をついてサインをした。


「まあ、どうせ家賃ゼロだし、なんでもいいか…」と、心の中で自分に言い聞かせながら。


「それでは、こちらが鍵です。」


老婆は一つの鍵を悠に渡し、微笑んだ。


「何か困ったことがあれば、いつでもご連絡を。」


 悠は手にした鍵を見つめた。確かに奇妙な話だが、選択肢がないことには変わりない。家賃ゼロ、しかも即日入居可だ。これ以上ないチャンスだ。


「ありがとうございます。」


最後に悠は聞いた


「もし、驚いたり、後悔したらどうなるんですか?」

「いや別にこのセリフ言ったり紙を出せば雰囲気でるかな?と思って。」

「あっ、そうですか。ありがとうございます」


内心、悠は「ふざけんなクソババア」と思った。


礼を言って不動産屋を出た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る