第16話




 第八階層に下りると、頻繁にオーガたちが出現してきた。それをミヨリは影の触手を振って片づけていく。後ろからその様子を見ていた綾乃は面食らいながらついてきていた。


 そして大きな扉の前まで到着する。


 この先は強力なモンスターが待ち受けているボス部屋と呼ばれる場所だ。


 ボス部屋の数や配置されている階層はダンジョンによって異なる。『鬼神たちの戦場』ではここ第八階層と、最深部である第十階層にボス部屋が存在している。


:このダンジョンではじめてのボス部屋か……(ごくり) 

:速っ! もう一つ目のボス部屋ついたのかよ!

:ついにボス戦か……


 ボス部屋まで来たことで、コメント欄も期待値が高まる。


 これまでミヨリは何度もダンジョンのボスと戦ってきたが、こんなに緊張するのは初めてだ。


:さっきのオーガ集団を瞬殺した動画が切り抜かれて拡散されてる!

:もう何百万再生もされてるぞ!

:これでまたミヨリ様がやべぇ女であることが世に広まったか

:ていうか同接が十万いってんじゃん!

:ホントだ! すげぇ!

:同接十万おめ!


「同接が……十万!」


 ビクッとすると、思わずスマホを二度見してしまう。圧倒的な数字に頭を殴られたような衝撃を受ける。


:またビクッとしてかわいい!

:ミヨリちゃんもお父さんと同じでフリーズしてるwww

:オーク集団に囲まれたときより驚いてるやんwwww


 ミヨリはハッとして我に返る。見たことない数字に思わず固まってしまった。

  

 今はボス部屋の前まで来て、みんなの期待値が高まっているんだ。あまり待たせてはいけない。


「それじゃあムラサメちゃん。ボス部屋に入るけど、いいかな?」


「あ、あぁ。覚悟はできている」


 綾乃は声を震わせながら返事をする。オークたちを串刺しにした現場を見たことで、ミヨリへの恐怖心が増したみたいだ。


 了承を得るとミヨリは大扉に手をかけた。ボス部屋のなかに踏み込んでいく。


 扉が開かれると、そこには四方にひらけた広間があった。


 奥のほうには、強烈な気配をまとうモンスターが鎮座している。

 

 頭の左右から長い角が生えていて、鋭い目つきをした邪悪な相貌。二メートルほどの大柄な身体は灰色に染まっていて、背中にはコウモリのような翼がある。


:アークデーモンだ!

:気をつけろ! ギミックを理解してないと強敵だぞ!

:ギミックを知らずに挑んだ多くの探索者が敗走してきた相手だ!

:ギミックなしでも素で強いからなコイツ!


 注意喚起のコメントがたくさん流れてくる。それほど危険なボスということだ。


「前に出るぞ!」


 綾乃は凛とした表情になると、剣を抜いて前方に躍り出る。


 それと同時にアークデーモンも両翼をひろげて地面を蹴った。低空飛行をしながら高速で迫ってくる。右手に生えた鋭利な爪で切り裂こうとしてきた。


 綾乃は左側へとステップを踏んで振るわれた爪をよけ、握りしめた剣で反撃する。アークデーモンは両翼を羽ばたかせて突風を起すと、後方に下がって綾乃の斬撃から逃れた。


 距離を取ったアークデーモンは宙に浮いたまま、右手を向けてくる。その掌が輝くと、魔力が凝縮された青い光の弾が撃ち出された。


「っ……!」


 爆音が弾けて、黒ずんだ地面から煙があがる。

   

 際どいところで魔法攻撃をよけた綾乃は、眉間をひそめながら息を乱す。


:アークデーモン強っ……!

:それと戦えているムラサメちゃんもすごいよ!

:速すぎてなにがなにやら……

:ムラサメちゃんがめちゃくちゃ速く動いてたのが辛うじてわかるくらいだ……

:探索者の目から見ても、高レベルな攻防だぞ!


 綾乃とアークデーモンの戦闘に視聴者たちが釘づけになっている。


「ウゥゥゥ……」


 アークデーモンは低い唸り声をあげると、その眼光がミヨリをとらえてきた。再び翼をひろげて、今度はミヨリを狙って迫ってくる。鋭利な爪を光らせて、切り裂こうとしてきた。


 ミヨリは無表情のまま、急接近してくるアークデーモンを見つめると、右手の人差し指をピンと立てた。


 その指先に、ボッと小さな赤い火が灯る。


 そして迫り来るアークデーモンを指差した。


「ぼん!」


 そう口にすると、指先から火球が高速で放たれる。宙に赤い閃光が走り、アークデーモンの右腕が爆発して弾け飛んだ。


 低空飛行していたアークデーモンは悲鳴をあげて体勢を崩すと、地面を滑るようにして転倒する。


「なっ……!」


 綾乃はこれで何度目になるのかわからない戦慄を覚える。


:え? なに今の?

:ミヨリちゃんの指からなんか凄いスピードで飛んでいった!

:レーザーみたいなのがビュンって出なかった……?


「今のはね、ファイアーボールだよ」


「ふ、ふぁ、ふぁいあーぼーる……?」


 ミヨリがコメント欄の疑問に答えると、近くでそれを聞いていた綾乃がポカンとしながら復唱する。


:いやいやいやウッソだろ!

:ファイアーボールって、確か初級の攻撃魔法だよね?

:探索者だけど、俺の知ってるファイアーボールとちゃうぞ!

:ファイアーボールとは……?

:魔法スキルのレベルが高すぎておかしくなってんじゃね?

:ムラサメちゃんがアホの子みたいになってて草

:「ぼん!」はダンジョンブラッドで黒野スミレが言うセリフと同じやつだね


 黒野スミレの真似をしていることに気づてくれた人がいた。ミヨリはうれしくなって唇の両端を持ちあげる。


「わかっている人もいるようだけど、今のは黒野スミレちゃんが敵を攻撃するときにやるのと同じポーズとセリフだよ。スミレちゃんは絶対無敵の存在で、どんな強敵が相手でも逃げ出さない。いつでも余裕があって圧倒的な力を見せつける。黒野スミレちゃんこそ、わたしの理想とする探索者で、最強の存在なんだよ。わたしはそんなスミレちゃんのような探索者になりたいんだ」


 ボスとの戦闘中であることを忘れて、ミヨリは黒野スミレへの憧れを熱心に語り聞かせる。それだけで頭のなかがとろけそうになって、幸せ成分がわきあがってきた。


:この子やべぇ! 知ってたけども!

:黒野スミレのやべぇファン!

:推しを語ってるときの目が完全にイッてる……

:こちらの想像を遙かに上回る激重感情を黒野スミレに向けていたwwww

:それがこんな怪物に育ってしまったのか……

:現実に黒野スミレちゃんいたらこれもう震えあがってるだろwwwww

:スミレちゃんがゲーム内のキャラでホントによかった……

:ミヨリ、だいぶキモイわよ(母より)

:おかんwww


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