知らない間に破滅を回避していた悪役令息は、侯爵家の嫡男に執着される

佐倉海斗

第1話 悪役令息は弟の失敗の責任を取らされる

01-1.

 カルミア伯爵家の次男、レオナルド・カルミアの十二歳の誕生日を記念して開かれたパーティは大人たちの交流の場だ。


 主役であるはずのレオナルドは退屈を嫌う子どもだった。


 退屈な世辞を適当に交わしながら、いい加減な言い訳を並べ、中庭で休憩をすることにしたのは退屈な大人たちの会話に巻き込まれるのを避ける為だろう。


 ……デュークとヒューバートと遊びたかったのになぁ。


 同い年の友人たちは招かれてはいる。


 しかし、会話をしようとしても大人たちに邪魔をされてしまう。


 三人で集まるとろくな行動をしない、いつまでも悪戯をこよなく愛する幼い子どものような振る舞いをするレオナルドたちによって、パーティが台無しにされることを恐れた大人たちによる妨害だった。


 レオナルドはため息を零す。


 退屈そうに両足を交互に動かす。噴水を囲っているレンガの上に座り、念入りに手入れされている芝生を見つめていた。


「なにをしているんだ?」


 声をかけられた。


 聞いたことがない声だ。声変りをしていることを考えれば、レオナルドよりも年上だろう。


「……誰?」


 レオナルドは顔を上げた。


 それから問いかけられた言葉には応えず、不審そうな目を向けた。


 招待客の一人だろう。一つ一つ丁寧に作られたパーティ用の服を着ている少年の顔立ちは整っており、一目見ただけで女性の人気を集めそうだということはレオナルドにもわかった。


「ジェイド。ジェイド・サザンクロスだ」


 不躾だとレオナルドのことを叱ることもせず、少年、ジェイドは名前を告げた。そして、当然のようにレオナルドの隣に座る。


 ……侯爵家の奴か。


 両親から聞かされていたことを思い出す。


 招待客の名前が書かれている紙を見せられ、失礼な振る舞いをしないようと言い聞かされた。それに対し、レオナルドは嫌そうな顔をしながらも肯定の返事をしたはずだ。


 ……めんどくさいな。


 隣に座ったジェイドの顔を見る。整った顔立ちのジェイドはレオナルドの隣に座り、どこか、満足そうな表情だ。


「初めまして。サザンクロス公子。俺はレオナルド・カルミアです」


 感情の籠っていない声だった。


 挨拶をしておけばいいだろうと言いたげな表情を隠すこともなく、レオナルドはジェイドの顔を見つめながら言い放った。


「知ってる。それより、なにをしてたんだ?」


「……休憩をしていただけです」


 レオナルドは居心地が悪くなったと言いたげな顔をしてから、立ち上がろうとしたが、ジェイドに右腕を掴まれてしまった。


 格上の貴族であり、招待客でもあるジェイドの腕を振り払うわけにはいかない。


 そうすれば血相を変えた両親から説教をされることになるだろう。


 心配性を拗らせ気味の兄のセドリックには泣きつかれ、その様子を見た弟のアルフレッドには大泣きをされるだろう。


 そこまで簡単に想像をすることができる。


 そして、掴まれた腕を振り払ってしまえば、その想像は現実に変わることだろう。


「一緒に休憩をしようぜ」


 ジェイドの言葉に拒否権はなかった。


「……はい」


 レオナルドは嫌そうな顔をする。


 それから座り直した。距離を取ろうとするのだが、すぐに詰められてしまう為、無駄な行動だと理解をする。


「学園には入学するだろ?」


 ジェイドの問いかけに対し、レオナルドは気まずそうに目を反らした。


 魔力があり、魔法も問題なく使える。


 学園に通う条件は全て揃っているのだが、レオナルドの一つのことに集中をすると食事を疎かにする悪癖を知っている両親や兄が心配しており、レオナルドが学園に行きたいと主張しなければ通わなくてもいいのではないかと話している姿を昨日の夜に見てしまったばかりだった。


 レオナルドも家族の意見には賛成だった。


 教科書通りの授業を受けるよりも、自宅で好きなことをしている方が有意義ではないのか。と、思い始めた時にジェイドに問いかけられたのだ。


「入学しないのか?」


 ジェイドはレオナルドの腕を離そうとしなかった。


「条件は満たしているだろ。行かないと損をすることになる」


 ジェイドの言葉に対し、レオナルドは首を傾げるだけだった。


 ……この人はなにを言っているんだ?


 初対面のはずである。


 それなにもかかわらず、ジェイドはレオナルドが学園に入学する為の条件を満たしていることを知っていた。それは貴族の子息だから行くだろうという憶測ではなく、事前に仕入れた確かな情報として口にしていた。


「……俺は今のままでも充分です」


 何一つ、不自由はない。


 友人たちと好きな時に会えるわけではないものの、会うことを制限されているわけではない。衣食住は保証されており、多少の我儘も許される。


 時々、両親と一緒に首都に出向くのも楽しみの一つだ。


「そうか。残念だな」


 ジェイドはわざとらしくため息を零した。


「学園は寮生活になる。友人と過ごす貴重な時間になるし、隠れて遊びに行くのもある程度は許される。なにより成績優秀者になれば研究室が与えられて、好きなことを好きなだけ研究していいことになっている」


 ジェイドはレオナルドに言い聞かせるかのように語りだした。


 学園に通うことにより手に入れられるものは多く、貴重な経験ができる。それを手放すのはもったいないのだと真剣な顔をして語るジェイドを見ていると、レオナルドの眼は少しずつ輝き始めていた。


「なにより、学園に入らないと会えなくなるだろうな」


「……伯爵家だからですか?」


「違う。俺がレオナルドよりも早く入学をするからだ」


 隣で会話をしているだけのはずだった。


 それなのにもかかわらず、レオナルドはジェイドから目が離せなくなりつつあった。


「学園に通えよ。レオナルド。色々なことを教えてやるから」


 ジェイドはレオナルドの腕を掴んだまま、立ち上がる。


 そのまま、優しく誘導をするように引っ張られた腕を振りほどこうとは思えず、レオナルドはジェイドに引き寄せられるように立ち上がる。


「家にいるより楽しいことを教えてやるよ」


 ジェイドはレオナルドの頬に口付けをする。


 突然されたことに対し、レオナルドは何度も瞬きをした。家族にもされたことがなく、当然、友人たちとすることもない。


 数秒のことだった。


 あまりにも長い時間、頬に唇が触れていたような気がしたのはなぜだろうか。

 レオナルドはジェイドに触れられた部分を確かめるように指で撫ぜた。

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